第40話「出動待機」

 王宮に住むのは、王族とそれに仕える者、大臣が主だが、特例を許されているのが聖騎士と呼ばれる7名、通称『王のつるぎ』である。

 地盤を固める兵士、主戦力である騎士団、そして最高峰である聖騎士。この絶妙な戦力バランスにより、王国は一代で難攻不落を築き上げた。

『切り札は見せても奥の手は見せるな』

 王の至言であり、座右の銘でもある。

 王にとっての聖騎士は正に奥の手となるため、滅多に動かすことはなく、表に出ることすらない。実際に聖騎士が動いたのは過去に一度しかなく、その話は伝説として語られている。

 そして今再び聖騎士、王の剣に出動待機の命令が伝えられた。

「出動待機?」

 大臣から王の命令が伝えられると、聖騎士の一人であるガラードは目を見開いた。

「ついに時が来たか!」

 2メートルの身長に熊をも軽々と持ち上げる屈強な肉体のガラードは、自慢の髭を指で撫で、待ってましたとばかりに傍に置いてある等身大の大剣を手に取る。

「まだ待機の段階だよ、はやらないでよね」

 後ろでソファに横になり、本を読んでいるイルーナが冷静に抑える。

 7人の聖騎士で唯一の女性であるイルーナは、背中ほどまである金色の髪と海のような紺碧の瞳が特徴的で、剣技では彼女の右に出る者はいないと言われているほどの腕を誇る。身長は150ほどと小柄で、本人は大してコンプレックスには思ってはいないものの、ガラードと並ぶのは嫌がる。

「その通りだ、まだ出動はかかっていない」

 釘を刺すように大臣が待機だと念を押す。

「んだ〜? 焦れったい。我らに声が掛かるということは、敵はすぐそこにいるのであろう?」

 再びソファに腰を沈めるガラードは、少しばかり不満そうに文句を言う。

「ひとまず、全員が集まるのが最優先だ」

 聖騎士は基本的に待機部屋――ほぼリビングのように使われている――と専用の宿舎に居る。だが常にそこにいるわけではなく、中庭で寛いだり、専用の鍛錬場で腕を磨いたりと、それぞれ過ごし方があるらしい。

 大臣が来た待機部屋に居たのは、ガラードとイルーナの二人だけだった。

 黒の革張りソファー、シャンデリア、キッチン、ビリヤードなど、とても待機部屋とは思えない洒落たバーのような内装となっている。

――またソファーなど増やしおって……。

 最初は待機部屋も質素なもので、椅子と照明ぐらいしかなかったのが、いつの間にかリフォームに近いレベルで内装が豪華になっていた。大臣は以前、王にいかがなものかと進言したことがあったが、好きにさせておけと言われたため、大臣も諦めて目を瞑ることにした。

「それで、相手についての情報は?」

 イルーナは本を読みながら大臣に質問する。

「確定情報ではないが、リゼルがドラゴンを率いて進軍しているとのことだ」

 それを聞いて、二人の顔は瞬時に険しくなった。

「リゼルだと?」

「ドラゴン?」

 二人は顔を見合わせ、事態を察した。

「それで、我らに声を掛けるということは、既にローウェンは知っているのだな?」

「ああ、既に知っておった。いや、気配を察しておったようだ」

「だろうね、道理で今日はローウェン見ないわけだ」

 イルーナは本を閉じると、壁に掛けてある長剣と短剣を手に取り、ベルトで背中に背負う。

「待機の必要はないよ、準備しなガラード」

「おうよ!」

 今度こそ、待ってましたとばかりに大剣を担ぐ。

「待て待て、まだ出動は――」

「状況は盤面じゃない。ドラゴンを知らないわけじゃないでしょ」

 制止しようとした大臣の後ろから、イルーナが苛立ったように冷たい声で囁く。

「行くよ」

 二人が部屋を出ると、大臣は冷や汗と震えが止まらず、腰が抜けたようにその場に座り込んだ。

――あれが聖騎士か……。

 伝説の話は聞いていたが、実際に見たことがなかった大臣は、王の奥の手がいかに御し難い力であるかを肌で感じた。それと同時に、あの者共に忠誠を誓わせる王の器の大きさに改めて感服したのだった。

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