第12話「魔物」
深夜、人々が寝静まった頃にそれは現れた。
「んんん!! ん〜!!」
一人の女性が口を手で塞がれ、壁際に追い詰められていた。
「フへへへ……いい肌してるなぁ、赤く染めたら似合うだろうなぁ~」
首、鎖骨、胸と舐め回し、息を荒らげる。
「ハァハァハァ……あは、アハハハハ!」
狂ったように笑うと、腰から短刀を抜いて肩に突き刺す。
「ぐもぉぉぉ!!」
痛みと恐怖で狂いそうになる。下町の裏路地、月も隠れ、助けは呼べそうにない。
「イイ声だねぇ〜、そそるよー!」
狂気の男は、短刀を引き抜いて反対の肩に突き刺す。
「ぐぉぉぉぉ!!」
涙を流し必死に抗う女を男は容赦なく襲う。
「ハァハァハァ、ハハハハハッ!」
胸、腹、腕、足、急所を外して直ぐに死なないよう刺していく。
「おィィ、もう壊れちゃったかぁー?」
女の目の焦点が合わず、ガクガクと震える。
「まだこっちもあるんだからよぉ~、頑張れよぉ?」
男が恐怖と絶望に染まった女に興奮するという異常な性癖があることに気付いたのは、わりと最近だった。仕事帰りに酔った勢いで女を暴行し、その恐怖で怯えた女を見て興奮したのだ。
王国の下町は人が多い割りに夜は静かだ。犯行は容易だった。そして、犯行は次第にエスカレートしていった。
「……ふぅ、そろそろ場所変えねぇとな。下町は広いからなぁ〜」
その鬼畜な男の前に、黒い影は現れた。
「なんだ!?」
一瞬にして男を包み込むと、影は男の中へと入り込んだ。
「グヴヴ……ヌシ様」
生気を失ったようになり、不気味に呟く男は夜闇に姿を消した。
「ひでぇな……」
翌日の朝一番に通報があり、兵士が確認に来ると惨殺された女がいた。全身に複数回刃物で刺された傷があり、性的暴行の跡も見られたという。
「アイラは夜出歩けないが、昼間も警戒したほうがいいかもな」
騒ぎを聞きつけてアイラとアモルも野次馬に混じっていた。
「なにが?」
「なにがって、強姦魔のことだよ」
「ああ。でも、心配するなら犯人のほうじゃない?」
「む……そう言われてみれば」
アイラを襲うなんて、考えただけで恐ろしい。
「アイラじゃないか」
立ち入り禁止から出てきたのはカイサルだった。
「どうした?」
「いや、人集りが気になっただけだよ。強姦殺人だって?」
「ああ。王国では初めてだ」
「ふーん、平和だったんだね」
「もしなにか情報あったら教えてくれ。礼はする」
「はいよ……ん?」
「どうした? 早速なにか気付いたか?」
アイラは周りの制止もお構い無しに死体への近付く。
「おい、アイラ!」
「魔物の気配だ」
「なっ! ……どういうことだ?」
慎重に小声で話す。
「分からない。なぜここに魔物がいるのか……もしかして、憑依型か?」
「憑依型?」
「そのままの意味だよ。人間に取り憑く実体を持たない魔物のこと」
「てことは、その魔物の仕業ってことか?」
「いや、刺したのは人間だろうね。魔物のやることじゃない。魔物はもっと――!」
アイラはなにかに気付いた。
「どうした?」
「
兵士とアモルに現場を任せて二人が向かうと、そこには人間の原型をギリギリ留めているといった魔物がいた。
「グジュルルル……」
若い女が引き裂かれ、魔物は肉を食べ、滴る血を舐めていた。
「これが……魔物!?」
瘴気に毒された動植物が変異したモノ。それが魔物と呼ばれる怪物である。ドラゴンの住処の周辺には多くいるが、王国内にいるのは妙だ。
「とにかく、こいつをなんとかしないと被害が増える。カイサルは援護頼む!」
「分かった!」
アイラは一気に肉薄して魔物を殴り飛ばす。
「グゲヤァー!」
「おいおい、俺の出番ないんじゃないか?」
あの時、町でアイラと遊んださいに、実力の半分も出していないとは思ったが、どうやらケタ違いのようだ。
カイサルは僅かな希望を胸に血塗れの若い女に近寄ったが、ひと目で駄目だと分かった。
「くそっ……!」
アイラの言っていた意味が分かった。これが魔物の仕業なのか。
「グヴヴ……」
「魔物は久しぶりだけど、やっぱりこの程度か」
――憑依型なら尚更だな、元が弱過ぎる。
「終わりだ」
殴る瞬間、拳に瘴気を纏う。通常の拳打とは次元の違う威力が、魔物に大きな風穴を開ける。
憑依型は元になる生物の臓器を拝借しているため、心臓が最大の急所となる。魔物も当然そこを守っているわけだが、アイラの攻撃にはそんな守りを完全に無視するほどの威力がある。
「ヌシ……、様……」
「なに?」
――魔物に主だと?
一瞬気を取られたその時、魔物が爆発した。破裂と言ったほうがいいだろうか、周囲に強酸の血肉が飛び散る。避けきれないと思った瞬間、目の前に人影が現れた。
「助かったよ、カイサル」
あの一瞬、カイサルが助けてくれなかったら、全身に強酸を浴びて溶けていただろう。死にはしないだろうが回復には時間がかかる。
「気にするな……っ!」
甲冑が一部溶けて、接している肌が
「甲冑があって良かったな」
「はは、偉そうに」
だが、これが始まりに過ぎないとは、誰も気付かなかった。
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