第38話「未来の分かれ道」

「この辺りだと思うんだけど……」

 気配を追って着いてみると、そこには巨大な施設があった。

「なんだこれ……」

 見上げるほどの大きさの施設は、そこら中にパイプが伸びていて、まるで鉄で出来た蜘蛛の巣のようだった。

「あれ? アイラじゃないか」

 そこに現れたのは、部下を連れてパトロール中のアモルだった。

「どうしたんだ? こんな所で」

「アモルか、仕事中か?」

「そうだよ、この王国は平和そのものだが、いつまた事件が起きるとも限らないからな」

 ――事件。

 魔物の一件で、王国は一時、非常事態宣言を出した。解除されてもなお、アモルの提案により、こうしてブロックごとのパトロールをしているらしい。

「気配を追って来たんだけどね、消えてしまったよ」

「気配?」

「ああ。恐らくはリゼルのね」

「なんだって!?」

 アモルは一気に険しい表情になる。

「アモルさん、リゼルとは?」

 新人らしい兵士がアモルに尋ねる。

「王国騎士だった男だよ。何故か戻って来たんだ、敵としてな」

「元……王国騎士? そんな人がどうして敵に……」

「さあな、俺には分からん。それでアイラ、奴はこの辺りに居るのか?」

「それも気配が消えた今ではなんとも言えないね。今はシャーリーが報告に向かってるはずだ」

「シャーリー?」

「あー、えーと、あたしの友人さ」

 珍しく曖昧に言葉を濁すアイラを不思議に思いながらも、アモルは「私も一旦戻ろう。兵長に話をしておく」と言い残して、部下と兵舎へと戻って行った。

「しまった」

 アモルを見送った後で、巨大な施設を見上げる。

「これがなんの施設なのか聞くのを忘れてた」

 施設の周りには、資材や作業場、休憩所らしき簡素な建物の他は、店や家屋などは無い。

「あとで聞いてみよう」

 アイラは再びリゼルの気配を探る。

 一方その頃、王宮ではシャルレが報告に入っていた。

「シャルレか、どうした?」

 国王、シャルレの父は激務の隙間にシャルレとの時間を作っていた。

「国王陛下、剣を動かして下さい」

 直球の言葉に一瞬目を丸くする国王だったが、すぐに表情を戻す。

「シャルレ様、剣は滅多な事では動きませぬぞ」

 王の傍に控える大臣がそれとなく反対するが、王が「まあいい」と制する。

「いかにお前の頼みと言えども、そう簡単に動かせるものではない。それはお前もよく知っているはずだ。それでもなお頼むというのには、それなりの理由わけがあるのだな?」

 国王は娘であるシャルレのことをよく知っている。幼少の頃から様々な助言に助けられたこともある。それ故に、シャルレの直球な頼みも一蹴することなく、話だけでも聞いてやろうと機会を与えた。

「リゼルが再び王国を襲おうとしています」

 それは、王の表情かおを曇らせるのに十分なものだった。大臣も表情を強張らせる。

「シャルレよ、それは真か?」

 深く低い声で、王はシャルレに問う。娘ではなく、シャルレ・プレッツェルに。

「はい」

 力強い返事にも、王は動かない。

「お前に特別な能力ちからの片鱗を見たのは認める。しかしそれは目に見えたものではない。確実な情報でなければ、剣は動かぬぞ」

「承知しております。実は先程、アイラに会って来ました」

「姫! まさかアイラに騙されているわけではありますまいな!」

 アイラと聞いて、大臣は声を荒らげる。

「騙される……? そのようなこと、ありませんわ。それに大臣、彼女は私の友人だと言ったでしょう?」

 珍しく静かな怒りがシャルレの言葉に宿る。そしてそれ以上に、今までにない冷たい眼差しが大臣を射抜く。

「ぐっ……申し訳ありません……」

 今までにない冷たい圧力に、大臣は言いたいことを飲み込み、黙って引き下がるしかなかった。

「アイラに会った。それで?」

 王は続きを求めた。

「はい。アイラには野生の勘とでも言うのでしょうか、鋭いアンテナがあります。そのアンテナに、不穏な気配を感じた様子でした。そこでわたくしは初めて自分の意思で未来を垣間見ました」

「未来……?」

「未来はいくつも枝分かれしております。恐らく私の見た未来はその中で最悪」

 目を伏せて、少し間を置くと、確信をもって王に告げた。

「王国の滅亡です」

 一拍の間があり、王は口を開く。

「王国が滅びる?」

 王は眉をひそめ、大臣は呆れたような、反応に困るような、なんとも言えない表情かおで王を見た。

「シャルレよ、この国には多くの優秀な兵士や騎士達がいる。相手はリゼルといえど一人だぞ?」

「そうです」

「具体的に聞かせてもらおうか」

「王よ、そろそろ時間です」

 激務の隙間での謁見。時間は数分しかない。その限られた時間の中で、シャルレは勝負をかけた。

「分かっておる。シャルレよ、一分だけ時間を与えよう」

――来た。

「ドラゴンが、襲来します」

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