第46話「気付いてしまった」
西の帝国が動いたという情報は、各国を驚かせた。
世界一と名高き技術大国。しかし今の今まで、ドラゴン討伐には一切無関心を貫いていた。
「人は貴重な資源であり財産である。無駄に死なせる余裕などどこにもない」
それが帝王の言葉であり、国の在り方であった。
どんな人間にも長ける能力、伸ばすべき能力がある。あるいは国の未来を担う者、未来を決定づける者が現れるかも知れない。
人は全てが可能性の枝であり、それを潰すことは断じて許されない。それが帝王の理念であった。
そのためか、「西の帝国に行けば仕事が貰える」と言われるほど就職率は高く、その人が適材適所に配置されるように、帝国は助力を惜しまない。夢を持つ者はできるだけ叶えられる環境を用意し、叶わず夢破れたとしても、その人がどこでその能力を最大限発揮できるのかを国全体が考えてくれる。
見方を変えると、甘やかしているだけだと痛烈な批判をする者もいるが、事実この国の幸福度、満足度、経済成長率、技術力などは他に類を見ない高い評価を得ている。そのため、観光として訪れた者がそのまま移住することもしばしばある。
そんな西の帝国だけに、人材を大量に失う恐れのあるドラゴン討伐に乗り出したと情報が入った各国は驚愕した。
それは王国とて例外ではなかった。シャルレが外遊に出ることになった数日後、緊急の報せが王国へ入ったのである。
「西が動いただと!?」
王宮会議室が一気にざわついた。
「あの帝国が!? 今の今まで一切の興味を示さなかったではないか!」
「しかし、これではまた委員会も頭が痛いでしょうな」
「委員会はなんと?」
「まだだ。これから会議が行われる」
「王よ、我が王国はどのような方針ですかな?」
家臣たちの視線が一気に王へ集まる。
「王国は予定通り、ドラゴン討伐へ向かう。他の国の動向も監視を怠るな。西の帝国については、シャルレに諜報員を同伴させる」
「王女殿下にですと!?」
「それはいささか危険というものでは……」
「いささかなんてものじゃない! 下手したら外交の人質にされますぞ!」
「しかし、同伴というだけで王女殿下には不都合無いように調整できるのでは?」
「万一があれば、戦争に――」
「静まれい!」
国王の一喝で、会議室は水を打ったように静かになった。
「落ち着け皆の者。シャルレには同伴の件は知らせぬ。諜報員は私の影を使う」
「影を……」
今度はヒソヒソと小声で話が始まった。まるで話すのが憚れるように……。
「西については引き続き大臣に頼む。他の者も動向には気を付けてもらいたい」
「御意」
こうして西の帝国は技術のみならず、ドラゴン討伐においても世界に波紋を広げることとなった。
「どういうことだよ」
帝王との謁見が終わり、寮室へと戻ってからイーヴァイはヴァンを問い詰める。
「……なにが?」
「ッ!」
ヴァンの胸ぐらをつかむと、ガンッ! と大きな音がするほどに壁に詰め寄った。
「お前……! 世界の在り方を変えるって、そういうことかよ!」
「……」
「黙ってんじゃねぇよ!」
殴られたヴァンは力無く床に倒れる。
「なんとか言えよ、ああ!?」
「……かったんだよ」
「あ?」
「どうすればよかったんだよ……皇帝の前で嘘をつけって言うのか?」
「そうじゃねぇだろ……!」
再び胸ぐらをつかむと、強引に立ち上がらせる。
「あの研究はすげぇと思ってた。いや、今でもそれは思ってる。だがな、どんなに可能性があったとしても、踏み越えちゃならねぇ一線ってのがあるだろうが!!」
「分かってるよ、そんなこと……だから僕だって今でも誰にも言わなかった。言えるわけがない。そんなこと言ったら研究は中止になるし、下手したらこの大学――いや、国も追放されるかも知れない。そんなこと言えるわけないじゃないか……。まさか皇帝があの論文を読んだだけでその可能性に気付けるなんて誰が想像できた? 僕はたまたま気付いた。気付いてしまっただけなんだ。あるいは気付いてなかったらノーと言えたかも知れない。でも僕は、教授も上級研究員すらも気付かなかった可能性に気付いてしまった。研究者として、探求者として無視するのは辛かった。でも我慢してたんだよ……!」
悔しさ、情けなさ、そして予想外の事態。様々な感情がヴァンの奥底から湧き上がる。
「あれは! あの研究は! アプローチを変えるだけで悪魔の研究になってしまうんだ! 今まで誰一人として成し遂げたことのない禁忌魔法を生み出せるんだよ!」
吐き出して、ヴァンは泣き崩れた。
「……悪かったよ」
イーヴァイはそっとヴァンを抱きしめる。
ヴァンがこんなにも追い詰められていた事に気付かなかった自分の不甲斐なさに、腸が煮えくり返る思いだった。同時に、ヴァンを守れるのが自分しかいないことを悟った。
「ヴァン、お前はお前のやりたいようにやれ。俺がお前を守ってやる」
例えどんな方法で、どんな形になるとしても、俺がヴァンを守る。
しかしその翌日、ヴァンは忽然と姿を消した。
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