第36話「数少ない友人」
「シャルレ=プレッツェル、ただいま戻りました」
国王の自室に、姫が挨拶に入る。
「おお、ご苦労だったな。旅はどうだった?」
自室といっても、数々の調度品や美術品などが飾られていたり、豪華なシャンデリアがあったり、パーティが出来る程に広い室内は、まるで美術館である。
「はい。とても充実した旅でした」
――少し嘘。
充実していなかったわけではない。しかし充実した日など、50日のうちに数えるぐらいしかない。
「そうか。人脈は広げられたか?」
「そうですね、知り合いが数人、友人……と言えるような人は、一人でしょうか」
「知り合いは多く、友人は少なく、心を許す者は一握り。覚えておるか?」
「はい。もちろん」
昔からの父――国王の教えの一つだ。
知り合いは多い方が良い。情報網の構築にも使えるし、なにより見識が広がる。一方で友人は少ない方が良い。誰も彼もが友人になれば、トラブルの元であり、身分や地位がある者ならば、尚更友人は選べと。そして、心を許す者は一握りの信頼に足る人物であり、信用を置ける者だけを選ぶように。
実際に国王には知り合いが多い。そして友人は10人程であり、心を許す者については語ろうとはしないが、多くて3人だと、姫は見ている。
「そういえば、面白い人がいますね」
外遊について、一通りの報告と感想を語り終えてから、姫は切り出した。
「面白い人?」
「アイラ。という者です」
「……どこで知った?」
「外遊から戻ったさいに、視線を感じました。興味を惹かれてお会いしたら、アイラと名乗っていました」
「いいか、奴には近付くな」
普段、娘に温厚な国王の、珍しい形相が表れた。
「……どうしてですの?」
物怖じしない怖いものなしの姫も、国王の
――これが、王の存在感。
圧倒的な存在が、そこに在った。いつも優しく、滅多には怒らない父が、今は王としてシャルレ=プレッツェルの前にいた。
「奴は人ではない。人の形をした災厄だ」
「人ではない……?」
「奴はな、ドラゴンに呪われて生き残った、唯一の女だ」
「ドラゴンに!?」
幼い頃、話に聞いたことがある。ドラゴンの眼光には万物を呪う力があると。その光を浴びると、植物状態になったり石化したりと、死も同然という。
――呪いを受けて、生きている?
しかし、もしそれが本当なら、あの視線も納得がいく。
“あれだけの視線なら気付きます。”
姫がそう言ったのは、ただ強い視線だったからではない。あれはまるで殺気。獲物を狩る獣のような視線だったからこそ、姫はすぐに気付いた。一瞬狙撃かとも思ったが、殺気とは違う。様子を見るような、そんな不思議な感覚だった。
そうか、騎士長が招聘したのも、それが理由……。
「それはむしろ、貴重な人材なのでは?」
全ての思考を一瞬で終わらせて、話を続ける。
「貴重な人材?」
「そうです。彼女は呪われていると言っても、楽しくお話ができる普通の女性。それならば、彼女を懐柔して情報を引き出したり、利用したほうが得策なのでは?」
尤も、そんなことは既に騎士長がやっていることでしょうけど。
騎士長とは、そういう人だ。
「だが、奴は災厄の元凶になり得る者だ」
「あら、
「むぅ……何故そう思う?」
「お忘れですか? シャルレ=プレッツェルの類稀なるセンスを」
そう。シャルレ=プレッツェルは幼少の頃からそのシックスセンスを発揮し、実に様々な分野に革新的な助言を与えてきた。時には王国の未来を左右することさえも。
「それはそうだが……」
あれほど感じていた
「お父様のお考えも御尤もだと思います。王国の全責任を背負ってらっしゃるんですもの。ですから、なにか不吉な予感がしたら、真っ先にお報せ致しますわ」
それでいいでしょう? と笑顔で父に訴える。
「ううむ……お前がそこまで言うのであれば、まぁ」
