第4話 戦いの始まり。

互いの自己紹介も終われば、後は相対するのみ。

いつものことながら、声援が一切消え、実況の開始を待つ張りつめた空気。

この瞬間を愛実は愛していた。

だが、無音を嫌うように海凪人は実況者を急かす。

「生ヌこさん。公式の大会じゃないんですよ。すぐに始めましょう」

大きく息を吸い生ヌコは叫ぶ。

「はい!では、スペシャルマッチ!それでは~ファイト!」

その言葉が発した瞬間、互いが目の前に畳一畳ぐらいの大きさの魔導書が現れる。

魔法の戦い方に限定はない。

魔法で勝てばよいという限定以外は存在しないのがランカーバトルというものである。

「召喚で勝負するつもりなの?『発現(マニフィスティション)』出してもいいんだけど」

『発現(マニフィスティション)』とは、「生まれてはじめて魔法を使用した魔法」をいう。残念な話であるが、魔法使いの素養は努力というカテゴリーではなく偶発性。その魔法がなぜか使えた、なぜか出たという偶然に左右される。

そして、自身が初めて出すことのできた魔法はなぜか非常に強力であり、いわゆる「切り札」なのである。

要するに、魔法使いにとって発現とは先天性、生まれ持った才能に他ならない。

その才能あるものが、努力し学ぶものが魔法召喚と言われるもの。

現在のランカーバトルの基本は発現という切り札の応酬がほとんどである。

愛実は自身の魔導書をしまい込み、代わりに先ほどの半分程度の大きさの魔導書を召喚して見せた。

「あなたこそ、どういうつもりですか?」

「べっつに~。でも強いて言うならハンデかしら」

海凪人の睨みつけるような眼光に、愛実は意を返すことない。

「言っておきますが、薄い魔道書を使って負けたなんて、洸優さんに泣きつかないで下さいね」

「論外だわ」

愛実の冷たい視線に感化された海凪人は、その巨大な本を開け自身の周囲に緑色の膜、「呪膜」を張る。

「彼の地に舞い降りたるは、翅、しかして伊吹を与えるは、大地の放流…」

海凪人の発する言葉に呼応し、高速に分厚い魔導書は次々とページが捲られ、そこから自らが発した言葉が青色の文字として浮かび上がってくる。

そして、呪膜に張り付いた言葉を指でなぞり、浮かび上がる言葉を繋げ、呪膜を取り巻く一つの文書としてを円を作っていく。

呪膜を取り巻く一つの文章の調べを魔法印といい、それを複数作ることで召喚魔法は完成する。

これが、いわゆる召喚といわれる術式であった。

言葉を紡ぎ、円で繋ぎ、幾重にもなる魔術文字の円を呪膜に作る。

そして、呪膜に覆われた複数の文章が一つの理、つまり集約された一つの「物語」として構築した時、召喚魔法は完成する。

この行為が召喚するための儀式であり「舞」と言われる。

「竜脈の鼓動は、マナの原始。生誕と果ての中で生まれ出は…」

愛実もまた海凪人の召喚を見て、言葉を発しその場で呪膜へ文字を紡ぐ。

二人は自身の周りを激しく動き、そして言葉を正確に紡いでいる。

「真理と法ちゃん。二人ともこのバトルどのくらいわかる?」

激しくも美しい双方の舞。

見とれていた真理と法子に、玲奈は視線を変えずに話してきた。

「召喚の詠唱勝負でしょ。そんなの誰だってわかるわよ」

そう、これは魔法合戦。互いがどのような召喚獣を構築するのかは分からないが、あの膜から魔法印を敷き詰め何かを呼び出す。

その場で舞うだけであるが、互いに何の召喚獣を出すのかけん制は始まっている。

「お互いが紡ぐ召喚獣の物語を読みあって、召喚です。二人は戦いに有利な召喚獣を読み合っています」

法子の言う通りである。召喚獣ってのは出すだけではあまり意味がない。

火が水に弱いように、相手の魔法印を読み解き、有利な召喚獣を作る。

早く召喚できれば先手も取れるが、不完全で爛れた召喚獣など愚にもつかない。

要は正確とスピード、知識の所産である。

「2人とも落第点。よく見てみな。二人の手や足の動き、そして互いを飛び交う言葉の動きを」

