第44話「ドラゴン討伐への序章」

「全く関係ないよ……!」

 謎の重圧を受けながら、アイラは答える。

「関係ないか。ならばどうしてここへ向かっておる? リゼルが呼んだのか?」

「それも……知らない。だから、あたしはここへ来たんだよ、リゼルに聞くために!」

――リゼルが操っておるならば、気絶してなお進軍しているのは理屈に合わんな。

「最後の質問だ。アイラ、貴様は人間か? それとも……」

「……その答えを、あたしも探してる」

 ガラードとアイラはしばし見つめ合う。目で語り合うように。

「……ふむ」

 ガラードは地面に腰を下ろす。と、アイラを地面に縛りつけていた重圧がスッと消えた。

「答えを探しておるか。良かろう、今は貴様を信じておく。貴様の瞳には揺らぎが無かった。嘘はついておらんようだ。人ならざる者であれば、ドラグァテムの力も通じぬだろう」

「ドラグァテム?」

 聞いたことのない言葉に、アイラは聞き返す。

「なんだ、知らんのか。ドラグァテムというのはだな……イルーナ」

「はい?」

「ドラグァテムがなにか説明してやってくれ」

「なんで教えるのよ、国家機密なのよ? 一応」

「仕方なかろう、説明せねば此奴も納得せんだろう」

 やれやれ、と呆れながらイルーナが説明する。

「ドラグァテムっていうのは、ドラゴンの息で鍛えられた武器のことよ」

「ドラゴンの息で……!?」

 話には聞いたことがある。ドラゴンの灼熱の息によって鍛えられた武具は最強だと。

「そう。ドラゴンの息にはエンチャント効果ってのがあってね、どんな能力が備わるかは誰にも分からないから運試しなんだけど、私たち聖騎士はそのドラグァテムを使ってるってわけ」

――そういうことか、だから魔導具と錯覚したんだ。魔法の気配の正体がドラゴンの息だったとは……。

「そういうことだ。我のドラグァテムは〈グラビノス〉。重力を操れるわけではないが、なかなか面白い力だ」

――聖騎士が持ってるってことは。

「イルーナもドラグァテムを?」

「ええ、持ってるわよ」

 身体を捻り、背負う長剣と短剣を見せる。

――短剣を背に? 手が届くとしても使いづらそうだな。

「それにはどんな力があるんだ?」

「教えない」

「イルーナ」

 ガラードが窘めるように名を呼ぶ。

「ガラードが自分の目と耳であんたを一時信じたように、私は私の目と耳で信ずるか否かを決める。まだあんたを信じたわけじゃない」

 やはり。とアイラは思った。

 印象通り、イルーナは確固たる芯を持っている。その紺碧の瞳が映す世界を通してのみ意思決定を下す。

「ドラグァテムのことは仕方なく教えたんだ。本来なら機密事項だし、あんたに教える義理もない」

「分かった。助かったよ」

「それで、あのドラゴンの軍勢は誰が差し向けたものだ?」

 そうだ、リゼルではないとしたら一体誰がドラゴンの軍勢を王国へ放ったのか。

 ドラゴンは基本、積極的に人間を襲うようなことはしない。この世界の自然ではないが、ドラゴンはドラゴンの摂理に基づいて生きる。ではなぜ、ドラゴンはこの世界に現れたのか? その命題とも言える議論はここで語り尽くせるものではないため、また別の機会に語ろう。

「考えられるのは、敵対国や組織。かな」

 いつの間にか、近くの鉄塔の上にローウェンは居た。

「ローウェン! やっと来おったか!」

 ガラードとイルーナの士気が目に見えて上がる。

――ローウェン。

 鉄塔の上から降りてこちらへ歩む男を見据える。金髪碧眼の痩身で、白いシャツに黒いズボンというラフな格好は一般市民にしか見えない。

「初めまして、アイラ・クォンツェル。ローウェンです」

 間近で見ると、なんとも中性的な顔立ちをしている。金髪碧眼がその美しさを際立たせていて、陳腐な表現ではあるが、まるで人形のようだった。

「ああ、よろしく。……えーと、あんたも?」

「ええ、王の剣。聖騎士ですよ」

 装備が一切無い。ドラグァテムのような得物も見当たらない。しかしグラードとイルーナの反応を見るに、おそらくリーダー格。ただ者ではないということか。

「さて、リゼルは……」

 言いかけて、ローウェンはリゼルを見下ろす。

「ん? どうした」

 ガラードの問い掛けには答えず、ローウェンは手刀をリゼルの頭に振り下ろした。

「ローウェン!?」

 突然のことにアイラは思わず叫ぶ。

 ローウェンは、振り下ろした手をゆっくりと上げて見せる。

魔蟲まちゅうですよ」

 表現し難い醜い蟲は、ローウェンの手の中でグネグネと暴れる。

「どうやらリゼルは利用されていたようですね」

「魔蟲?」

 アイラには聞き覚えのないものだった。

「微量ながら魔力を持つ蟲のことです。魔法科学によって生み出された魔法生物の一種、それが魔蟲です」

「その魔蟲が、なにかの魔法を?」

「いえ、魔蟲には魔力はありますが、魔法は使えません。主に術者が使役し、単純かつ簡単な、小さな魔法を遠く離れた場所で発動させるのが魔蟲の役割です。そう、例えば音声を術者の元へ飛ばすとか、魔蟲のいる現在地を知らせるとか……ね」

――なるほど、そういうことか。

「魔蟲を使うということは……やはり西か」

 思い当たる節があるようで、ガラードはすぐに可能性を上げた。

「でも、西がリゼルの動向探ってなにか得られるの? そもそも西の連中がどうやってリゼルに魔蟲を仕込むのさ」

 と、イルーナは疑問を投げる。

「まあ、今ここで議論しても始まらないさ。それより今は――」

 ローウェンは魔蟲を潰し、変わらず進軍するドラゴンの群れへと視線を移す。

「あれをどうやって食い止めるか、だね」

 立ち上がると、「そうだ」と思い出したようにアイラに振り向く。

「最後に一つだけ教えてくれませんか」

「なにを」

「リゼルはアイラの記憶を覗いていた。一体なんの記憶を?」

 威圧感があるわけでもなく、殺気があるわけでもない。本当にただ訊ねているだのようだ。

「さあね、分からないよ。コイツが勝手に覗き見してただけだし」

「……そっ、ならいいけど。さて、他の聖騎士は遅刻してるわけだけど――」

 イルーナはローウェンの指示を待っているようだが、ガラードは見るからに動きたそうにウズウズしている様子だった。

「――いいだろう。相手はドラゴンだ、ぬかるなよ?」

「おう!!」

 ガラードは元気良すぎるぐらいの大声で返事をすると、消えた。あの巨躯でこれほどまでに速く跳ぶとは、想像がつかなかった。

「やれやれ、そんじゃ私も行ってきまーす」

 どこかへ遊びに行ってくるというような調子で、イルーナも跳ぶ。

 そしてこの時はまだ、ドラゴン討伐の裏に潜む巨大な影に誰も気付いてはいなかった。

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