第33話「たまには休みやがれ」

「過労だな」

 医師はそう診断すると、鞄から薬瓶を2つ出す。

「これを飲め。明日には良くなってるだろ」

「すまないな、世話をかける」

「馬鹿みたいに無茶しすぎなんだよ、ちったぁ業務分散しろ」

「はは、耳が痛いよ」

 主治医であるセンドックは道具を仕舞うと上着を羽織る。

「カイサルの坊っちゃんも無茶してくれやがるし、どうなってやがるんだ騎士ってやつは」

「あれは俺にも責任がある。それに奴は騎士ではない」

 騎士長はカイサルに手段は問わないと言っておいた。センドックが定期健診のために赴いていることはカイサルも知っていた。しかしまさか、村人を刺すとは……。

 技術に余程の自信があったのだろう、騎士長やセンドックに腕を見せるという青い考えもあったのかも知れない。

 その後はしっかりと謝罪し、騎士長からも「やり過ぎだ。万一があったらどうする」と灸を据えられたため、その一件に関しては不問となった。

「お前が厄介を起こすかも知れんと言うから、なにが起こるかと思ったら、全く予想の斜め上だったよ」

「すまんな。俺からも手紙と見舞金を送っておいたよ」

「その見舞金も多すぎる。おかげで奴さんは村一番の金持ちになったぞ」

「死ぬ思いをしたんだ、それぐらい当然だろう」

「そういう時に限って水鳥を使わないとはな。あの子なら上手くやったろうに」

「水鳥はあの時居なかったからな、仕方ない」

「まあいい。とにかく明日は絶対安静にしておけ。たまには休みやがれ」

「分かったよ。先生には頭が上がらん」

「酒も飲むなよ」

「……分かった」

「絶対飲むなとは言わん。だが薬を飲む間は飲むな。いいな?」

「医者を敵に回すことはしないよ」

「ふん。ならいいがな」

 センドックが帰ると、一気に静かになった。

 水鳥によると、たまたま執務室に用事があり立ち寄って、倒れている俺を発見したらしい。甲冑の重さ――王宮へは正装で入らねばならず、騎士長にとってはそれが甲冑にあたる――もあり、どうしようかと途方に暮れていたところ、たまたま通りかかったアイラを見つけて助けを求めたのだそうだ。アイラは軽々と持ち上げてここまで運んでくれたらしい。全く二人には感謝しかない。

 その後は水鳥がセンドックを呼んでくれて、彼も夜遅くというのにすぐに駆けつけてくれた。さすがは主治医というところか。彼にはいつも助けられる。

 それにしても参ったのは明日の事だ。陛下のご命令であるというのに、過労で動けないとは情けない。

「水鳥、いるか?」

 ……流石に帰ったか。伝令を呼ばないとな。緊急用の信号弾が確かあったはずだ。

 探しに行こうとすると、優しくベッドへ引き戻される。

「ご無理なさらないでください。私はいつでも側におります」

「水鳥……居たのか」

「はい」

 ただ少し離れていただけらしい。ずっと待機していたのか。

「頼みがある。陛下のご命令にお応え出来なくなった事を伝えて欲しい」

「分かりました。他にはありますか?」

「そうだな、酒が飲みたい」

「ふふ、駄目ですよ。これで我慢してください」

 いつの間に作ったのか、粥を用意してくれたらしい。

「これはありがたい。頂くとしよう」

「では、私は伝えに行って参ります」

「よろしく頼む」

 水鳥が行くと、ゆっくり粥を食べる。

 ――美味いな。

 鶏肉とネギを卵でとじてあり、出汁が効いていて何杯でもいけそうだ。以前に演習のさいにも作ってもらったことはあったが、やはり器用だな。

 全て平らげると、酒に手が伸びそうになり苦笑する。

 ――大人しく寝るか。

 薬を飲んで明かりを消して横になると、次第に微睡む。

 疲れが溜まっていたのだろうか、騎士長はそのまましばらく眠り続けた。

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