第19話「メア・ドラグノス戦④」

「おおおおあぁぁッ!!」

 幾度目かの斬撃を叩き込む。既に立っているのがやっとの状態の魔物は、崩れるようにして倒れ込んだ。

「アイラがやったぞぉぉー!」

 それを見た騎士が、剣を振り上げて叫んだ。

「おおおおおー!!!」

 主はまだ見つからないが、魔物が倒れたことで、王国の危機はほぼないと見ていいだろう。あの後、3回ほど砲撃があったものの、騎士達の援護のおかげもあり、アイラが狙いを狂わせて、下町にすら当たっていない。

「すげぇなアイラ!」

「まさに救世主だ!」

「流石は騎士長様が招聘されただけのことはある!」

 口々にアイラに賛辞を送る騎士達に、アイラはどうしていいか分からず、倒れている魔物を見る。

 それでも、危なかった。気付けば王国はもう目の前まできていた。もう一回砲撃があったら、流石にらすのは困難だっただろう。

「終わったか?」

 浮かれている騎士達と違い、警戒を強めたままの騎士長が様子を見に来る。

「いや」

 まだ、終わってはいない。倒れただけだ。それに――。

「主が見つかるまで、油断はできない」

「同感だ。話に聞く天災級アガータスクラスが、この程度で終わりとは思えん」

「話? どんな?」

「クァルエィスの遺跡を知っているか?」

「ああ。確か、大昔に天災で滅んだっていう伝説の」

「その天災とやらが、メア・ドラグノスではないかと、我々は考えている」

「なんだって?」

「この話については、貴様も初耳か。文献が王国に残っていたのだ。それによると、悪魔の城から、それはやってきたらしい」

「悪魔の城?」

「私は、恐らくドラゴンのことではないかと思っている。今回はたまたま巣があったが、元々はドラゴンの瘴気によって、魔物は生まれるものだ。ならば、天災級アガータスクラスの魔物も、ドラゴンの住処から現れるのが自然だろう」

 騎士長の考えは、理に適っている。それに、メア・ドラグノスの脅威は、本当はこんなもんじゃない。皮肉なことに、操られていたから、助かった。

「じゃあ、その文献通りになる前に、仕留めるとしますか」

 頭のほうへと回る。異常に大きい右目が、ギョロギョロと忙しなく動いていた。

「あんたの主は、何処にいるんだろうね」

 主にとっては、コイツも使い捨ての駒か……。

「じゃあね」

 剣を頭に刺そうとした瞬間、なにかが起きた。

「……ゴフッ!」

 綴じられていた左眼が、開いていた。そこから無数の触手が伸びて、剣を一本で防ぎ、一本はアイラの胸を貫いていた。

「ハァ、ハァ、……そんな奥の手を……残していたとはね……」

 ――油断した。

 苦しい。熱い。痛い。死なぬ身を、触手が蹂躙じゅうりんする。服の中に数本侵入し、四肢に絡めてアイラの動きを封じると、胸を軽く締め上げ、秘部になにか液体を掛ける。しばらくして、秘部へ触手を侵入させる。

「あっ……! くぅ……っ」

 アイラの中を、触手がうごめく。先程の液体の効果なのだろうか、体が妙に火照る。貫かれた痛みはとうに消え、えも言われぬ感覚が脳天まで駆け抜ける。

「かっ……あっ、あっ、……」

 体がビクビクと痙攣する。頭が白くなり、視界がぼやける。思考が停止し、快楽に身を委ねる。幾度目かの絶頂を迎えようかとした時に、突然身体が地に落ちる。

「アイラ!!」

 声が、白い空間に反響する。誰か、呼んでいる? 誰だろう……わたしは今、気持ち良く微睡まどろんでいるんだ、放っておいてくれ。

「この……! 戻ってきやがれッ!」

 空間が揺れる。痛い。なにするの? 邪魔しないでよ、わたしは、このまま、ここで……。

「ドラゴンの涙はいらねぇのか! 不死身の化物から、人間に戻るんじゃねぇのか、アイラー!!」

 涙……ドラゴンの、涙……。不死身……。

 空間に、ノイズが走る。歪み、崩壊していく。そして、まるで底無し沼から浮かび上がるように、意識が浮上する。

「……カ……イサル……?」

 目の前にいたのは、カイサルだった。なぜカイサルがここに? いや、ここは、そもそも何処だ?

「やっと意識が戻りやがったか、ここは王国に近い荒れ地で、メア・ドラグノスと戦っていた。俺が戻ったら魔物は倒れていたが、アイラが喰われそうになってたから、慌ててこの気色悪い触手をぶった斬って助けたってわけだ」

 喰われそうに? あたしは、魔物に喰われかけてた?

