第6話「初めての仲間」

「グエグエアェォェー!!」

 なんともおぞましい叫び声を上げながら突進してくる。アイラはなんなくかわすが、ぶつかった巨石が粉々に砕ける。

「当たったら終わりか」

 普通の人間なら、だがな。

 拳をイクスバーンの脇腹へと叩きこむ。ワイバーンよりも遥かに強靭な身体に拳がめり込み、メキメキといやな音を立てる。衝撃で体勢が揺らぐところに、すかさずアッパーを叩き込み、巨石を砕いた巨躯きょくを軽々と浮かせる。

「あああああっ!!」

 浮いたイクスバーンを思いっきり殴り飛ばす。

「ギャオァーーー!!」

 ドラゴンの呪いは、ただ頑丈になっただけではない。時には強力な武器となる。アイラは化物や怪物相手に、こうして戦って生き残ってきた。皮肉にも、呪いの力がなければ生きていくことはできなかっただろう。

 アモルと赤ん坊がいなければ、勝てない相手じゃない。まさか咄嗟にあんな行動をするとは、自分自身思ってもいなかった。あんな感情は、とうに枯れ果てたと思っていた。

「グルルル……!」

 あれだけ叩き込んで、まだ立ち上がるか。さすがにイクスバーン、ワイバーンのように単純にはいかないな。

「ギャオアオァー!」

 でも、だ。

 力任せの攻撃にカウンターを浴びせる。ゴキ、メリ、ブチ、と厭な音と感触が伝わる。終わりだ。

「グェェェ……!」

 藻掻き苦しむ様を、アイラは冷徹な眼で見る。

 呪いを受けてから、幾度となく潜った死線。初めこそ震えたり泣いたり恐怖したが、今では感情すらない。ただ肉塊となり、朽ちる。それが死だと、していた。

 死んだことを確認すると、住処へと戻る。洞窟に板を張っただけの簡素なものだ。

 空は暗く、闇が世界を染め上げ、月明かりが冷たく照らす。夜はアイラにとって、死よりも辛い時間だ。月明かりに出れば、破壊の化身へと変貌する。なによりも恐ろしく感じる。アイラにとっての最大の呪いと言える。

「アイラ、いるか!?」

 気配はなかったはずだが……。

「誰だ」

「私だ、アモルだ!」

 なにやら大きな麻袋を担いだアモルが外に立っていた。

「イクスバーンは? 奴はどこに?」

 必死に走ってきたのだろう、汗だくになり、息を切らしていた。

「もう倒したよ」

「倒した? そうか、勝ったのか……」

 一気にへたり込む。

「なにしてる?」

「気が抜けた。入っていいかい? 外は駄目なんだろう?」

「好きにしろ」

 来客など、来たことがないから、どうしていいか分からない。

「これ、アイラにだってさ!」

 麻袋を下ろすと、中には酒や肉やパンなどが大量に入っていた。

「どうしたんだ、これは」

「赤ん坊、ちゃんと母親の元へ送り届けたよ」

「それで?」

 分からず訊くと、アモルは一瞬驚きながらも、「これはそのお礼だそうだ」と話してくれた。

「お礼……?」

 そんなの、今まで貰ったことがない。

「子供を助けたから……か」

「そうだよ、みんな感謝してた。母親なんか泣いて謝ってたよ。ごめんなさいって何度もね」

「あたしは気にしてない」

「町の皆はそうじゃないみたいだよ」

 食器やコップまで取り出した。宴会する気か。

「その腰にある剣はなんだ?」

 先程から気になっていた。さっきまでは無かったはずだ。

「ああ、これか。イクスバーンと戦おうと思ってね」

「お前が?」

「そうだよ」

「無駄死にするだけだぞ」

「でも、アイラが戦ってるって思ったら、いても立ってもいられなくて、無謀だって分かってるけどね」

 イクスバーンに普通の人間が勝てるわけがないのに、こいつは……。

「ほら、食べよう」

 友とは言えないかも知れない。だが、アイラにとって初めての仲間ができた。この先、戦友としてお互いに背中を預けることになるとは、この時の二人は夢にも思わなかった。

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