第41話「アイラの過去 秘密と真実①」

 シャルレが準備に奔走していたその頃、アイラは王国の下町で気配の主を待ち構えていた。

「やっぱりあんたか」

 魔獣に乗ったリゼルが空から下りてくる。

「魔獣まで持ってきて……いつぞやの決着をつけるか!」

 アイラは腰を落として剣を抜く。だがリゼルは殺気どころか戦闘態勢にすら入らない。

「……?」

 意図が汲み取れず呆気に取られながら剣を引く。

「もうすぐドラゴンの群れが来る」

「は?」

 唐突の報せに頭が空っぽになる。

「勘違いするなよ。私が率いてきた訳じゃない」

「なんだって?」

「あれは私の軍隊ではないと言ったのだ。今は竜の子――お前に用がある」

「あんたもしつこいね……、あたしは竜の子なんかじゃ――」

「本当に呪いを受けたのか?」

「……なんだって?」

「本当に呪い――つまりドラゴンの忌眼光を受けたのかと聞いている」

「受けたさ、禍々しい光をね」

 脳裏に蘇る絶望の光を、アイラは今でもハッキリと思い出せる。

「あの光を受けると、生物はその存在を歪められ、この世のものではなくなってしまう。ある意味では死よりも残酷だ。だが、数多の生物の中でもそれを回避できる種がある」

「あの光を受けて、生き残れるってこと?」

「そう、それがドラゴンだ」

「そっか……同種なら平気ってわけか……でも私は人間だぞ」

「ドラゴンというのは、人間の姿になることもできる。あまり知られてはいないがな」

「はぁ……どうしてもあたしをドラゴンにしたいわけか」

「今回、それを確かめるためにこいつを連れてきた」

 リゼルは魔獣から降りるとその背をポンポンと叩く。

「こいつには相手に過去を追体験させる能力がある。それでお前の過去を見たい」

「それ、危なくないのか?」

「心配はいらん。もし、それでお前が竜の子ではなかったら私は大人しく引こう。だが竜の子ということが分かったら、こちらへ来てもらう」

「……なんだって?」

「竜王クォンツェル。それがお前の父親であるドラゴンの名だ」


   *   *   *


 ドラゴンを討伐しようと考えるのは国だ。個人も挑む者はいたが、あまりの過酷さと話に聞く後遺症に恐れを抱き、いつしか挑むなどという蛮勇な人間はいなくなった。

 そんな時に一人の少女が現れた。彼女の名前はアイラ・クォンツェル。クォンツェルと言えば知らぬ者はいない貴族の末裔であり大財閥の筆頭である。そのクォンツェルの御令嬢がドラゴン討伐に一人で向かったというニュースは、実は知るものが少ない。それもそのはずで、クォンツェルの総帥が緘口令かんこうれいを敷いて一切の情報を極秘としたからであった。

