第17話「メア・ドラグノス戦②」

 瘴気を纏った剣は、抜群の切れ味で、右前脚を切り裂いた。さすがに大きすぎて、切断まではいかないものの、確実にダメージを与えた。

「ウォロホホホホ!」

 奇妙な奇声を上げる魔物は、激しく足踏み――というよりも地団駄――をした。

「おっとっと!」

 ただでさえ足場の不安定な砂砂漠すなさばくで揺らされると、立っているのすら困難になる。

「暴れるな!」

 二擊目を入れる。ゆらゆらするせいで浅いが、確実に切り裂く。すると急に、ピタリと暴れるのを止めて、王国へ向かって歩き出した。傷口からはドス黒い血がドバドバ出ているが、それにも構わず歩く。

「どうなって――」

 そこで、思い出した。主の存在を。狙った砲火、目的を持った動き、間違いない。巣の近く、もしくは中に、主がいる!

「どうした?」

 主を探そうにも、どこから探せばいいのかと逡巡していると、背後に強力な助っ人が現れた。

「遅いじゃないか、騎士長」

 そこには、白く気高く、千里をも駆けそうな、屈強でしなやかそうな馬に乗る、騎士長の姿があった。そしてその後ろには、百を超える騎士を従えていた。

「あら、あなたは確か……」

 その騎士長の横に、少し小柄な馬に乗る女がいた。騎士長の書類仕事を手伝っていた女であることは、アイラにはすぐに分かった。

「改めまして、水鳥みどりと申します。以後、お見知り置きを」

 東方で聞いたことのある、堅苦しい挨拶をする水鳥は、騎士長が馬から下りるのを見て、騎士長の馬の手綱を引いて遠くへ避難させに走った。

「水鳥か、東方出身なの?」

「そうだ。貴様は、剣の扱いもなかなかのものだな」

 騎士長は、神々しい眩さを放つ騎士甲冑を身に纏っていた。簡素なものとは違い、関節もしっかりと守られていて、尚且つ動きやすく、その甲冑だけで、隙のない様子が見て取れる。まさしく騎士長に相応しい、メイドトゥオーダーの逸品である。

「そう? あんたも良いの着てるじゃない」

 魔物の血を払い、鞘に納める。

「数少ない自慢の品だよ。それより――」

 騎士長は、王国領土内を我が物顔で歩く魔物を見上げる。

「あれを、どう止める?」

 流石の騎士長も、天災級アガータスクラスのメア・ドラグノスを目の当たりにしたのは初めてなのだろう。

「方法はある」

「聞かせろ」

「一つは、足を止める。これはあたしがなんとかやってみるよ。もう一つは、巣の主を探すんだ。この魔物はそいつに従って――いや、操られていると言った方がいいかもね。明らかに王国を狙っているし、あたしらを無視するのも、そう命令されてるんだろうね」

「そういうことか。我々が主とやらを仕留めるが先か、貴様が足を止めるが先か……」

 騎士長は、不敵な笑みを浮かべる。

「競争ってわけ? 余裕あるね、騎士長様は。いいよ、どの道、早く倒さないとね」

「そうこなくてはな。作戦の指揮は、俺でいいのか?」

「あんたしかいないでしょ」

「フッ、後で応援を送る。それではな、健闘を祈る!」

 ――あんたもね。

 しかしそれは口にせず、ただ背中を見送った。

「さて、と」

 斬っても止まらない。それでも、歩みを止めることは出来るはずだ。剣に瘴気を纏わせる。さっきよりも濃く、さっきよりも多く。相手はメア・ドラグノスだ、遠慮は要らない。好きなだけ暴れてやろう。アイラは、鼓動が速まるのを感じていた。興奮している。全力を出せることに、喜びを隠しきれない。今のアイラの顔を見たら、アモルはなんと言うだろう。悪魔? 鬼? アイラは、そんなことを考えてしまうほど、自分の顔がと自覚していた。

 騎士長は直ぐに動いた。どう動くべきか、どう隊を動かすべきかを、瞬時に組み立て、指示を飛ばす。一切の乱れや淀みもなく、騎士の隊は方方ほうぼうに散ってゆく。

 騎士達と協力して、メア・ドラグノスを倒す!

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