「あ、お互いの間で、言葉が飛び交ってます」

愛実も海凪人もその場から動かずに物凄いスピードで語りながら言葉を空中に出し、それを自己の周囲の膜に繋ぎ合わせ魔法印を複数作っている。

しかし、同時に両者との間に凄まじい速度で光が行きかっていた。

その光は、相手の呪膜に張りつくと言葉へと変わる。

そして張り付かれた言葉を双方が文字を消し、関係ない言葉を飛ばす。

魔法の世界では『陣を描く』というが、高速の言葉の撃ちあい、そして一連の召喚演舞に見入ってしまう。

「詠唱合戦は、詠唱構築スピードだけじゃない。互いの召喚詠唱の邪魔をできれば、相手に召喚させないことだってできる。だから、トップクラス同士の勝負するとなったら、その時折に合わせた魔法印を用意しなくてはならない」

「そんなことわかってるわよ」

何とも偉そうにご高説を垂れる玲奈は気に入らないが、要は相手に不要な言葉を送って混乱させている。

物語に関係ない言葉が周囲にあることで、紡ぐ物語が破綻をきたすこともあるのだ。

「わかってない。ひとつひとつ盗む気で見るんだ。少なくともあの位は出来なきゃ兄貴を相手するなんて無理だ」

「ふん!なによ!Aランクだからって偉そうに!そんなの全部解ってるわよ…」

つい、私は玲奈のアドバイスに対して過剰に反応してしまう。

解ってはいる。

こうしてアドバイスをくれるのも、優しさ何だということには。

「見てるわよ、きちっと」

こうして、余計なことを言うのが私の弱点。理解はできても助言を心が拒否を選択する。

「あの…がんばりましょう、ね」

私たちに流れた微妙な空気に、素早く法子ちゃんは相槌を入れるが、玲奈は私に静かに微笑みかける。

「寂しいじゃねーか…あたしだけAランクっていうのはさ」

玲奈だって楽してAランクになっているのではない。歯がゆそうに笑う玲奈に私は顔を背けるしかできなかった。



二人を挟むように双方の召喚獣が相対する。

自然界での生物に形容するならば、密林の猛獣、トラであろうか。

世界でも大きいもので2メートル程度がトラの全長と言われているが、目の前の現れたトラは有に10メートルは超えていた。

さらに時折、体から噴出してくる黒い炎は自然界のトラとは明らかに異なっていた。

海凪人が自信をもって出してきた召喚獣。

確かに驚嘆すべき魔獣であるが、観客の誰もがもう一つの獣に目を奪われた。

「綺麗…」

法子の感想は素直に的を得たものなのだろう。

私自身、驚嘆していた。

これが魔獣なのかと思えるほど、愛実先輩の召喚した召喚獣は美しかった。

全身を赤く光らせ、背には蝶の羽を宿した女性に近い人型。

燃えるように逆立つ髪の毛であるが、その毛先に至るまで赤い光を反射させた。

さしずめ、火の妖精といった感じだろうか。

紡ぎだしてきた魔法印の収束でもある魔法陣が青白い光を放っていた。

「イフリートの血族か。あんな性格してるくせに、どうしてあんなに美しい召喚獣を作り出せるんだか」

玲奈は落胆しながらも微笑を浮かべる。

愛実のあえて変えた魔導書は、Eランクの学生が使う初期の魔導書。

召喚獣はその歴史を紐解き、契約するというのが召喚獣の出し方。

当然、その歴史深く印字されている分厚い魔導書の方が詳しく鮮明な召喚獣を出せるはずなのだ。

愛実だからできる所業なのだろう。

しかし、その愛実の召喚獣に海凪人はせせら笑った。

「どうしたんですか、人の足を引っ張るばかりで肝心の自分の召喚が火ですか。しかも…またこぎれいなものを」

「…本気で言ってるの?軽くバカという概念を通り越してるわね。近い言葉なら『たわけ者!』かしらね」

「そうですか、死にますよ」

愛実の挑発に、海凪人はただ冷たく言い放った。

その瞬間から、海凪人の眼光が鋭くなり戦いが始まった。

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