「総帥! 今からでも遅くはありません! お嬢様をお捜しになりませんか!」

 アイラが失踪して一週間が経った夜更け。クォンツェル総帥の寝室にて、彼の右腕であり執事でもあるグランセルは、堪りかねて進言した。

「ならぬ。如何にお前の言葉でもそれは出来ぬ」

「何故ですか!?」

「……お前は儂に忠誠を誓ったな?」

「はい、それは今もこれからも変わりませぬ」

「ならば、お前だけに秘密を明かそう」

「秘密……?」

「そうだ。奴はな、竜の子なのだ」

「どういうことなのですか? お嬢様は確かに総帥の……」

「そう、儂の子だ。間違いなくな」

「では一体……」

「ふっ……これを見せるのはお前が初めてだ。だが見たが最後、口外すればお前も死ぬ。それでも見る覚悟はあるな?」

「この命、総帥へのと忠誠と共に」

「それでこそ儂の右腕よ」

 総帥が後ろ髪を上げて首筋を見せると、そこには見たことのない紋章が刺青のようにあった。

「これは?」

「ドラゴンの紋章だ」

「ドラゴンの!? 一体どういうことですか!?」

「契約だよ。この契約のあるうちに子を成すと、二つ願いが叶うというものだ」

「二つの願いですか?」

「そうだ。そして産まれた子はドラゴンへ捧げる」

「なんですと!?」

「ふふふ、驚くのも無理はない。だが安心しろ、竜の子は儂の子ではあるがクォンツェルの子ではない」

「どういうことですか? ――まさか!」

「そうだ、あれは妻の子ではないよ」

「そんな……」

 あまりの衝撃的な真実の数々に、グランセルはその場に崩れた。

「言うまでもないが、今話したことの一欠片でも口外すれば、お前は死ぬ。その覚悟が偽りでないことを祈ろう」

 そして、グランセルはあまりの精神的なストレスによって床に伏した。その後は多く語られないが、クォンツェルは呪われた家系として、華麗に栄えた過去は次第に色褪せていった。

 そしてその頃、アイラはなにかに突き動かされるようにドラゴンの住処へと向かっていた。

「水ある?」

 日が沈みかけた道中で立ち寄った酒場に入ると、奇異の視線がアイラを刺す。

「嬢ちゃん、ここは酒場だぜ? 酒ならいっぱいあらぁな」

 がっはっはっは! と下品な笑いが飛び交うが、そんなことには眉一つ動かさずにアイラはマスターを見据えた。

「……金はあるのか?」

「ある」

 リュックからポーチを出すと、その中から金貨を数枚取り出した。

「これで買えるだけ頂戴」

 その瞬間、空気が一変した。笑っていた男共は目の色を変えて機を伺っていた。

「悪いことは言わねぇ、すぐに母ちゃんか父ちゃんのとこへ行きな。なにされるか分からんぞ」

 水を用意しながら小声でアイラに伝えるが、アイラはやはり動じない。

「慣れてるよ」

 緊迫した空気の中、水を受け取ると店から出る。しばらく歩くと、数人が後をつけているのが気配で分かった。

――撒くのは難しいか。

 冷静に思考を巡らせながら、アイラは走り出した。

「野郎!」

 それを見て破落戸ごろつき連中も走る。

「チッ!」

 山の中、夜の森がアイラに味方した。どこに隠れているのかが分からない。

「どうする?」

「そこいらを探してみるか?」

 なにやら集まって相談していると、諦めたのか帰って行った。

――まだだ。

 誰も居なくなってもなお、アイラは隠れ続けた。破落戸連中は数人が帰ったと見せかけ、安心して出てくる獲物を狩るのだ。だがアイラには人一倍気配を察する能力に長けていたため、これまでの道中も襲われることは無かった。

 しばらくすると「チッ、本当に見失っちまった」「上玉だったからな……あの女も売れそうだったのによ」「しゃあねぇ、飲み直そうぜ」などとぼやきながら破落戸連中は帰っていった。

――完全に消えたね。

 人間の気配が完全に消えると、アイラは再び歩きだす。

 アイラが唐突に家を出たのは、頭のなかで声がしたからだった。部屋で本を読んでいる時だった。

〈聞こえるか、娘よ〉

「っ!?」

 いきなり頭のなかで反響する声に、アイラは驚いた。

「誰!?」

〈儂はお前の父親と契約した者だ。儂の所へ来れたら褒美をやろう〉

「褒美?」

〈そうだ。なんでも与えてやる。ただし家の者に知られてはならぬ。誰にもだ〉

「……分かった」

〈良い子だ。行くべき場所はお前に送ってやる。待っているぞ〉

 不気味に低く響く声が消えると、ズキッとした痛みが走り、行くべき場所とルートが分かった。脅されたわけでも好奇心でもない。ただ不思議とアイラは行くべきだと、行かなくてはと、使命感にも似た思いに突き動かされた。

 それから一週間、資金はお小遣いで余裕で足りていた。使う必要もないまま貯まっていき、すでに数千万もの大金になっていた。数年間旅をしていても何不自由ない金額だ。

「ここが、明けない都……」

 辿り着いたそこは、巨大な渓谷にそそり立つ岩山、そして渦巻く黒い空。謎の声が送ってきた行くべき場所、それは人間が踏み入ってはいけないとされる禁忌の土地、明けない都と呼ばれる所だった。

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