一国の王たる人物といえど、実績ある愛娘には勝てなかった。
「ありがとうございます。では、明日また彼女のところへ行って参ります」
「なに!?」
いくらなんでも! と言おうとする父を、姫は右手の人差し指を口元に立てて制止する。
「彼女は、わたしの数少ない友人ですから」
最後にそう言うと、「失礼します」と王の自室を後にする。
その後、アイラについて調べているうちに、大臣が彼女のことを信用していないばかりか、疑いを持っていると聞き、大臣の執務室へと乗り込んだ。
「お、王女殿下?」
唐突の訪問者に、大臣はなにがなにやら分からず、目をぱちくりさせている。
「大臣、あなた、わたしのこと信じてる?」
「はぁ、もちろん信じております。王女殿下には、幼少の頃より数々の助言を賜っておりますし、なにより忠誠を誓う国王陛下のご息女であられます。信を疑うなどあり得ません」
この者の忠誠は本物だ。それは昔から姫にも分かっていた。今の言葉にも嘘は一切見えない。
「よろしい。なら、アイラを疑うのも止めてくださる?」
「はい?」
アイラ? 何故ここでアイラが出て来るのだ? 大臣の混乱が手に取るように分かる。
「彼女、わたしの友人なの」
「はい!?」
「友人の彼女を疑うというのなら、わたしも疑ってちょうだい」
「いやしかし、それとこれとは――」
突然のことに
「いいえ、同じことよ。彼女はわたしの数少ない友人よ。その友人を疑うということは、わたしを疑うのと同じこと。どうしても疑うというのなら、わたしにも監視を付けてちょうだい。」
「い、いつからそれを――!」
――ブラフが効いたようね。
「知らないとでも思った?」
「……も、申し訳ございません」
どうやら、疑いのあるアイラに監視を付けてずっと見張っていたらしい。彼女のことだから、気付いているとは思うが、後で一応報せておこう。
「いい? お父様――国王陛下にも、彼女のことはお許しを頂いてあるわ。もし不吉な予感があれば、直接お伝えするとも言ってある。ですから……」
さっきまでの剣幕から一転して、声のトーンを下げると同時に頭を下げる。
「どうか、彼女――アイラを疑うのは、止めて下さい」
大臣は血の気が引くのを感じた。扉を見ると、開け放たれたままになっていたので、慌てて閉じて鍵を掛ける。
「お、王女殿下、お止め下さい!」
もしこんなところを誰かに見られたら、首が飛ぶだけでは済まない。
「王女殿下!」
しかし、姫は一向に顔を上げようとしない。待っているのだ、大臣からの一言を。
「く……!」
大臣にとって、これほど苦渋の選択は無かった。アイラは間違いなく国に災いを
そして今は、リゼルという厄介な奴も現れた。アイラが関わっているのは確実なのだ! だがその確証が、証拠がない。まだ疑いという段階で、姫の訴えを退けるなど不可能だ。
しかし、今この訴えを認め、疑うことを止めると宣言してしまったら、今後疑うことは許されない。どれだけ極秘で調査しようと、姫のことだ、必ず嗅ぎつけてくる。そうなったらお終いだ。
――ここは、苦汁をなめるしかない。
「……分かりました。今後、アイラを疑うことはしません」
「本当……?」
姫は、ゆっくりと顔を上げる。
「はい。王への忠誠と、シャルレ=プレッツェル王女殿下に誓って」
この王女に、嘘偽りは通用しない。今は誓おう――その時が来るまでは。
「ありがとう!」
不意に、花の香が鼻腔を刺激した。同時に柔らかな温かさと、一瞬の幸福感を覚えた。
「これはお礼よ」
内緒ね、と右手の指を口元に立てる。
「今度ケーキをご馳走するわ! じゃあね!」
嵐のように去って行った姫の姿を目で追いながら、大臣はお礼の感触と感覚を何度も思い返し、半ば放心状態で、しばらくその場に立ち尽くした。
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