第29話「リゼルという男」
リゼル・コード。ドラゴンに対して異常なほどの執着心があり、求めて止まないのは力だと、本人は漏らしていたという。
「俺がまだ新米の頃、騎士長だった人に聞いた話だ。酒の席でな、厄介な騎士はいなかったのかという話題だった」
火事はアイラのおかげで鎮火し、怪我人の手当もあらかた終わって一段落してから、近くの飲み屋に腰を下ろした。カウンター席で静かに飲みながら、騎士長は語り始めた。
「当時の騎士長曰く、『騎士として、奴には才能があった。奴が騎士になった理由は単純なものだった。強くなりたいと。だがその思いは日に日に強くなり、そのうち危険思想を持ち始めた。次第に騎士との衝突も増え、当時はえらく問題になっていたものだ。才能を惜しまれつつも追放が決まった頃、そうなる予感があったのか、自ら騎士を辞めて王国を去っていった。後にも先にも、あれほど厄介な騎士はいなかったよ』このように語っていた」
「その危険思想ってのが……」
――ドラゴンか。
騎士長もアイラの考えが分かったらしい。「ドラゴンの事だろう」と続ける。
「実戦や実技においては右に出る者はいないほどだったそうだ。なおも力を求めてドラゴンに執心するようになり、騎士を辞めて王国を去った」
その力を手に入れた結果が、あの姿か……。
「ドラゴンは、人類の脅威であると同時に、今や夢と憧れの対象だ。討伐できずとも、鱗を持ち帰っただけで英雄になれるし、しばらくは遊んで暮らせるほどに金も入る。だが、それ以上にリスクが伴う。アモル殿も経験したことと思うがな」
「ああ……正直あれは地獄だった……。でも今は、そのおかげでアイラに出会い、騎士長と兵長のおかげでこうして充実しているよ」
酒の入ったグラスを傾けながら、アモルはしみじみと語る。
笑って酒を飲む姿は、マスターの店でアイラと出会った時の、死人のようにやけ酒をしていたアモルとは別人のようだった。
「今でも何千人と挑み、敗れては絶望する者が後を絶たない。だが奴はその世界に力を求めたのだろう。討伐するのではなく、眷属という方法で」
――眷属か。
「あれがリゼルだとして、一つだけ言えるとしたら、あれは魔物だよ」
アイラは先程の戦いを思い出しながら、苦々しく言う。
魔物。それがリゼルを言い表すのに最適な言葉だろう。あれは、人間ではない。
「アイラはこれからどうする。やはり巣へ行くのか?」
「ああ、そのつもりだ」
酒に強いアイラは、既に一升瓶を空けていた。
「破壊するのか?」
「そんなことはしないよ。人工物だという確証が欲しいだけ。自分で納得したいだけだよ」
カイサルには感謝しないとね。
何気ない一言があって、アイラも気付けた。まさか巣が作られたものだとは、思いもしなかった。
「そうか、では巣の調査はお前に任せよう」
「騎士長こそ、これからどうするの? リゼルを?」
「それもある。奴がリゼルであろうがなかろうが、野放しには出来ん」
騎士長とアイラが二人がかりで傷すら負わせられない相手。そんな奴を野放しにしたら、被害は想像も出来ない。
「同時に、黒剣の研究も進める。あのような失敗は二度とごめんだ」
皺が刻まれるほどに、表情を険しくする。
強力な兵器になり得るが、扱いは極めて難しい。それを自在に扱えるようになれば、ドラゴン討伐にも希望が見える。
「また進展があれば連絡する。二人共、いつでも動けるようにしておけ」
それだけ言うと、残った酒を呷り代金を置き、騎士長は店を出る。
「アモルは、どうする?」
「どうするもなにも、今は仕事が山積していてな、しばらく自由はないよ」
「ははっ、頼りにされてるじゃない、隊長」
「お前のおかげだ、アイラ」
「あたしは、少しだけ背中押しただけだよ」
ここに来たばかりの頃、アイラはアモルのことを心配していた。アモルの優秀さを知っていたアイラは、そのスキルを腐らせておくのがもったいないと思っていた。
そこで騎士長になにかスキルを活かせないかと相談すると、「それなら兵長に相談するといい。こう言ってはなんだが、数ばかり多くてな。兵長がもう一人欲しいと常日頃嘆いているのだ」という話を聞いたため、兵長にアモルの事を話すと是非会ってみたいということだったので、アモルにもその旨を伝えた。その後、兵長はアモルを甚く気に入ったようで、即採用されたと聞いて、アイラもほっとしたのを覚えている。
「さて、あたしもそろそろ帰ろう」
「そうだな、私も仕事が残っている」
二人は代金を置くと、「ごちそうさん」と店を出る。
随分と長い時間経ったらしい。もう空が白んでいる。
――月が出てなくて良かった。
アイラは素直にそう思った。月が出ていたら帰るに帰れず、まだ一人で飲んでいたかも知れない。リゼルとの戦闘も、厚い雲に月明かりが阻まれていたからこその芸当だった。次また参戦できる保証はない。
竜の子。クォンツェルの名。リゼル・コード。
リゼルは眷属だと言っていたが、人間がドラゴンの眷属になれるのか?
少しだけ思考を巡らすが、考えても分かるもんでもなし、とすぐに止める。
それに、アイラには正直どうでもいいことでもあった。目的はただ一つ、ドラゴンの涙だけなのだから。
朝日に目を細めながら、すっかり人気の無くなった酔っ払い通りを後にした。
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