第5話「突然変異種」

「ところで、ワイバーンの居所は分かるのか?」

 あれから随分と歩くが、まだ着きそうにない。いつの間にか森に入っていて、足元が不安定だ。そのせいで体力も削られる。

「さあ?」

「おい、いい加減に――!」

 しろ、と言いかけて、口を手で塞がれる。

「静かにしろ」

 アイラの視線の先に、それは居た。

 あれが、あれがワイバーン!?

 以前に見たのとは、まるで違う。戦ったことこそないが、間近で見たワイバーンは細身の飛竜だったはず。だが目の前にいるコイツは、まるで獣だ!

「あれはワイバーンだが、ワイバーンじゃない」

「どういうことだ!?」

「思ったより、厄介なことになってる。あれはイクスバーンだ」

 イクスバーン?

 イクスバーンは気味の悪いギョロ目で周囲を警戒しながらも、ドスンドスンと地を揺らしながら歩き去った。飛竜の面影がまるで無い。飛べるのかも怪しいほどだ。

「おい、イクスバーンとはなんだ!?」

「少しは静かにできないのか? 言われなくても説明してやるよ。イクスバーンは突然変異種だ」

「ワイバーンも突然変異種があるのか?」

「生物ならあり得ることだ。天文学的確率だろうけどね」

 ……なぜそんなことまで知っている? お前は、アイラは一体何者なんだ?

 身の上話をするとも思えないし、今は聞いても無駄だろう。あとでゆっくり調べるか。

「それで、その突然変異種がなぜここに?」

「それこそ知らないよ。それより、赤ん坊の気配がする」

「分かるのか?」

「まあね。近いよ、イクスバーンと一緒に移動してる」

「……それも、呪いの力か?」

「だったらなに?」

「気を悪くしないでくれ。いやなに、便利だと思ってな」

「感覚が鋭いだけだよ。隣の家の女の喘ぎ声が聞こえて楽しいと思う?」

「う、うーむ……」

 その問いはなかなかに難しい。

「そ、そんなことより追いかけるぞ!」

「分かってるよ。ただイクスバーンは通常種と違って非情に神経質だ。ちょっとでも気配を出せば見つかるよ」

「任せろ。伊達に密偵をやっていたわけではない」

「そうなんだ、初耳」

 アイラとアモルは、イクスバーンに気取られないよう、慎重に後をつける。

「随分と奥まで行くんだな」

 もう日が暮れる。イクスバーンはワイバーンのように飛ばないから尾行は楽だが、いかんせん足が遅すぎて苛々いらいらする。

「イクスバーンの巣はまだ見たことがない。だから、どこまで行くのかも正直検討がつかないよ」

 珍しくアイラが素直に困っている。なんだかんだ言っても人なんだな、と妙に納得してしまった。

「止まった?」

 イクスバーンの足が完全に止まった。だが巣に戻る様子はない。

「赤ん坊の気配も止まったままだ。やはりこいつが――!?」

 アイラの驚愕の表情を見て、アモルもイクスバーンの方を見る。ちょうど口を大きく開けて、赤ん坊を食べようとしているところだった。

 ドラゴンは人間を食べない。もちろん眷属であるワイバーンも同様にだ。だが、この突然変異種であるイクスバーンは違うらしい。このままじゃ!

 思った刹那、疾風が駆けた。目の前にいたはずのアイラが消えていた。

「アイラ!?」

 間一髪とはまさにこのことだろう。赤ん坊が口に入るすんでのところで、アイラが救出した。

 まさかアイラがこんな直情的な行動に出るとは……しかし助かった。あのままでは確実に赤ん坊は死んでいた。私は、なにも出来なかった……。

「アモル! 全力で逃げろ!」

「なに!?」

「コイツはワイバーンとは全くの別物だ! 小型のドラゴンと思え!」

 馬鹿な! ワイバーンと同じ3メートルほどの大きさだぞ? 明らかに筋肉は発達しているが、ドラゴンと同じだと言うのか!?

「あたしが食い止める。その間に赤ん坊を連れて村へ戻れ! 振り返るな!」

 私のところへ、的確に赤ん坊を投げ渡す。受け取り、背を向ける。あのアイラが真剣に戦おうとしている。今の私が居ては足手まといにしかならない。

「うおぉぉぉぉっ!!」

 戦力外の悔しい現実を噛み締めながら、全力で村へと走る。

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