「頭がクラクラする……」

「まだ無理はするな。今は騎士達がなんとか相手してくれている」

 カイサルの後ろを見ると、騎士達が暴れる触手相手に苦戦していた。

「必ず三人一組で行動しろ! 触手には絶対に捕まるな、吐き出す液体にも警戒しろ!」

 遠くで騎士長が指示を飛ばしていた。

 そうか、あの触手に貫かれて――!

 ハッとなり、胸を触る。傷はない。もう治ったらしい。そして、犯されたことを思い出す。

「うっ……!」

「大丈夫か!?」

 我慢できずに吐き出す。女を意識したことは、これまでに何度かあったが、あまり気にしたことはなかった。だが、これ程の屈辱があろうとは……。一度でも死にたくなる屈辱を何度味わった? 抗えない快感。恐らくあの液体が媚薬のような効力を持っているのだろう。

 昔、聞いたことがあった。魔物の中には、人間を捕食するものがいると。そして、その大半が女であると。その理由は完全に解明されてはいないが、例外なく犯されることから、快楽に溺れた状態が、魔物にとってはなのだろうと考えられている。まるで、人間が丹精込めて料理を作るように……。

 まだ、媚薬の効果は切れてないらしい、動く度に快楽を得たい衝動に駆られる。

「おい、アイラ?」

 普段は全く意識すらしないカイサルに、今は凄まじく欲情する。このままでは、戦力にすらならない。

「すまん、少しだけ休ませてくれ」

「そうか、なにかあれば言えよ!」

 そう言って、カイサルは騎士達の応援に向かった。

 よし、あとは、この効果が切れるのを待って、あのクソッタレな魔物を……。

「大丈夫か」

 屈辱を晴らしてやる。などと考えていると、いつの間にか騎士長が目の前にいた。

「騎士長……」

 騎士長は、無言でアイラの顔を見る。

「大丈夫だよ、直ぐに戻るから」

「フッ、貴様も強情な奴だな」

「なに?」

「カイサルから話は聞いた。すまなかったな、俺がついていながら」

「気にすることはないよ。休んでいれば、こんなの……」

「知らんのか」

「なにを?」

「その媚薬は、欲求を満たさない限り、七日は続くぞ」

「なんだって?」

 なんの冗談かと思った。七日も続く? この欲求を満たさない限り?

「まさか、あの魔物がこの手段を使うとは思っていなかったが、俺も幾度かそういう相手をしたことがあってな、水鳥がそれを受けたことがある」

「水鳥が?」

「ああ。当時は戦闘に参加していなかったが、彼女がその七日を耐えた唯一の女だ。地獄だと言っていたよ。生まれて初めて、女であることを後悔したと」

 そんな……彼女が、そんな経験を?

「どうする? 今現在、特効薬は無い。あの魔物は、アイラ抜きでは倒せまい」

「……どうしろって?」

「俺が満たしてやろう」

 騎士長は、やおら甲冑を脱ぎ始めた。

「皆が戦ってる横で?」

「ここなら、岩陰で見えまい。指揮は各隊長に任せてある」

 なるほど、来たわけか。

「それとも、カイサルが良ければ呼ぼう。どうする?」

「……本当に、それしか方法ないんだね?」

「嘘は言わん」

「はぁ……いいよ、もう、限界だから」

 水鳥は、この強烈な誘惑に耐えたというのか。なんと強靭な精神力だ。

 騎士長の手が、胸に触れる。それだけで、意識が飛びそうなほど強烈な快感が脳天を突き抜けた。

「あっ……!」

「着痩せするほうか、いい大きさだな」

 コイツ、色好きって話は本当らしい。かなり上手い。水鳥も、夜の相手をしているのだろうか……いや、それなら七日耐える必要はない。貞操に関しては、純潔を守り抜いているのだろう。

 徐々に快感は小さく、通常へ戻っていく。それでも、欲求は増していく。求めたいと、強く思った時、騎士長はそれを察するかのように、アイラの中へと入っていく。

「フッ、いい体をしているな」

「ばか、こんな時に……あっ!」

「こんな時だからだろう」

 初めての交わりにも関わらず、いつの間にかアイラのポイントをしっかりと押さえていた。決して単調には攻めず、強弱、角度、体位など変え、アイラの弱いところを突いていく。アイラも自然と動き、求めるようになっていく。そして、アイラが幾度目かの絶頂で果てると、騎士長も同時に果てる。

「ハァハァハァ……」

 頭がボーッとする。でも、さっきの時とは違い、心地良さがある。

「やはり、アイラは名器の持ち主であったか」

 再び甲冑を装備しながら、騎士長は満足げに言う。

「あんた、そういう目で見てたわけ?」

「否定はせんよ。しかし、全ての女を見ているわけではない」

「王都の女の子囲っておいて、よく言うよ」

「アイラも来るか?」

「ここを生きて切り抜けられたら、考えるよ」

 媚薬の効果が切れたのを確認すると、再び戦闘服を着て、背中に剣を装備する。

 その二人の姿を、じっと見つめる影に、二人は気付かなかった。

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