第5話 魔法攻防戦
「命名する。ケル、その牙で我が敵を凍てつかせろ」
獰猛な氷の獣は、腹の底から唸るような咆哮と共に眼前の火の召喚獣へと突進した。
二人の距離は目測にして20メートルであったが、氷の獣は一瞬で距離を詰める。
氷の獣が間合いに入るなり、覆いかぶさるように両前足を振り上げ、炎の妖精に襲いかかる。
しかし、愛実も火の精霊も動かず、獰猛な氷獣の鋭い爪が火の妖精へと振り下ろされる。
周囲の歓声と共に、猛獣の腕は赤い妖精の体を貫通したかに思えた。
「オ、オオオーン!」
しかし、聞こえたのは氷の虎の苦悶の咆哮。
振り下ろした両腕は火の妖精の体中で止まってる。
「どうなったの?」
私には氷の虎がその腕で襲いかかっているようにしか見えなかった。
慌てる私とは違い、玲奈は事を冷静に分析していた。
「熱すぎたんだ。火の召喚獣が熱すぎて触れる瞬間に溶けちまった。それに、熱に吸われている」
見ると氷の獣は悲鳴を上げながら、少しずつ火の妖精に体を吸い寄せられている。
足掻きながら離れようとするが、ジリジリと双方の距離は近づいていく。
「それだけ愛実先輩の召喚獣がすごいってこと?」
「それもあるが、海凪人の召喚の失敗が原因だな」
「失敗?」
法子は不思議そうに玲奈に尋ねた。
「海凪人は魔法印は長すぎたんだよ。あの女は意図的に『寵愛』とか『絶栄』って難しい言葉を海凪人に送っていた。海凪人は飛んでくる言葉を消しちゃいたが、知らず知らずのうちにその言葉に感化されたんだよ」
確かに、二人とも送られてくる言葉に対して打ち消していた。
しかし、その言葉に自然と感化されてしまうことはあるのかもしれない。
「どういうことよ?」
「恰好つけた文章になっちまったってことだよ。体のいい言葉で誤魔化して本質を見失っている…」
「長ったらしい召喚呪文ってこと?」
「ああ、ただの駄文だ」
玲奈の解説を聞いてるとき、海凪人は次の行動に出ていた。
「ケル!微小化!」
海凪人の言葉に反応し、氷の虎の体が砂のように粉砕すると、風に舞い霧状の煙を作り出した。
一瞬の強風の後に、周囲は太陽光すら遮るほどの濃霧に覆われ、愛実の視界から完全に海凪人の姿が消えた。
おそらくはこの霧を仕掛けての攻撃なのだろう。
だが、慌てることではない。
それは、愛実自身の経験から戦闘において、慌てることに意味がないことを知っているからである。
「海凪人、最後の忠告よ!召喚獣を下げなさい。死ぬわよ、あなたの作ったこの子」
愛実は、会場全体に響くように大きな声で叫ぶ。
「倒したわけじゃないのに…強気ですね」
「あんたのためじゃないわ。その子に対して言ってるの。いい召喚獣じゃない…主人のために勝てない相手に歯を立てる。嫌いじゃないわ、そういうの」
しばらくの沈黙の後、海凪人の声が聞こえる。
「…解りました、愛実先輩」
その言葉を聞き、少し愛実は安心していた。
最近の横柄な態度もさることながら、法子への態度。
やっと捕まえて説教すれば、錯乱したかのように勝負を嗾けてきた。
海凪人はお世辞にも度胸はあるタイプではない。
何かあったのだろうか…
しばらく、愛実は考え事をしているが霧は一向に晴れない。
時間にしたら、すでに2、3分は経っている。
「どうしたの!いつまで引っ込めるのに時間かかってんのよ!」
声は反響するばかりで、何ら反応がない。
仮に仕掛けてくるにしてもこの間を入れる意味がない。
そう言えば、辺りがだんだん暗くなってきている。
「…!」
愛実が背後に気配を感じた瞬間、霧は音もなく消えていく。
本能的に防御態勢を整えようと後ろを振り向こうとした瞬間、大きな風圧と共に黒い何かが見えた。
バンっ!と会場全体に響く強烈な打音。
晴れた先に見える光景は、沸き立つはずの会場を困惑させた。
アリーナを覆う濃霧のために、真理は何があったのか解らなかった。
かろうじて解ったことは、聞こえた会話から海凪人が何かを仕掛けたということである。
そして濃霧が晴れて見えた景色は、強烈な打撃音と見たことない異型の物体。
20メートル級はあるその人型の体躯、そして、牛頭の頭に西洋のデーモンを彷彿とさせるが、胸にはもう一つ女性の顔が張り付いている。
だが、下半身に足と呼べるものがない。
足の代わりを成しているのものは、無数の人の手。
その化物は、両手で合掌して止まっていた。
場は静まり返り事の状況を図ろうとしているが、誰一人状況を確認できるものはいなかった。
海凪人は実況者席を指さし、カウントを大声で強要した。
「おい!愛実先輩ならペチャンコになってる。カウントだ!」
「あ、はい!、ええと、あのよく見えなかったんですが…どうなったんでしょう?」
「一目瞭然ですよ、潰されました」
急にしれっと答える海凪人に会場は、一気に歓声で盛り上がる。
海凪人が愛実に勝ったということなのだろうか。
「み、皆さん、大判狂わせです!なんと、海凪人選手の召喚獣が愛実選手を捕え…!」
「狂ってないわよ」
化け物の合掌の中で、怒り交じりな女性の声が響く。
だんだんと化け物の合わさっていた手は開き出し、愛実が姿を現した。
その表情は慈愛を謳う女神の顔ではなく、獲物を噛み殺さんばかりの獣の目。
すっと、身を翻し合掌されていた手の中に振り向くと、中には火の召喚獣が両の手を開き合掌を阻止している。
愛実は、手の中から出ると火の精霊の顔に手を当てて優しく微笑んだ。
「さすが私。今作ったばかりの召喚獣なのに、いい感しているわ」
火の精霊は無機質な表情を変えず、ただ愛実を見つめてる。
「フラウ、いい名前でしょ」
愛実はそれだけ言い残し再び身を返した時、バン!と異形の合掌は閉じた。
「ありがとう」
合掌の中で火の粉が舞い、召喚獣は消えた。
愛実にとってはいつも呼び出す召喚獣の一つにすぎない。
でも、愛実自身「この召喚獣は嫌いじゃない」と心の中で言い聞かせた。
それが召喚者としての礼儀であることを信じて。
「どうです?負けを認めては?慈愛の女神からの慈悲であれば、私、海凪人は快く受けましょう」
愛実を挟み撃ちにしている状況に、海凪人は紳士を気取り丁寧に一礼する。
くすりと愛実は笑ったかと思うと、三度その表情は鬼へと変わる。
「一つ言っておくわ、どういう理由であれアニマへの裏切りは…極刑に値する。ここにいる全員にも教えてあげましょう。禁術を使用したものの末路をね」
愛実は、再び同じ魔導書を出し構えた。
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