第27話「竜の子」

 そこは、下町の比較的賑わう場所だった。

 昼間は閑散としているが、飲み屋が軒を連ねており、夜は別名『酔っ払い通り』として知られている。王国には会社というものが少なく、特に下町においての商売は専ら店である。そのため横の繋がりはとても強く、酔っ払い通りに来れば知り合いはいないと言われるほどだ。

 しかし、今騒々しいのは酔っ払いのためではない。それは正体不明という恐怖によるものだった。

「……」

 その正体不明の恐怖は、メラメラと燃え上がる炎を背後にして、ただそこに佇んでいた。

「おいこらてめぇ!!」

 そこに一番に駆けつけたのは、カイサルだった。

 近くの飲み屋で飲んでいるところ、先程の爆発に驚いて現場に来たのだが、酔いもあるせいか、いつもより口調が粗野になっていた。

「な~にやってんだこら! 人がいい気になって飲んでるっつーのに、暴れるなら他所でやれ!」

「騎士長はお前か?」

「あ?」

 一見して人間の形をしているそれは、カイサルを値踏みするように見ると、「違うな」と呟く。

「俺は騎士長じゃねぇ、騎士長になる男だ!」

 酒が入り、気分が大きくなっているカイサルは、調子に乗ってそう答える。

「ほう、そうか。なら――」

 それは一瞬で肉薄してきた。

 近くで見るとよく分かる。角が生えた男。短めの髪はくすんだ銀のようで、黒い甲冑に赤いマントを羽織っていた。そして、色白な肌に映える金色の瞳が左眼にあった。

「試してやろう」

 いつの間にか迫る刃を、カイサルは咄嗟に自分の剣で受け止める。

「ぐぁっ!」

 しかし、その一撃の重さは想像を遥かに超えていた。まるで石頭ハンマーで思いっきりぶん殴られたような衝撃。軽々と後方へ飛ばされ、飲み屋の戸を壊して中へ入った。

「だ、大丈夫か?」

 飲み屋の店主が声を掛ける。

「……がはっ! ……だ、大丈夫だ、気にすんな」

 やべぇ、防いだってのにあばらがやられた。応援を待つにしても、どこまで時間稼ぎが出来るか……。

「へっ、なんだ、吹っ飛ばすだけかよ? 大したことねぇな」

 いつまで保つか分からない強気で対峙する。――と、敵の姿が無かった。

「野郎、どこへ――」

 腹に、なにかが食い込む感触があった。下を見ると、剣が腹を突き破っていた。

「て……めぇ……!」

 また、いつの間にか肉薄していたその男は、容赦なくカイサルを刺し貫いていた。

「吹っ飛ばすだけは、お気に召さないようなのでな」

 剣を引き抜くと、カイサルはその場に崩れる。

「この程度で騎士長を夢見るか、愚かな奴だ。果てろ」

 剣をカイサルの首筋に振り下ろす。が、金属音がそれを阻む。

「――やっと来たか。遅いぞ」

「あんたと待ち合わせの約束をしていた覚えはないよ」

 アイラの蹴りを受け、男は店の外へと飛ばされる。

「……アイラ……か」

「遅くなって悪いね、あんな奴と飲むのが趣味なの?」

「へっ、んなわけあるか……気を付けろ、あの野郎、お前といい勝負だぜ」

 いい勝負。それは、暗にアイラの強さを前提にしていた。

「そうか……アモル!」

 アイラが呼ぶと、どこからかアモルがやって来る。

「おお、アイラじゃないか! どうした? こんなところで――!」

 アモルは視界に入るカイサルを見た。

「どうした!?」

「へへ、久しぶりだな。こんな格好で、悪いな」

「カイサルを安全な所へ。避難と他の指揮は任せる」

「分かった。無茶はするなよ」

 それだけ言うと、アモルは駆けつけた兵士とカイサルを運び出す。

「……あんた、いつの間に兵士になった」

「あんたらがでっかい化物とやりあう少し前からな。前職のスキルを活かせと、アイラに口添えしてもらったよ」

「へぇ……あいつも仲間思いなんだな……ッ!」

「大丈夫か!?」

「――ああ、酒のおかげでちったぁな。すげぇじゃねぇか、それで今は隊長か」

「ああ、ここら一帯を任されてる。兵長の下でな」

 アモルはドラゴン討伐隊としてあの〈孤立の洞窟〉へと赴き、そして運良く生き残れた。討伐隊の中では参謀を務めるほど、実は優秀な兵士であり、この王国でもそのスキルを遺憾なく発揮していた。

 実力は兵長にも匹敵するが、来たばかりということもあり、アモルから辞退をして今は兵長の右腕として働いている。

 アモルがカイサルを連れて遠くへ行ったのを確認すると、アイラはその男に視線を移す。

 黒甲冑に赤いマント、どこかの国の騎士か? それにしてはおかしな点もあるが……。

「あんた、人間じゃないよね?」

「そうだ」

 案外あっさりと男は答える。

「どっから来たの?」

「……」

 黙秘か。

「巣から?」

「巣から? 私がそんな下等に見えるか?」

 カマかけてみたら、見事に乗ってきた。巣を下等と見下すということは、どうやら魔物についても詳しいらしい。嫌悪感を露わにしている。

「それで? あんたほどの大物が、こんな所になんの用さ」

「……」

 ――また黙りか。面倒だな。

「悪いけど、暴れるなら実力で排除するよ」

「……そういうことか。お前こそ、どうしてここにいる?」

「はぁ?」

「どうしてここにいると、聞いているんだ。竜の子よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る