第7話 ACT2
ACT2
<Encounter of the thing>
<1>
この蹴鞠市には「魔女の塔」と呼ばれる場所がある。
魔法学園として成立する前、政府に見放された蹴鞠市は結構な高級住宅地になりかけていた。
場所だけ見れば、東京と近く交通の便も良い。
そんな中、市をかけたビックプロジェクトとして、高層46階のタワー型マンションが出来上がった。
そして、その場所は魔法使いたちの住処、魔女の塔となったわけである。
もっとも、上位ランカーだけに許された場所ではあるが。
「こうなったら、散らかしまくってやる!」
世間一般の常識として、他人の家に行ったならば迷惑をかけないようにする当たり前の認識。
では逆に考え、どうしたら本当に迷惑をかけることになるのであろうか。
食器を洗わない?食べ残しをそのまま…。
結局、一時のことで他愛ないもので終わる。
そもそも親の強制とはいえ、兄の家に行かなければならないなんて最悪でしかない。
私は、高層へ続くエレベーターの中でボーっと思案していた。
「よ、真理ちゃん!」
27階でドアが開くと、見知った二人がそこにいた。
つい、「ふぇっ」と不甲斐ない返事をした先に居たのは、セクハラ大魔神の黒為先輩と新風先輩だ。
黒為先輩、本名は黒為 豊(くろため ゆたか)。この人のセクハラの名は伊達ではなく、いつもどおり上半身は裸にスーツの上着をつけ、その自慢の腰近くまである黒髪をかき上げる。まあ全く歯に着せない性格と、やせ型で顔も綺麗だから許されるんだろう。
一方の新風先輩、本名新風 啓(あらかぜ けい)は、何というかすべてに辺り障りがない人間で、年中首までしっかりと締め上げたネクタイに、高校生とは思えないほど綺麗にアイロンがけされたスーツを身に纏っている。
傍目からは、ちょっとつり気味のメガネを着用していることから、近寄りづらいらしい。
「あ!黒為っちと新風先輩。どうしたの?」
「そりゃこっちのセリフだってーの。兄貴居ないの知ってんだろ?」
当然のようにレディーたる私の前に、その鍛えられた腹筋を晒してくる。確かに油断した裸体よりマシかもしれないが、
「どうしたって…」
私は、ここに至るまでの経緯を説明した。単純言えば、親、つまり私の両親から兄の家に住むようにお達しが来たのだ。当然跳ね除けたいところだが、家賃等の都合で聞かないわけにはいかない。
その上どういう説明を受けたのかわからないが、私が海凪人先輩に狙われているという誤報を真に受けていた。
「ふーん、そりや大変だ。あれが兄貴だっていうの可哀相なのに」
「そうですね、あの人の部屋で住むなんてね…」
二人して、私に憐みの目を送る。
「まあ、一人なら徹底的に自由に使わせてもらうけどね!」
「おーおー。どうせなら帰ってきた時に、怒り狂わせるぐらい自由につかっちゃえ!」
「ですね。いい薬になるかもしれません」
「そうだ!俺も行っちゃおうかな。なあ、啓?」
二人は笑いながら、私に視線を送る。
「いいですね。鬼の居ぬ間にですね。どうですか、真理さん?」
「もちろん、オッケイです!変なことしないで下さいよ」
「大丈夫。俺は女の方からその気になるんだよ」
軽口を叩きながら、私の頭を撫でる黒為がどうしてもてるのか、知りたくもない謎ではある。
黒為は、私のことを妹のように可愛がってくれる。
最初は頭を撫でられることに抵抗を覚えたが、そこに黒為の悪意はないことに気づき、今は自然と受け入れられる。
このような、ボディタッチも女性を引き付けるコツなのだろう。
最上階の46階、兄の部屋は46階フロアすべて兄の部屋になっている。
最上階は一つしか部屋がないわけではない、ただ兄曰く「何で帰ってまで他人と話さなければならないんだ」として、フロア全体を借りる形にしたらしい。まあ、その他人に私も該当しているわけで、私はしがない下界のアパート暮しである。
