第28話「危険思想の男」

「竜の子?」

 コイツは一体なにを言ってる?

「まさか、自分は人間だと、思っているわけではあるまいな? クォンツェルの子よ」

「――! どうしてその名を知っている」

 クォンツェルはアイラのファミリーネームだが、誰にも話したことはないし書類なども残っていない。呪いを受け、人間でなくなった時に棄てたものだった。

「私は、クォンツェルの眷属だ」

「眷属だって?」

 その言い方では、まるでドラゴンの――。

「……とりあえず、出て行かないっていうなら、排除するけど」

「やってみろ」

 言い終えるが早いかという瞬きの間に、アイラは眷属と名乗る男を殴り飛ばしていた。

「別に、あたし個人の喧嘩なら構わない。でもね、あんたは関係ない人を巻き込み過ぎた」

 静かな怒りに燃えるアイラの周りには、怪我をした人や意識を失った人も少なくない。あれほどの爆発だ、死者がいないだけでも奇跡に近い。それがこの酔っ払い通りであればなおのこと。

「ふっ、そのような事をほざくとはな。なるほど、随分と長く人間社会に居たらしいな、慣れて感化されたか」

 アイラの拳をもろに食らっても、平然と起き上がる。やはり人間ではない。

「一応言っておくけどね、あたしは人間ではないよ。でもね、竜の子でもない」

「それは厄介だな。記憶喪失か?」

「記憶ならあるさ、思い出したくもない記憶がね」

 あの眼光を忘れるわけがない。忘れられるわけがない。人間としての人生が閉ざされたあの瞬間を。

「どうやら、記憶が混線しているらしいな。一旦連れ帰るしかないか」

「生憎と、帰る家はないんでね」

「自分の家すら忘れたか。クォンツェルも嘆かわしいだろうな」

「その名を――」

 今度は瘴気を拳に集中し、壊す。

「呼ぶな!」

 しかし、拳は片手で止められた。

「なっ!?」

「ほう、この技を独学で身につけたか。やはりセンスは親譲りというわけだな」

 視界が急に回る。投げられたと気付いたのは、仰向けに倒れた時だった。

「少し眠れ」

 やられる。そう思った時だった。

「その程度か、アイラ」

 金属音のする方を見ると、騎士長が男と鍔迫り合いをしていた。

「俺を失望させてくれるなよ」

 アイラに言葉を掛けつつも、冷静に戦いを始める。さっきまでウィスキーを飲み交わしていた男とは思えないほど、覇気がある。

「遅いんだよ、騎士長」

 起き上がると、剣を抜いて男の背後に一閃する。騎士長と剣戟を交わしているにも関わらず、後ろに目があるかのように男は簡単に防ぐ。

「ふん、貴様が騎士長か。なるほど、良い腕をしている」

「貴様、一体何者だ」

 騎士長が鍔迫り合いで若干押されている。それほど力があるのか……カイサルがぶっ飛ばされるわけだ。

「私か?」

 回転するように騎士長とアイラを薙ぎ払う。まるで小型のメア・ドラグノスと戦っているようだ。

「私はクォンツェルの眷属、リゼル・コードだ」

「リゼル?」

 その名前に、騎士長はピクリと反応した。

「貴様があのリゼル・コードだと言うのか?」

「知り合い?」

 アイラは警戒しながらも尋ねる。

「俺がまだ新米だった頃の話だ。ドラゴンを追い求めて騎士を辞め、王国から去った危険思想の人物がいると」

「それが、リゼルってわけ?」

 この人型の化物が、元は人間?

 リゼルは上空にチラリと目を遣ると、「時間か」と呟いて剣を収める。

「逃がすと思うか!」

 騎士長が飛びかかるが、片手で防がれる。

「では、また会おう。竜の子よ」

「あんた、まだそんなこと言って――!」

 どこからか黒い風がリゼルを包み込み、それが消えるとリゼルの姿もそこにはなかった。

「……逃したか。アイラ、竜の子とはなんだ?」

「知らないよ」

 若干苛ついたように、アイラは吐き捨てる。

「お前の出自は謎が多い。調べても調べきれんほどにな。だが――」

 ――こいつは女だ。

「お前は呪われた人間だ。そうだろう?」

「……ああ」

 火事は未だに鎮火の気配を見せない。アモルも兵士を指揮して大忙しに立ち回っている。

「とりえず、ここをなんとかしよう」

「できるのか?」

「この程度の火事なら、問題ないよ」

 高さは既に7メートルほどあり、家屋が2つも巻き込まれるような大火事に対し、アイラは剣を構える。周囲の安全を確認すると、ゆっくりと深呼吸をして気を溜める。

「ふんっ……!!」

 思いっきり剣を横に払うと、剣圧が風を巻き起こし、炎が消し飛んだ。

「ほう、やるな」

「他にもやりようはあるけど、一番手っ取り早いだろ?」

 剣を収めてそう言ったアイラは、どこかスッキリしているように見えた。先程の鬱憤を晴らす意味合いもあったのだろう。

 ――竜の子か。

 まさか、本当に竜の子供なのか? それに何故今になってリゼルが……。

 どうやら、魔物の巣や黒剣にばかり構ってはいられないようだ。

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