第15話「騎士、集結」

 その信号に騎士長も気付いた。

「騎士長様! 信号弾が!」

 慌ててやっきたのは最近騎士になったばかりの見習いだった。

「見えている」

 黒。特一級非常事態か……。

「あれは本当なのでしょうか?」

「至急、緊急避難放送を流すよう伝えろ」

「はっ?」

「聞こえなかったか? 二度は言わんぞ!」

「は、はは、はいっ!」

 見習いの騎士は慌てて通達に走った。

――規律は厳しくても、目の前の危機を危機として認識できないか……平和呆けだな。

 王国は百年前の戦争を最後に、他国と戦争することはなくなった。王国が圧倒的に強過ぎて誰も挑戦すらしなくなったのだ。しかし、いかな獅子も牙を砥がねば鈍るだけ。そして、万一の時に守るべきものすら守れなくなる。

――だから俺は常に鍛えている。知も武も。そして、騎士も同様に鍛えてきたつもりだ。魔物如きに殺される小さき者達ではない!

水鳥みどり!」

 一声発すると、30秒足らずで例の女が現れた。

「お呼びでしょうか」

 書類業務をスムーズにサポートしてくれている水鳥という女は、戦闘甲冑に身を包んでいた。

「初任務となるな。ついて来い」

「はいっ!」

 水鳥のもう一つの任務、それは戦闘のサポート。今回が初任務となるが訓練は人一倍積んできた。

 アイラは彼女のことを騎士長の右腕と称していたが、それは書類業務を手伝う様を見ただけではなかった。前が見えづらくても周囲に気を配り、ぶつかったり転んだりせずにスムーズにサポートする。それは戦闘の訓練の一環でもあった。水鳥の身体と身のこなし、それをひと目見ただけで、アイラは騎士長の右腕たる人物だと看破していた。

「アイラという方は、どこかの特殊部隊にいたのでしょうか?」

「なぜそう思う?」

 話しながら移動しつつ、各所へ指示を飛ばす。

「私のことをひと目で見抜いていましたし、この信号弾の判断の早さ、魔物を倒した戦闘能力の高さ。どう考えても一般人には思えません。高度な訓練を受けてきたように思えます」

「ふむ。やはり分かるか。あれはな、元々はどこにでもいる少女だったのだよ。それがドラゴンに呪われて人生が大きく狂った。あれの目的はドラゴンの涙だ。それで呪いが解けると信じている」

「解けないのですか?」

「伝説や伝承ではそうだとされているらしい。本当かどうかは分からん。だが、ただ絶望に身を焦がすよりは、希望に生きたほうがいい。そうは思わんか?」

「そうですね。だから、アイラさんを招聘されたんですね」

「どうしてそう思う?」

「騎士長は、お優しい方ですから」

「そうか」

 騎士長は自室へ寄ると、自分の騎士甲冑を装備する。メイドトゥオーダーといって、個人に合わせて作る特注品である。それも騎士長の場合は少し特別仕様で、魔力を跳ね返す施しをしてある。これにより、ドラゴン相手であろうとも怯むことなく対峙できる。

「騎士の全隊長を集めよ! 兵長も呼べ!」

 騎士は隊が組まれており、それぞれに一番から十五番まで隊がある。一つの隊に隊長一名と副隊長一名、その下に10名の騎士隊員がいる。ちなみに兵士も似た構成だが総勢は3万を超え、騎士へ昇格できるのは毎年数名いるかどうか。それを考えると、騎士がいかに狭き門であるかが分かる。

 少数ではあるが、この強力な騎士がいるおかげで百年もの間、戦争すら起こさせない王国を作り上げてきたのである。

 招集から10分で騎士隊長と兵長が中央の広場に揃う。

「先程の信号弾を見た者もいると思うが、黒の信号が打ち上げられた。よって、特一級非常事態として諸君には集まってもらった。現場ではドラゴンスレイヤーのアイラとカイサル・ダモセルが現在交戦中と思われる。我々はこれより、魔物を迎撃する。兵長、避難のほうはどうなった?」

「先程緊急放送を流し、兵士が総出で避難誘導にあたっています」

「そうか。すまないが兵長は引き続きそちらの指揮を頼む」

「分かりました!」

 兵長は騎士達に敬礼すると、指揮へと向かう。

「それと、十番隊」

「はい」

「例のものは動かせそうか?」

「なんとか。もう一つのほうも試験運用段階まではきました」

「上出来だ。騎士達よ! 出撃だ!」

「おおおおおおお!!!」

 地を揺るがすほどの雄叫びが、王都に響き渡る。

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