エレベーターから降りて新風先輩は一歩前に出ると、地面に書かれた防犯用魔法印を丹念に調べる。
「魔法結界ですか?」
「でも、この印字って心臓喰いじゃないか。これってヤバいだろ」
「ええ、泥棒対策と言っていましたが、ヘタをすれば死んでしまいますね、コレ」
二人とも信じられない様子で、どうすればいいか思案しているようなので、「大丈夫ですよ」と少し偉そうに、部屋の暗証番号を入力した。
「へー。真理ちゃんは暗証番号知っているんだ?まあ、家族だから当然か。ってどうしたんだ?」
部屋のドアに暗証番号を入力しても反応がない。
「…開いてる」
真理の発言に、黒為も新風も顔を見合わせる。
「魔法結界が?」
「鍵もよ…」
私は、恐る恐るドアを開けようとしたとき、黒為が私の肩を掴み、止めた。
「真理ちゃん。俺が行ってくる」
黒為は、音をたてないよう少しずつドアを開け中に入って行った。
「大丈夫ですよ」
黒為自身は非常に軽い性格だが、魔法に関してはAランカー9位というなかなかの実力者である。
昔からその風体と態度、なにより女性に対する評価から敵が多いが、兄以外に負けたという話を聞いたことがない。
新風と耳を澄まして聴いていると、「ぐあ!」という言葉を部屋の先から聞くなり、開けたドアから黒為が猛烈な勢いで吹き飛ばされてきた。
ドン!っと、そのまま壁に激突しぐったりと倒れ込む黒為。
そして、ドアからゆっくりとおたまを持った愛実が現れた。
格好が下着姿にエプロン姿なのかは今は聞かないでおこう。
「あら?ごめんなさい。黒為じゃないの。まさか、この私を狙って…!」
愛実は視線をそのまま私に移すと、いきなり抱きついてきた。
「真理ちゃん~。もう、来るならインターフォン押してよね!あとちょっとでカレーできるからね、さあ、上がって!上がって!」
そう言うなり、まるで親戚が自宅に来たかのように私を部屋へと強引にあげる。
「ちょっと待てコラ!俺たち無視してんじゃねー!」
「そうですね、一応アニマ執行会のメンバーですし」
壁に打ち付けられ睨む黒為と、私の横で苦笑いを浮かべる新風。
「ああ、新風君も居たの?汚い雁首揃えて何してんの?、ちょっと黒為!部屋に勝手に入っきたんだんだから当然でしょ。不法侵入って法律用語知ってる?」
「どうして、愛実先輩はここにいるんですか」
不法侵入、それは逆に問いたい。
私の当然ともいえる質問に、愛実は申し訳なそうな顔をする。
「信じてもらうのは難しいかもしれないけど、私、あの戦いでとーっても反省したの。だからね…洸優から真理ちゃんが泊まりに来るって聞いて…ね」
「へー、コウの奴がね~。スゲー意外!」
「ですね」
「それはないわよ、黒為っち」
二人が感心している所に、私は冷静に会話に割り込んだ。
あり得ないだろう、あの兄が他人を家に招くなど。
「真理ちゃん、洸優もきっと心配していたのよ。だから私に泊まりに行ってもいいって言ってくれたのよ。勿論お母様に了解は取ったんだけどね」
ニコッと笑う姿に、今回の事態を招いたのが愛実だと理解した。
「でも、愛実先輩。大丈夫ですから」
「身内が遠慮しちゃダメよ、真理ちゃん」
身内?この強引さは半端ではない。
その時、マンション総合入口特有のピンポーンっとチャイムが奥の部屋で鳴る。
「誰かしら…」
「あ、私が出ます」
私は、玄関を駆け上がりすぐさまインタ―フォンのスイッチを入れた。
『おーい、真理。開けてくれ!』
「あ、待ってて!すぐ迎えに行く」
私が全力で走り、迎えに行こうとしたが、玄関前でがっしりと肩を掴まれる。
「…真理ちゃん。あなたここがどういう場所かわかってるんでしょうね」
掴む愛実の腕は、プルプルと震えていた。
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