クーポン券

近所に古本と中古ゲームソフトを扱っている店がある。

僕は小学生のころからゲームのために通いつめ、

高校へ入って小説を書くようになってからは古典小説のために通い詰めた。


その店からクーポン券が届いた。ポイントカード会員にハガキで送られてくるものだ。

1000円以上購入で500円引き券。


現状読まなきゃいけなさそうな本をいくつも見つけているし、

やりたいゲームもいくつかある。

具体的に言うと、「リルケ詩集」「ハムレット」を買おうか、

「マリオ&ルイージRPG3!!!」を買おうか、迷っている。

なんという状況、

僕は小説家になるのだと意気込んでいながら、

同時に、同じくらいの熱量でまだゲームに熱中している。

相反しそうな感情が共存している。


実際どうだろう?

相反していないのではないか。

ゲームをやめて勉強をしろと言われたことは何度もあるが、

小説を書くことはこのうちゲームか勉強かどちらに属するだろう?

つまり強いられて行う義務か誘導されて楽しむ遊びか。

ああ、たぶんどちらでもない。

小説を書いているときだけは僕は自分が自由になった気分になる。

自分の意志で、自分だけのものを書いているという気がする。


自分だけのもの?

そうだ。僕は自分の体をみても、

腕、頭、内臓、髪の毛一本に至るまで、僕のもののような気がしてない。

いつかある日がくれば、残らず何者かに剥奪される気がしている。

それは父の幻である。幼いころから定期的に理不尽な圧力を受けてきた、そのトラウマの残影である。

拭いがたい。

僕は呼吸ひとつ、発する言葉ひとつとっても僕のものではない気がしている。

しかし小説は?

いまこうしてぽつぽつと書き並べている言葉、これも自分のものでない気がするが、

小説、星新一さんに憧れて書き初め、

太宰治、芥川龍之介、いろんな作家さんのところへたどり着くために、

自分の心の奥を掘り進むように書いてきた、小説だけは、

小説だけは自分のもののように思える。

小説だけが僕のアイデンティティである。


そういうわけで僕はリルケ詩集を買おうと思う。

ただゲームのほうも、これはこれで意味があって、

こじつけかな? なんとなく信じられる人を遠くに見つけて、

生きていく足掛かりにしようとしていて、

まあつまらない話だけど、あるゲーム実況者さんを身近に感じていて、

他に信じられる人の少ない人間不信の自分は、

この人を心の支えのひとつにしようと思った。

それで同じゲームがしてみたいなと思ったわけ。

だから、つまり、

詩集もゲームも、自分の理想のために買うのだから、

どちらを選んでも、両方買っても、大差はない、

そう結論に至りました。


そんなわけで。

ひょっとすると僕は生きていけるかもしれないな。

そうそう、16類型性格診断というものがあって、

調べてみたら、自分はINFpという型、理想主義者で詩人が多いと出た。

はは、そうなのか、心理学が言うなら間違いない、

というかんじで、ちょっと嬉しくなっているのであります。

ああ、性格診断といえば、

元少年A、酒鬼薔薇聖斗のホームページ、「存在の耐えられない透明さ」のトップにも、彼の16類型での性格が記されていた。

いま確認したら彼はINFjだった。僕とひとつ違いである。

まあひとつといっても大きな違いだろう。……そうだろう?

恐ろしい。自分がそのうちなにかしでかさないか。


ああ、誰か僕のことを狂人だと思っているでしょう。

なんだか不安になってきた。

誰か僕を救ってくれ。もしくは殺してくれ。

そんな気持ちで毎晩過ごしている。


いや生きていくのだ、生きていくのだ、

僕はまだ死にたくないのだ……。


不安で耐えられなくなったら、

この前書いた小説の続きを書こう。

「母さんの味」、あれの続きを書こう。

角川なんとかコンテスト、僕は審査を通るなんて露ほども思っていない、

思えないのだけれど、でもちょっとだけは期待しているので、

一応やるだけやったよと言えるくらいには、何か書きたいな、と。

ふふ。それでは。お楽しみに。

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