第43話「改めて問おう」

「そういうわけか」

 アイラの記憶の世界で、リゼルはドラゴンの話を聞いていた。

 つまり、アイラ自身は人間であり、竜の子とされるのは契約のこと。

「ならば、なぜ竜気を使える? まだ瘴気を遊ぶ程度とはいえ、竜気は竜族か眷族。その血統のみの技のはず」

 この知識に間違いはない。だが決定的になにかが足りない。それはなんだ?

 話の続きに耳を澄ます。ドラゴンがアイラに真実を話そうとした瞬間。リゼルの背筋に悪寒が走った。

「……!!」

 唐突の暗転。光が消えたというより、暗幕が下りたような、景色が瞬時にして黒く塗り潰された。

――なんだ、なにが起きた!?

 ここはアイラの記憶の世界。これも記憶の再現なのだとしたら……いや、そんなわけはない。。つまり何者かに弾かれたのだ、侵入を阻む何者かの意思によって。

――記憶の中にこれほどまでに強力な封印と防衛を残すだと? まさか……!

 気付いたまさにその瞬間、凄まじい重圧がリゼルを跪かせた。

「ぐっ! やはりこれは……!」

 圧倒的な威圧感。存在感。絶望感。

 まるで自分が非力でなにもできない赤子であると錯覚するかのような、理屈じゃなく本能が最大限の音量で警鐘を鳴らす。

 今やそこいらの竜族程度なら捩じ伏せるほどの力を持つリゼルが、久しく感じたことのない桁外れの格上が、そこには在った。

「小僧、この世界の者ではないな。外から干渉しているのか」

 紛れもなくそれは、アイラと話していたドラゴンだった。

「この気配……小僧、我ら眷族と血印を交わしたか。小娘の契約といい、古いものを人間はよく知っているものだな」

 聞きたいことは山ほどある。言いたいことも……だが、まともに見れない。口を開くことすらこの場では許されていないかのように、震えて固まることしかできない。いや、この圧制たる規格外の存在の前では全ての権利は剥奪され没収され蹂躪されるのだろう。

 この存在の前では、リゼルなど儚く咲く花と変わらぬ小さな生命いのちでしかないのだろう。

――これが、ドラゴン!

「このまま小僧を消し去ることは造作もないことだが……」

 なにか呪文のような言葉をドラゴンが紡ぐと、リゼルの意識は遠のいていく。

「分相応というものを努々ゆめゆめ忘れるな、人間」

 意識が消えゆく寸前に、その言葉は水面を揺らす小石のように記憶の奥底へと沈んでいった。


 ガラードとイルーナが現場に着くと、そこにはアイラと倒れたリゼルが居た。

「おいおい、なにがあった?」

「リゼルは……気を失っているのか?」

 ガラードとイルーナは、状況を把握しかねていた。アイラがリゼルを倒したとも考えられるが、どうやらそうではなさそうな雰囲気だ。

「あなた、アイラでしょ?」

 警戒しながらイルーナが問う。

「……あんたらは?」

「我は聖騎士が一人ガラード。こっちは同じくしてイルーナと申す者だ。アイラよ、一体なにがあった?」

 アイラはここに来るまでの経緯と、今しがた起きたことを話した。

「騎士長は寝込んでおるのか! 道理で静かだと思ったわ。して、リゼルの目的はなんだ? ドラゴンを率いたのは自分ではないと言う。そしてアイラの記憶を覗き見て失神とは、なんとも間抜けよの」

 ガラードは髭を指で撫でながら状況を整理していった。

「こういうのはアイツが専門だから、来ればすぐ解決しそうだけど……どこほっつき歩いてんだか」

「アイツ?」

「我らと同じ聖騎士よ。主に妖術に長けておってな、ドラゴンに関しても第一人者と言っても過言ではあるまい」

「そんなすごい奴がいたなんて……ていうか聖騎士ってなんなの? 騎士とは違うわけ?」

 アイラの素朴な疑問に、二人は目を丸くする。

「なんだ、アイラにはまだ情報は行っておらんかったのか。はっはっは! それは無礼仕った! 我ら聖騎士は王直属の騎士。くらいをひけらかす気はないが、一応この王国での最高位騎士となっておる。王の剣と言えば聞いたことぐらいあろう?」

――王の剣。

 そういえば、以前アモルから聞いたことがある。


「王の剣?」

「この王国にある伝説だよ。王の剣は七本――つまり七人いてな、かつて一度だけ放たれたことがあり、その時は他を圧倒するものだったそうだ。まさに一騎当千。その凄まじさを見せつけられて、西も東もどこの国も手を出さなくなったそうだ」

「そんなに凄いのか、ならドラゴン討伐も王の剣にやらせればいいだろうに」

「それがな、伝説として残ってはいるが、誰もその姿を見た者はいないそうだ」

「見た者がいない?」

「だから王の剣を否定する説もある。そもそも王国は一代で築かれたのに王の剣を誰も見てないというのはおかしい。ただの噂だったり、プロパガンダだったり、要するに本当はそんなものいないという、オカルトってやつだな。事実主力である騎士団だけでも相当なものだし、王の剣は伝説という存在が抑止力となっているのかもな」

「抑止力ねぇ……」


 この国に来て間もない頃、アモルに聞かされたこの国の伝説。こいつらが?

「あんたらが王の剣?」

 改めて二人を観察する。

 ガラードは屈強な大男で2メートルはゆうにある。手に持つ等身大の大剣を振り回されたら、ひとたまりもないだろう。

 イルーナは小柄な女性で、下手をすると子供に見間違われそうだ。しかしその実、鍛錬を積んでいることが見て取れるほどに鍛えられた肉体と、広大で深淵な海を湛えたような紺碧の瞳は、揺るがぬ芯と強さを言葉よりも雄弁に語っていた。

「嘘を言っているようには思えないけど、誰も見たことがないはずの王の剣がどうしてここに?」

「はっはっは! そうか誰も見たことがないか!」

「なにがおかしいのよ」

「いやなに、ようなのでな。ところで一つ問うが……」

 剣を地に突き立て、真剣な顔付きでアイラを見据える。

「貴様は迫り来るドラゴンとはどういう関係だ?」

 瞬間、突然の重圧がアイラを襲う。立っているのが精一杯なアイラは力を開放しようとするが、上手くできない。

「くっ……」

――こいつ!

 魔法か? だが発動する気配は無かった。だとしたら……。

「その剣、魔導具だな?」

 メア・ドラグノス戦で使われた黒剣や大砲のように、魔法を使うための媒体器具。または壊したり条件を満たすことで発動する、魔法そのものを封じ込めた器具など。そういう類のモノを総じて魔導具と呼ぶ。

 遥か太古、いにしえの時代では道具として一般的に使われていたと文献では書かれているものも多い。しかしいつの時代にもいる良からぬことを考える輩はその技術を軍事転用しようとした。結果、いくさは激変し環境は壊され、魔導具とその技術は闇へと葬り去られた――はずだった。

「ほう、この技を受けて跪かない者がおるとはな。だが!」

 さらに重圧は強くなり、アイラは地面に倒れた。

「魔導具などに頼るのは三流よ。さて、話してもらうぞ。我は自らの目で見、耳で聞いたことのみを信ずる。改めて問おう。あのドラゴンの軍勢はアイラ、貴様とどう関係している!?」


 ガラードがアイラに尋問している頃、ドラゴンの軍勢よりさらに西へ離れた所にある山に、その人影はあった。

「さて、剣とやらは動くのかな?」

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