第24話「メア・ドラグノス戦(終)」

 ――あれは、紛れもなく魔法だ。

 メア・ドラグノスは、あの黒い球体に飲み込まれて消えた。文字通り跡形もなく。後に残ったものは、無だ。そこにはなにも無かった。地面は綺麗に丸く消えた。木々も、人間さえも――。

 騎士長の大砲に続くもう一つの隠し玉、それがあの魔法だったようだ。しかし、そのの代償はあまりに大きかった。戦闘に参加していた騎士の三分の一は飲み込まれて消えた。もしアイラが「逃げろ!」と叫ばなければ、それ以上の被害……最悪、全滅していたかも知れない。

「ひでぇ……」

 カイサルは、その様子を言い表す言葉を見つけることが出来なかった。ただ周囲が消えただけではない。ギリギリのところで一部を飲み込まれ、無残な姿になった騎士達がいた。消えたのは三分の一ほどだが、被害はそれ以上に深刻だった。

「おい!」

 腹から下を丸ごと騎士が、絶命の手前にいた。カイサルは近寄り、頬を軽く。

「おいしっかりしろ、おい!!」

「……ぅぅ、熱い、痛い、苦しい」

 意識を薄らと取り戻した騎士は、死の瀬戸際を訴えた。内蔵はこぼれ落ち、まだ意識があり、喋れるのが不思議なほどに失血している。

「諦めんじゃねぇぞ、戻ってこい!」

 怒鳴りつけるように言葉を吐き出すと、誰かに肩を掴まれて顔を殴り飛ばされる。

「貴様は、今なんと言った?」

「ぐっ……騎士長……」

「もう一度問う。今、なんと言った」

「……諦めんなって――」

 胸元を掴み上げられ、更に強く殴られる。

「ってぇ! なにするんだよ!!」

「彼はもう死ぬ」

「!!」

「死を待つしかない者に、諦めるなだと? 貴様は首を切り落とされた者にも同じことを言うのか? 切り落とされてもなお、意識があるからと」

「……」

「以前言ったな、貴様は騎士になれるやも知れぬと。だがどうやら俺の見込み違いのようだ。去れ、貴様に戦場を共にする資格はない」

 それだけ言うと、騎士長は他の生存者に指示を飛ばしながら王都へと向かう。

「……くそっ!」

 分かってる! 分かってる! それぐらい分かってるんだよッ!!

 あの騎士は、もう数分持たずに死ぬ。そんなことは、名医じゃなくたって、誰にも分かる。

 ――これが戦。

 今回、アイラの付き人といった形ではあるが、初めて騎士長率いる騎士達と戦場を共にした。騎士長の圧倒的なカリスマ性、的確な指示、一騎当千と呼ばれる騎士達を見事に指揮していた。騎士達も騎士長を信頼しているのだろう、全ての指示を迷うことなく実行し、流れるように臨機応変に対処していた。

 ――俺は、あんな風にはなれない。

 騎士長のことは尊敬してるし目標になっている。だが、あんな風に動ける自信は無い。それに、感情のコントロールもできるとは思えない。

 カイサルは、昔から仲間思いで知られていた。仲間が困っていたらどこにいてもすっ飛んで駆けつけたし、トラブルに巻き込まれたら助けていた。

 騎士長もそういった長所を買っていた。仲間思いというのは、騎士にとっても必要なことだからだ。しかし今回、取り乱したカイサルを見た騎士長は、騎士としてはまだ足りないと判断し、あえて突き放した。カイサルが成長し、再び来ることがあれば、騎士として迎え入れることが出来ると。

「なにしてんの?」

 悔しさと情けなさに落ち込んでいると、無傷のアイラが隣に立っていた。

「……なんでもねぇよ」

「聞こえてたけど」

「……だったら聞くな」

 自分でも驚くぐらい、素っ気ない言葉。アイラが悪いわけではないのに……。そう考えると、ますます自己嫌悪に陥っていく。

 そんなカイサルを、強い力が空に持ち上げる。

「うぇ?」

 よく見ると、アイラが左腕だけでなんなく持ち上げていた。

 こいつ、本当にすげぇな。

 ズルズルと引きずられ、その騎士の前に立たされる。

「……なんだよ」

 俺になにをさせようってんだよ。俺はこいつに諦めんななんて言った最低な男だぜ?

「もう死ぬんだろ?」

「そうだな」

「よく聞け」

 頭を引っ張り、耳を騎士の口元に押し付けられる。

「いてててっ!」

「静かに聞け」

 なんだよ……。

 耳を澄ますと、小さくヒューヒューと音が聞こえる。

 ――ああ、こいつ、まだ生きてる。

 命が消えるその瞬間が、もう間近に迫っている。次第に音がゆっくりと、小さくなる。

 なんだよ、なにを聞けって――。

「ありがとう」

「!?」

 びっくりして、思わず飛び上がった。

「おい、アイラ、こいつ、今?」

 動揺しまくりながら、アイラを見る。

「時間ないんだから」

 再び頭を掴まれて騎士の口元へ持って行かれる。

「ありがとう」

 何度も呟く。

「……なんでだよ、なんで礼なんか」

 やり切れない思いで聞いていると、「ありがとう、戦友ともよ」と聞こえ、それが騎士の最期の言葉となった。

「なんだよ、なんなんだよ……!」

 訳も分からず、涙が溢れる。

「あんた、諦めるなって言ったんだよな?」

 アイラは騎士の甲冑を脱がしながら話す。

「……ああ、そうだよ」

「騎士長の言うことも、一理あるだろう。けどね――」

 瞼を手で下げ、自分の上着を騎士の顔に掛ける。

「こいつにとっては、死ぬって分かってても、あんたの言葉が届いたんだよ」

「言葉が……?」

「死ぬって分かってても、人は死にたくないって思うもんだ。殺してくれって奴もいるけど、死にそうだから死ねって言うのか?」

「それは……」

 騎士長なら、なんと言葉をかけたのだろうか。

「戦場で、仲間が大事なのはなんでだと思う?」

「……いないと困るからか? 部隊として成り立つためとか」

「それもまあ、あるだろうけどね。一人だからさ」

「一人?」

「戦場では、周りにどんなに人がいても、常に一人なんだよ。そこには自分と敵しかいない。だから仲間っていうのは、なにより大事にされる」

 昔、騎士長から聞いたことがある。仲間というのは、信頼であって信用ではなく、時に友であると。その意味はよく分からなかったが、今なら少しだけ分かるような気がした。


“ありがとう、戦友ともよ”


 もしかしたら幻聴か、聞き違いかも知れない。だが、カイサルには確かにそう聞こえた。

 絶望の淵にいた彼は、心なしか安らかに眠っているように見えた。

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