第39話「ローウェン」

「ドラゴンだと……?」

 王と大臣は揃って顔をしかめた。

「お前は先程、リゼルが来ると言っていたではないか」

「はい。のです」

「なんだと!?」

 リゼルはドラゴンの力を欲していた。そしてどうしてか、その力を手に入れたらしいことも先の襲来で分かった。あり得ない話ではない。

「どういうことか、説明していただきたい!」

 噛み付くように説明を求める大臣を、シャルレは冷静に見つめる。

「私が見た最悪の未来は、リゼルがドラゴンを率いて襲来し、この王国を火の海にするというものです。アイラも嫌な予感がすると言っていました。彼女の感性は、私の不確かな力よりも頼れるものです」

――そう、あの距離から私と通じ合ったように。

「しかしですな、その感性も信頼性の高い情報とは言えません。剣が動くには明確な情報が不可欠ですぞ」

「それは……」

 自信に満ちていたはずのシャルレが言葉に詰まっていると、不意に声が響く。

「私は信じますよ」

 集まる視線の先に居たのは、長身金髪で端整な顔立ちの男だった。

「ローウェン、気配を消して来るなと何度言えば分かる」

 呆れたように大臣は肩をすくめる。

「あはは、すみません、大事な話し合いのようでしたので、お邪魔しないようにと」

 白いシャツと黒いズボンというかなりラフな格好で優男のようにも見えるが、この男こそ王の剣としてその身を捧げる一人である。

「はぁ……まあよい、それで?」

「はい、姫様の言っていることは、恐らく本当でしょう。私も正体不明の気配を感じていたのですよ」

 明るく軽い口調のどこかに、その確信にも似た自信が見える。この不思議な掴み所のない男が切り札とは、傍から見て誰が思うだろうか。

「ところで、騎士団長は?」

「まだ寝ているはずだ」

「そうですか。今回は彼の力も必要だと思うんですが……」

 シャルレは心底驚いた。まだ気配を感じる程度と言いつつも、推察が鋭い。

 能力を使ってやっと危険が分かった自分、野生の勘とも言える鋭い感覚で察知したアイラ、気配を感じて事態を察したローウェン。

――アレを始める時期かしらね。

「さて、姫様ののおかげで私の予感も当たってることが分かりましたし。――動いていいんですよね?」

 わざとらしく、ローウェンは王に確認するように眼差しを向ける。

「……!」

――そうか。シャルレめ、なかなかやりおる。

「いいだろう、王の剣を抜く時が来たようだ。ローウェンは準備をしておけ」

「はい」

「大臣は関係各所に至急通達を」

「はっ!」

「シャルレ、もう下がりなさい」

「はい」

 最後にしっかりと返事をして、謁見の間を出る。

「はぁー……」

 少し歩き、中庭で一人になったところで大きく溜息をついた。

「本っ当に疲れたわ……」

「お疲れ様です、姫様」

「うわわぁっ!?」

 突然後ろから声を掛けられ、慌てるシャルレを見て、ローウェンは愉快そうに笑う。

「あっははは、姫様は素直に驚かれるから楽しいな」

「ローウェン……!」

 込み上げる怒りを鎮めながら、中庭のベンチに腰掛ける。

「あなた、気配を消さないでってさっきも言われなかった?」

「いやー、もう癖になっていてなかなか」

 あっははは、と明るく笑う。本人には悪気がない。それが一番困るのだ。

「でも、どうせ姫様には分かっていたんでしょ? って」

「……」

――やはりこの男は食えない。

「だから、あんな無茶したんでしょ? 切り札は見せても奥の手は見せるな。姫様の父君である、王の教えだ」

「……はぁ、ええそうよ、あなたが助け舟を出してくれる。それが見えてたから行ったのよ。そうでなければ、あんな切り出し方しないわ」

 視えた時、ローウェンと謁見の間にいた自分の姿も一瞬視えた。

 流れからいって、恐らく王の剣を抜くかという重要なシーンだろうと踏んだシャルレは、勝算とは言えないものの、自分を信じて王に向かった。

「流石です。それでこそ我が姫」

「――あなたの姫になった覚えはないわよ」

「分かっておりますとも、仕える意味合いですよ」

 それでは、とローウェンは踵を返して戻って行った。

――あいつはどこまで本気なのよ……。

 とりあえず一つの闘いが終わり、ホッとする反面、これから来るであろう苛烈な戦闘にどこまで自分の力が通用するのか、シャルレは不安を隠しきれなかった。

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