長い遺書

学校で会った先生、友達、

感謝しています。

おかげで今まで生きてこられました。

みんな優しかったおかげで僕は三年間生きることができました。

一生忘れません、といってももう死ぬのだけど。


もし誰か、学校の外の人間が、僕が死んだ理由をいじめか何かだと考えるとしたら、

それは間違いです。そのために僕がここで死因をきちんと書かねばならない。


端的に言うと自分自身に失望したからです。

これ以上惨めに生きていくのが耐えられない。

自分で自分の自負に耐えられなくなった。それで死ぬんです。

実際、たぶん、僕よりどうしようもない人間というのは世間にいくらかいるはずです。

だから僕だってそんなに悪い人間じゃない、生きていても構わない、と言うことはできます。

しかし僕より優しくて、まともで、なんというか尊敬すべき人間は、たくさんいるのです。

僕は何を争ってるんでしょう?

分かりやすく言えば、思ったような人間になれないので、死ぬことにしたんです。


と、いうのは表向き、いかにも道徳的な話です。

もちろん嘘じゃないですがそれだけじゃない、実際には、

たとえば失恋とか、たとえば勉強の成績が落ちたこととか、

たとえば夜眠れないこととか、

些細な原因がいくつもあるわけです。

では不眠を直し成績を上げて彼女を作れば僕は死なずに済んだか、というと、

実際そうなればそうですが、ならないのです。これらは個別の問題じゃない。

もし仮に、僕がまともに勉強して大学へ行く未来もあった、とするなら、

同様に、他のいろいろな僕の失敗や挫折も、克服可能だったと言うことができます。

しかし実際には不可能です。現に僕はここで憂鬱な毎日を過ごして死期を見計らっている。

太宰治を読んだせいか? それも理由のひとつにすぎない、

太宰治の名前を聞いた人がみんなこうなるわけじゃなく、

読んだ人がみな共感して死のうと思うわけじゃなく、

なんというか、僕がこうなるのは必然なんです。

偶然じゃない。

いいですか、神はサイコロを振らない。

僕の未来は僕には見えませんが、もうきちんと決まっている。

誰にもわかるわけがない、しかし決まっている。

それは単にわからないだけで、決まっているんです。

たとえば、麻雀の積み終えた牌のように。

そして引いた牌は、もちろん、表を見るまではわかりませんが、

つかんだその時、いや牌を積んだときにはもう決まっているのです。

これをもっと広げて、人間を物理法則に従う巨大なモノだと考えると、

感情だってただ物理法則に従って電気信号が流れているだけにすぎない。

まあそんな暴論を振りかざさずとも、

とにかく僕が死ぬべくして死んだというのには納得してもらえると思う。


ええと、何を書くんだったか。僕の死ぬ理由だ。

要するに僕が死にたくなって決心がついたから死ぬのですが、

どうして死にたいのか、何で決心がついたのか、

そのあたりで、誰かを責めたり自分を責めたりする人が出るかもしれない。

僕が気にしているのはその一点と、それから、

死んでから僕が惨めに見られやしないか、という点です。

やっぱり、体裁だ。

後者については諦めなければならない。実際惨めな自殺なんだから。

「老人の自殺は生活に困ってするものだ。若者は違う。好奇心でする」

何かで読んだ言葉です。僕はどちらかというと生活に困って死ぬ。

お金が、とか世間体が、というのもありますが、

精神的にです。もう生きていかれない。

生きていくには人の助けが必要です。

僕は人に助けを求めることができなくなりました。原因は僕の心です。

人を信頼できない。人を恐れる。

一人で生きていけない人間が、他人と接せられなくなれば、

死ぬしかありません。

そういう理由です。


どうして僕が人を信じられなくなったか?

少なくとも小学校へ入る前にすでにその片鱗があります。

もしも、いま「自分のせいか?」と欠片でも思った人がいれば、間違いなくあなたのせいじゃない、

原因があるとすれば家庭ですが、責任は別です。責任はない。

たとえば両親の態度に問題があるとして、

両親がもっとまともに僕に接することができた、と仮定するならば、

同様に、僕に対しても、この性格を改善することができた、と言うことができます。

しかし僕は自分の性格について、僕の責任を不問にしています。

僕には変えることのできないものだった、としようとしています。

なら両親のことも、どうしようもないものだとするしかありません。

内心責めているか? そんなの、どうしようもないことです。

実際恨んでいるかもしれない。いけませんか?

同じように、母もその母を恨み、父もその父を恨んでいます。

彼らは彼らの両親にされたように僕に接した。

それだけの話です。

僕はそれが許せない、というか、耐えられない。

では僕に何ができるか?

自分の子供には同じようなつらい思いをさせない。それだけです。

だから結婚はしない、もっと言えば、

部下を持たない、誰の上にも立たない、

誰ともかかわらない。

両親を恨んでいる僕にできる一番良心的な行動が自殺です。

実際僕には他の選択肢がない。

このまま生きていれば、あの父と同じように、

ああ、嫌な人間になってしまう。

もうなってるんです。もうほとんどなっている。

高校へ入って、友達と話しているうちにいくらかまともな人間になった気がしましたが、

今はもうだめです。

僕はもしひとたび社会へ出て仕事を始め、

何年かたって出世し、部下を持つようになれば、

それから結婚し、子供を持ち妻を養う身になれば、

やはり父のようになってしまう。

死んだ方がいい。

父を殺すという選択肢は? それはないのだ、それはないのだ、

どうしてかわからないが、僕が死ぬ方が当然な気がする。

なんでだろう?

それは僕が父さんの子だからかもしれない。

あくまで父さんの子として従ったまま、従順に死ぬことで、

責任はあなたにあるのだ、あなたの人間性に欠陥があるから、僕は死ぬのだ、

そう無言のうちに訴えようとしているのかもしれない。


ああ、なんてことを書いているのだ。

遺書はまた別な紙に書こう。

もっときれいなことを書かねばならない。

でもまあ、本心はここに書いたことです。

今は特に憂鬱だから。仕方がない。

無力だ。

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