二章

第25話「騎士長の悩みと葛藤」

「あっ……」

 石造りの部屋に、女の声が甘く響く。

 騎士長の自宅は王都の中心にある。立場や仕事の都合上、どうしても離れたところには自宅が置けない。王都の中心は下町ほどではないが、夜はわりと賑わう。人通りも多く、なかなかプライベートという場所が無い。

 そこで騎士長は自宅に秘密の地下室を作り、そこに女を招いている。

 石造りは周囲に声が漏れにくい仕様であり、出入り口は防音性を強化した鉄扉にしてある。明かりは雰囲気作りにも役立つよう、蝋燭が一本あるだけ。

 作った当初は騎士長だけの秘密の部屋とする予定だったが、楽しんでる間はどうしても連絡が取れず、緊急事態に対処できないという致命的な欠点があったため、一部の信頼が置ける者にのみこの場所を教えてある。この前の伝令もその一人だ。

「はぁはぁ……、いつもより、激しいんじゃない?」

 女は騎士長の上に乗ると、自らも腰を振り、淫らに乱れる。

「そうか?」

 娼婦の間で絶倫として知られる騎士長は、その激しい攻めにも動じることなく答える。

「だってぇ、なんか、いつもより、はぁ、情熱的だから……あっ!」

 すでに何度か絶頂を迎えている女は、恍惚の表情で体を震わせる。

「そうかも、知れんな」

 騎士長の脳裏には、アイラとのことが焼付き、リフレインするかのように何度も思い出す。

 ――あれは、女だった。

 ドラゴンに呪われ、人間ではなくなった少女。だがその実、誰よりも美しく気高い。

 最初は試してやるかという軽い気持ちで交わったが、いつの間にか引き込まれて本気になっていた。しかし彼女は、それすらも軽く受け流して貪欲に求め、俺を果てさせた。

 自慢じゃないが、俺が先に果てるのは滅多にない。特に初めての相手であればなおさらだ。慣れている相手であれば、ツボを心得ているため攻めてくるが、そういう相手は苦手だ。時にはハマるが、不完全燃焼に終わることが多く、相手は満足してても俺はやり切れない思いになる。

 それが、アイラは違った。なにもかもが別格で、俺の世界を大きく変えた。

 ――足りない。

 より激しく。そうすれば、に届くと思った。しかし――。

「そろそろか」

 上に乗る娼婦を、起き上がって抱きしめ、一気に攻める。

「あああああっ!!」

 一際大きな絶頂を迎え、女は果てた。

 ぐったり気を失った女をベッドに寝かせ、騎士長はそのままの姿で部屋を出て上にあがると、浴室へ入り熱いシャワーを浴びる。

 ――あの戦いから、一週間が経った。

 天災級アガータスクラスの魔物であるメア・ドラグノス。初めて対峙したが、その凄まじい戦闘能力は、まさしく天災級アガータスクラスと呼ぶに相応しい脅威だった。最後は隠し玉でなんとかなったが、アイラがいなければ王国は危なかった。

 文献やアイラの話によれば、他にもそういった魔物はいるがメア・ドラグノスは突然変異種であり、100年に一度の脅威であるという。そしてそれは魔物の巣からしか生まれない。やはり、魔物の巣を詳しく調べる必要がある。

 ――それに、黒剣の研究も更に進めなければ。

 実験は行った。しかしその時にはあの黒い球体は現れず、黒剣が紫電を放ち、周りにあった瓶や木箱などを破壊した。その紫電が大量に発生すれば……そう思い、一か八かの勝負に賭けた。その賭けによって見事に脅威は消えたが、そのせいで多くの騎士を失ってしまった。次に使う時にまたあのような事が起きないよう、性質を見極めて制御できるようにしなければならない。

 楽しみを終えて思考を整理すると、シャワーから上がり部屋着の姿になってソファーに沈む。

 ここは騎士長の自宅ではあるが、さほど大きい家ではない。騎士長に用意される屋敷もあるにはあるのだが、税金で運営されており、女と会うのにもいちいち気を使わないとならず、面倒なので一人暮らしをしようと、ここに落ち着いた。

 1LDKで必要なものは全てここにある――地下室は無断で作ったが――ため、騎士長の執務室での仕事もできるし、なにより酒が飲めて落ち着ける。職場は禁酒禁煙なのだ。

 ソファーの前にあるテーブルのガラス天板を開けると、そこにウィスキーとグラスと氷が入っている。客人が来てもそれと分からないように、天板の裏は黒い紙を貼ってあるので、中身は見えないようになっている。氷も溶けないよう保温性の高い箱に球氷を3つ入れてある。

 女は目が覚めたら勝手に出ていってくれるので煩わしさもない。騎士長にとって、この部屋は唯一と言っても過言ではないプライベートな空間なのである。

 窓を開けると、涼しい風が吹き込む。この涼風が入る環境もまた、一人暮らしをここに決めた理由の一つだ。

「騎士長?」

 驚きのあまり声が出ない。自分は今、どんな表情かおをしているのだろうか……。

「なんでこんなとこにいるのさ?」

 それはこっちの台詞だと、下からこちらを見上げるアイラに言ってやりたかった。

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