第37話「シャーリー」

「友人?」

 唐突な話に、アイラは鸚鵡おうむ返しする。

「はい。父と大臣にも、そう伝えておきました」

 姫と話し別れた翌日、連絡も無しにまた姫が宿へやってきた。「どうしたの?」と尋ねると、開口一番「アイラさんはわたしの友人ですから」と言う。

「得体の知れない女を友人にしていいの?」

 苦笑いしながら訊くと、即答で「はい」と返ってくる。

「アイラさんのことは、父からも聞きました。ドラゴンに呪われて唯一生きている人間であると」

「隠すつもりはなかったんだけどね」

「いえ、構いません。誰にも自慢して言えることでもないですし、特に王女相手には」

「……素性を知って、友人でありたいって?」

「はい」

 無垢な笑顔でそう言われたら、無下に断る訳にもいかない。それに下手に断りでもしたら、後が怖そうだ。

「分かったよ。じゃあ、シャーリーでいい?」

「シャーリー?」

「愛称さ。呼び捨てはさすがにまずいだろうし、簡単に王女を連想できるような愛称じゃ困る。語感を残しつつ、それと分からないように、シャーリー」

「シャーリー……」

「あれ、嫌だった?」

「いえ!」

 姫は、生まれてから今までずっとシャルレ=プレッツェル王女という記号で生きてきた。それが、にシャーリーという人らしい名を貰い、かつて無いほどの喜びが姫を満たした。

「わたしはアイラと呼んでも?」

「もちろん。シャーリーの好きなように呼んでくれ」

「ありがとう! アイラ!」

「おい、シャーリー!?」

 飛びついてくる姫に驚きながらも、アイラは頭を撫でてやる。

「そうそう、一応お伝えしておきたいことが」

「もっと言葉砕けてもいいのに。なに?」

「砕ける……なかなか、一人の時はそうなんですが、相手がいると難しいですね」

 困ったように笑う姫は、一人の女の子だった。

「大臣が、アイラを極秘裏に監視していました」

「へぇ、大臣の仕業だったの」

「やはり、気付いていたのね」

 流石だわ。と感心する。

「でも、大臣には監視を外すように言っておいたから、しばらくは大丈夫のはずよ」

「しばらくか」

「ええ。彼も、諦めが悪い人だから」

 ほぼ毎日のように大臣を見て育ってきた姫には、彼の性格が分かる。

「それより、監視が外れているうちにやっておきたいことがあるの」

「なんだ?」

「ふふ、アイラとデートがしたいわ」

「デートって、異性とするものだろ」

 苦笑いするアイラに、シャーリーは「いいのよ、細かいことは」とアイラの手を握る。

「王都はちょっと知り合いが多いから、下町へ行きましょう」

「大丈夫か?」

「大丈夫よ、アイラが一緒だもの」

 ――そう言うだろうとは思った。

「その前に、寄りたい所がある」

「いいわよ、どこでも!」

 ご機嫌のシャーリーを連れて向かったのは、王都の中心街だった。

「ここ?」

「ああ、シャーリーがいきなり来たら驚くだろ」

「わたしが?」

 誰の家だろう……考えながら、アイラに続いてお邪魔する。

「あれ、まだ寝てる」

「あっ」

 小さく声を上げる。ベッドに寝ていたのは、騎士長だった。

「彼、こんな所に居たの?」

「なんでも、騎士長の邸宅はお気に召さないみたいでね。一人暮らししてるらしい」

 いくらなんでも、女との逢瀬に都合が悪いとは言えなかった。

「まあ、そうなの」

 シャーリーが騎士長の寝ている側に近寄ると、騎士長の寝顔がよく見える。

「ふふ、よく寝てるわね」

 穏やかな時の流れに浸っていると、アイラがなにかに反応する。

「アイラ?」

 窓から外を見るアイラの表情は、とても険しいものだった。

「……シャーリー、今すぐ王宮へ戻れ」

「え、どうして?」

「もうすぐここは戦場になる。すぐに戻って、王に伝えろ。王国が滅ぶ前に逃げろと」

「王国が滅ぶ?」

 アイラには、なにか感じるものがあったのだろうか、それとも見えている……?

 シャーリーは目を閉じ、集中する。普段のシックスセンスは突発的に発動したり、不意に覚える感覚だが、集中することで意識的に発動することも出来る。但し、意識的なそれはあまり精度が高くない、なんとなく。といったレベルだ。

「シャーリー?」

「……はっ!」

 ――見えた。

 これほどハッキリと、意識的に見えたのは初めてのことだった。

「アイラ! 今すぐに下町へ行きなさい!」

「なんだって?」

「わたしには、類稀なるセンスがあるの。あなたの視線を見返した時のような」

「シャーリー……あんた一体?」

「わたしにも、分からない。子供の頃から鋭いシックスセンスのようなものがあった。能力と言えるのか分からないけど、幾度か父や大臣に助言したこともあるわ」

「教えてくれ、シャーリー。なにが起きる?」

「アイラには、見えてるんじゃ?」

「あたしのは直感だよ。良くないことが起きる。なにかが来る。それだけだ」

 そうか、だからアイラは最大級の警戒をしてるんだ。見えているからではなく、直感がそうさせているんだ。

「わたしに見えたのは、下町が劫火に包まれる光景。その中心には、黒衣の騎士がいる。そして……」

 目を伏せ、辛そうに手を強く握りながら、言葉を振り絞る。

「――王宮が落とされる」

 その言葉に驚きつつも、シャーリーの話を聞いて、アイラは直感を確信に変えた。

「黒衣の騎士……まさかリゼルか?」

「リゼル? リゼルってあの危険思想の?」

「知ってるのか?」

「有名よ。王宮で知らない者はいない。王都でも一時期は噂になったわ。そのリゼルが生きてるの?」

「シャーリーが帰る少し前に、下町に現れたんだ。暴れたもんだから、あたしと騎士長で対応したんだけど……」

「けど?」

「すまない、手も足も出なかった上に逃げられた」

「そんなに、強いの?」

「あれは、人間じゃないよ。魔物だ」

 ――魔物?

「アイラだけでは……」

「まず無理だろうね、出来るだけやってみるけど」

 アイラが駄目なら……。

「アイラ、わたしは今から王宮に戻ります。そして父に、王に進言をしてくる」

「進言?」

「援軍を送るわ。必ず!」

「……分かった、シャーリーを信じるよ」

「ありがとう!」

「デートどころじゃなくなったね、埋め合わせはまた。それじゃあ、頼んだよ!」

「はい!」

 アイラは窓から飛び降りると、下町へと走って行った。

「わたしも急がないと」

 ドレスの裾を持ち上げると、右の太ももに細いベルトが巻いてあり、そのベルトには細くて小さな筒が三つ付いていた。その内の一つを取り出すと、赤い色の先端を壁に擦って窓から投げる。筒は、ピィィーッ! と高い音を立て、煙を出しながら上空へと上がった。

 10分程経つと、馬に乗った騎士が数名やってくる。

「姫様! ご無事ですか!」

「すぐに王宮へ向かって! 全速力!」

「はっ!」

 早馬に乗った騎士が姫を乗せ、全速力で王宮へと向かう。

 ――頼んだわよ、アイラ!

 姫が王宮に向かい、アイラが下町へ向かう。そんな中、魔獣に乗ったリゼルが王国上空へと着いた。

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