第4話「対処療法」

「ワイバーンが、人をさらう?」

 そんな話、聞いたこともない。無残に殺されることはあっても、拐うなんて……まさか、本当に?

「聞いたこともない。でしょ?」

「あ、ああ」

「そりゃそうだよ。普段は群れなんだから」

「ということは、はぐれワイバーンなら、拐うと?」

「その逸れも、滅多にいないんだけどね。拐うんだよ、特に小さい子供を」

「小さい……子供!」

「そういうこと」

「だが、一体なんのために? ワイバーンは、ドラゴンの眷属だが知性は低く、人を襲うことしか頭にないと……」

 アモルの話を聞いて、アイラは苦笑いする。

「それ、誰に教わったの? お母さん? 教官?」

「……訓練教官だ」

 やっぱりね。という顔のアイラに、アモルは少し苛立ちながら「では、一体なんのためだと言うのだ」と再度質問を投げる。

「さあ、そこまでは知らない」

「なに?」

「だってあたし、ワイバーンじゃないし」

 それはごもっともではあるが、それでは私を馬鹿にするようなことを言えないではないか!

 アモルは腹が立ったが、喧嘩で勝てるわけでもなく、今は様子を見ることにした。

「そうだ、こんな時になんだが、一つ聞きたいことがある」

「なに?」

「私が暴走したさい、“飛ばない”と言っていたが、あれは……?」

「ああ、あれ。経験者が我を失う原因は知ってる?」

「いや、詳しくは……」

「あれはドラゴンの瘴気に当てられたから。それが体内に残留して身体をむしばむんだよ」

「瘴気とは一体どういうものなのだ?」

「百聞は一見に如かず。見た方が早いよ」

 そう言って右手を広げ、近くの木に向かって突き出す様に構える。すると、触れてもないのに葉が全て茶色く変わり果て、地面へと落ちた。

「これは!?」

「これが瘴気。ドラゴンやその眷属にとっては、生きるのに必要な空気のようなもの。でも人間だけじゃなく、生き物全てには猛毒でしかない」

「こんな恐ろしいものが、私の中に……」

 国の医師団は、原因不明の精神病としていたが、まさか瘴気に蝕まれているとは……。

「今やったように、あたしはその瘴気を放てるんだよ、ドラゴンのよりは弱いけどね。そして、瘴気は瘴気で吹き飛ばすことができる」

「そんなことが……毒を以て毒を制すか!」

「そういう事。だから、やろうと思えばあんたの中に残留している瘴気を全て消すことだってできる。ただ、生きてるかは保証しないけどね」

 瘴気は猛毒。残留してる瘴気が多ければ多いほど、当てる瘴気も多くなる。そんな大量に瘴気を浴びたらどうなるか、想像に難くない。

「……私は、いつ暴走してもおかしくはないんだよな?」

「そうだね。でも一年は大丈夫だよ。完全には飛ばせないけど、ある程度は散らしておいたから。それでも対処療法だけどね」

「他に、治す方法はないんだよな?」

「完全に飛ばすってこと? 悪いけど、あたしの知る限りじゃ他にないね。ただし――」

 先ほど瘴気を当てた木を見遣る。

「それをやって、生きてる人間はいない」

「……やったことがあるのか」

「あるよ、昔ね。だから言えるのは理論上のお話であって、保証は一切できない。そもそも年に一回散らせばいいんだから、そんな割に合わない賭けをする必要ないでしょ」

「まあ、そうだな」

 それでも、元に戻れるなら、苦痛から完全に解放されるなら、という気持ちは痛いほどよく分かる。

 アイラに会えてなかったら、私も発狂して野垂れ死にしていたかも知れない。そう考えると、生きているだけで幸せだと思える。

「先に進むよ、ワイバーンがいるとしたらもっと奥だ」

「ああ、そうだな。行こう」

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