第3話「消えた子供」

「化物?」

 ざわつく野次馬の中心に、その女はいた。20代だろうか、まだ若い。

「化物よ!」

「んー、なんだか分からないけど、落ち着いて」

「黙れ! お前も化物の仲間だろ!」

 宥めようとするマスターにも噛みつく。どうやら気が動転しているようだ。

「ちょっと、マチルダさん、どうしたのよ?」

 知り合いらしき小太りの女性が心配して話しかける。しかしマチルダと呼ばれた女の興奮は止まらない。

「あいつが! あいつが赤ん坊を拐ったんだ!」

「赤ん坊を?」

 野次馬が更にざわつく。

「なにがあったのか、話してごらんよ」

 小太りの女性の説得に、ようやく少し落ち着いたマチルダは、少しずつ話し始める。

「朝起きたら、赤ん坊がいなかったのよ。家の中も外も探したけど、見つからなくて……」

「それで、どうしてあの人が化物になるんだい?」

「だって、だってあいつ、呪われた経験者なんでしょ!?」

 差別や偏見は、いつの時代も人の心に深く根差す。それこそ、まるで呪いのように。

「た、確かに……」

「でも、化物には見えないよな……」

「分からないぞ、呪われてるんだ」

 口々に不安が伝わり、大衆心理によって増幅されてゆく。

「赤ん坊ね……」

 残った酒を一気に飲み干すと、そのまま出て行こうとする。

「おい! なにか言ったらどうなんだ!?」

 なお興奮が収まらないマチルダに、アイラは「あたしの知ったことじゃないよ」と吐き捨てた。

 怒りのあまり、声にならない悲鳴を上げ、掴みかかろうとする。それを周りの野次馬が抑える。

「落ち着け! ……おい」

 マチルダを抑えながら、野次馬はアイラを睨む。

「やってないとしても、その言い草はないだろ」

「あたしはやってない」

「なに?」

「仮にそう否定しても、その人は納得しないでしょ」

「返してよ! あたしの赤ん坊を、返してよォッ!!」

 悲痛な叫びを尻目に、アイラはスタスタと歩く。

「おーい!」

 その後を、アモルが追ってくる。

「どうしたんだ、一体?」

「なにが?」

「あまりにその、非情じゃないか?」

「非情ね……なんの証拠も証言もなく、あたしを誘拐犯だと言うのも、非情じゃない?」

 そう言われ、アモルは言葉に詰まる。

「被害者だからって、思い込みでなんでも言っていいものじゃないでしょ。それこそこっちが被害者だよ」

「……一理あるとは思う。だが――」

「誘拐なんてされたと思う?」

「なに?」

 町から離れたところで、用心深く小声で話す。

「あの女の人が言う子供さ。本当に、誘拐されたと思う?」

「! まさか狂言だと?」

「そうは言ってない。アモルはどう思う」

 思ってもなかった質問に、アモルはしばし考えるが、「まだ分からん。しかし事件性は否定できない」と答えた。

「うん。そうだね」

「なら、アイラも?」

「ほぼ同意見。でも、人が拐ったとは考えにくい」

「なぜ?」

「人が拐ったのだとしたら、プロだ。そうでなければ子供が騒ぐし痕跡も多いはず。でも、この辺りでプロの誘拐犯は聞いたことがない」

「では、人間ではないと?」

「ワイバーンって、知ってる?」

「もちろんだ」

 ドラゴン討伐に関わった者なら、知らない者はいない。小型の飛竜。小さいながらもその力は圧倒的で、群れで襲われたら天災級の被害が出ることもある。

「ワイバーンってね、時々人間を拐うんだよ」

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