第23話「メア・ドラグノス戦⑧」

「アイラ!」

 魔物に向かって走る途中、声に振り向くと、カイサルが剣を持ってきた。

 魔物と王都との距離は、すでに目鼻の先ほどまで縮まっている。砂砂漠すなさばくから荒れ地、そして今は比較的緑豊かな土地まで移動してきた。そのため、アイラも動きを木々に制限され、カイサルもなんとか追いつくのに必死という様子だった。ただ、騎士の誰かから馬を借りたらしく、斑模様の灰色の馬で駆けつけてくれた。

「これを!」

 投げる剣を、アイラが器用に跳んで受け取る。

「これは!?」

「使えば分かる! 化物にぶっ刺したら離れろ! 同じ武器で騎士隊も支援にあたる!」

 使えば分かる。なんとも曖昧な武器を渡すものだな。

 しかし、アイラは今までになくカイサルを、騎士達を信じようとしていた。

「分かった! 死ぬなよカイサル!」

 戦場において、またあとで。なんて言葉は別れも同然だ。死が恐ろしくない者などいない。皆が必死なのだ、生きることに、死なぬ思考に。

 そんな中で、この魔物以上に化物なのが自分自身だと思うと、アイラは自嘲気味になり、少しばかり自己嫌悪に陥る。

 好きでこんな体になったわけじゃない。そんなことは言い訳も含めてもう数えることを諦める程には呟いてきた。原因はドラゴンの呪いの眼光。だが、真実は少しばかり異なる――。

「おっと!」

 妙にしんみりと思いに耽っていると、魔物の尻尾が頭上を掠める。頭が壊されたら、流石に死ぬかな? なんてことも一瞬考えが過るが、すぐに切り替えて魔物の上へと跳び移る。首の辺りにくると、受け取った剣を抜いてみる。

「使えば分かるか」

 改めて剣を見ると、柄の部分に引き金があり、刀身は漆黒に輝いていた。指で触れると、指紋すら残らない。

 ――魔法処理か?

 いや、それにしては魔力の残滓ざんしすら感じられない。あの砲台といい、やはり騎士長はなにやら面白い企てをしていたらしい。――いや、しているのか。

 騎士達も使うと言っていたぐらいだ、切れ味は保証されているだろう。

「折れても文句言うなよ――!」

 ガキンッと硬質音がしたが、折れてはいなかった。表皮が硬すぎるせいで、刃が届かない。

「こんなんで大丈夫なの?」

 仕方ないので、瘴気という反則技で強化し、一気に首筋辺りを突き刺す。するとブチブチ! と肉の切り裂ける音とズブズブ入っていく感触が伝わる。

 剣を突き刺しても魔物はさほど暴れなかった。これだけ差し込んでもチクッとする程度なのだろうか。

「……なにもないな」

 もしやと思い、引き金を引くとカキンと軽い金属音がして刀身が分離した。

「ん?」

 なんだこれ?

 とりあえず、念のために離れることした。飛び降りつつ眼下を見ると、騎士達が同じ剣を使い、必死に足を攻撃していた。

 なるほど、爪先などは守られていないから入るのか。

 人生のほとんどを力技で解決してきたアイラにとっては、少しばかり新鮮な考えだった。

 地面に降り立って様子を見ているが、なかなかが現れない。もしや毒か? 回るのを待つのかな?

 そんなことを考えていた時だった。騎士長のよく通る大音声が響いた。

「起動する! 全隊避難せよ!」

 ――起動?

 騎士達が全員魔物から離れると、遠くで小さくカチッと音がした。その瞬間、魔物の周囲に巣で見たような力場が発生し、空間が揺らぐ。

「まさか!」

 足元にある何十本もの漆黒の刃――アイラと同じように、刀身だけを分離させて残してあるらしい――と、アイラの突き立てた刃が共鳴し、紫電を纏い始める。

「駄目だ! もっと離れろ!」

 アイラは、がなにかを理解した。そして、そのも予想できた。

「これ以上か?」

 近くに逃げて来たカイサルは、アイラの叫びに困惑した表情だった。

「足りない! 全力で逃げろ! 死にたくないならな!」

 その叫びに、一瞬戸惑うものの、カイサル始め、騎士達は全力で離脱を始める。

 ――だが、それは少しばかり遅すぎた。

 ウォンッと不気味な音がして、紫電を纏う力場が中心へと一気に収束する。そして次の瞬間、ドス黒い球体が周囲を飲み込み始めた。中で何かがうごめいているようで、黒い感情が溢れ出すようなそれは、先程までいたアイラ達がいた場所を完全に飲み込み、まるで底がない人間の欲求のように、なおもその領域を広げる。

 周辺を蹂躙じゅうりんし続けると、王国を飲み込む寸前で勢いが止まり、まるで満足したかのように、その禍々しい球体は発生時と同じように中心点へと消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る