第2話「呪われた少女」

「ありがとう、アイラちゃん! これはおごりよ!」

 大きめのジョッキで飲んでいたアイラに、更に大きなジョッキをドンッと出す。

「あはは……マスター、それちょっと多くない?」

 飲んでいると、先の男が恐る恐る近づいてくる。

「そ、その……すまなかった」

「ああ、いいって。気にしてないから」

「あんた、一体何者なんだ?」

「言ったでしょ? 経験者としての先輩って」

「ま、まさか……あんた、ドラゴン討伐に?」

「そうだよ」

 あっけらかんと言う少女に、呆然としていると、主人が代わりに説明する。

「昔……て言ってもそんなに昔じゃないけど、十年くらい前にドラゴンが討伐されたのは知ってる?」

「ああ、もちろん。それで国が奮起して、討伐隊が前倒しで結成されたのだから……まさか?」

「そのまさかよ。アイラちゃんはドラゴンを討伐したの」

 驚きのあまり、目が点になる。

「でもね、その代償として呪いを受けたのよ」

「呪い?」

「聞いたことない? ドラゴンの眼光は万物を呪うって話」

「ああ、それなら聞いたことはある。だが、石化だったり植物人間になったりと、死ぬも同然な話ばかり聞いた。だが彼女は……」

 ドラゴンの眼光を受けて呪われたという少女、アイラ。だがどう見ても死んでいるようには見えない。

「彼女はね、死こそ免れたけど、呪いによって人間じゃなくなったのよ」

「人間じゃ、ない……?」

 言われてみると、発作を容易く止めたことといい、男が力一杯首を絞めたはずなのに、その痕すら残っていない。

「理解してくれた?」

 に言われ、男は半信半疑ながらも頷く。

「申し遅れた。私はアモルという。アモル・ドゥーゼだ」

「よろしく」

 素っ気ないアイラに困惑していると、マスターが補足してくれた。

「この子はアイラ。あたしのことはマスターでいいわ」

「あ、ああ、ありがとう。よろしく。……隣、いいかな?」

「どうぞ」

 隣に座ると、意を決して切り出す。

「言いたくないならいいんだが……その……」

「呪いについて?」

「あ、ああ」

「別にいいよ。大したことじゃないし」

「人間じゃないって、どういうことなんだ?」

「そのままの意味だよ。医者に診断されたわけじゃないけどね。一番の特徴は死なないことかな」

「死なない?」

「そう。でも厳密に言えば違うかな。とにかく体が頑丈になった」

 力いっぱい首を締めても平気なのは、そういうことか。

 アイラ曰く、掠り傷程度なら瞬時に治り、深いキズでもあっという間に塞がる。銃弾も弾くし並の刀剣では切り傷にすらならない。それはまるで、自身がドラゴンになったかのようだと言う。

「頭を潰されたり、首を飛ばされて大丈夫かどうかは未体験だけどね。あとは息が灼熱じゃないぐらい」

 年の頃は十六ほどだろうか。アモルは自分の半分ほどの人生でそれほど濃い経験があることに驚きを隠せなかった。

「しかし、それだけ聞くと呪いというよりも、何か特別な存在と思ってしまいそうだが……」

「メリットばかりじゃないよ。月明かりが駄目」

「月明かり?」

「そう。月の光を浴びると化物に変身して暴走する。バーサーカー状態になっちゃうの。だから、昼間にしか活動できない」

「……まるでお伽話に聞く狼男のようだな」

「狼女だけどね」

「だから彼女、夜は月明かりのない、人里離れた所で暮らしているのよ」

 それは確かに呪いだ。人と関わりが持てないわけじゃない。だが人々は畏れるだろう、なにかあってからでは遅いと。

「そうか……俺は、経験の発作から逃げていた。なんで俺がこんな目にと……」

「それが普通だよ」

「だがアイラは、俺なんかよりも辛い経験がありながらも、人間らしく生きているんだな」

 なにかを決意したように、アモルの瞳に光が宿った。

「家族はいるの?」

「え? あ、ああ。いた……かな。逃げられたよ、ははは」

 経験者の家族は、その発作や暴走を恐れ、離れていくことが少なくない。アモル・ドゥーゼの場合も例に漏れず、子供を連れて妻が出て行った。

「そう、それはそれで良かったかもね」

「……どういうことかな?」

 少し気に障ったのか、アモルはムッとする。

「暴走して、家族を手にかけてからじゃ遅いってこと」

 それは、まるで事実を語るような言い方だった。

「アイラは、もしかして――」

 言いかけた言葉は、突然の罵声に遮られた。

「この化物!」

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