第3話
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「あの、またこんな手紙が来てますけど」
「呪の殺人予告でしょ?その辺りに置いといて。どうぜ効かないだろうけど、お兄ちゃんに試すから」
法子は紙袋に詰まったいくつかの封筒を空けると、不思議そうに音読する。
『殺。この封書にはルクシア魔術印を施してある。閲覧した場合、3日以内に死の神が魂を薙ぐであろう』
「こういうのって、書いた人自身は大丈夫なんですかね~」
法子は、お気に入りの汚いソファーでだらんと手紙を読んでいる。
「そんなもん、どうでもいいっての!我が兄の消失から3日も過ぎてるのに、なんかこういいアイディアが閃かないのよね。法子ちゃん、何かないかしら?」
あからさまに、「またかよ」というぎこちない笑顔をこちらに向けてくる。
「そうですね、魔術の修行なんてどうですか?私、まだ先輩たちの魔法見せてもらってないし」
「ああ、ダメ!お兄ちゃん帰ってきたら、毎日やらされるだろうから。私はね、その修行をなくすために、部活を一変させるのが目的なの」
「はあ、そうですね…」
「一発逆転ないかしら」
無理難題の返答に困り果て、法子はテレビ付けだした。テレビは3日前に殺された、浅沼徹(あさぬまとおる)という国会議員の殺人事件ばかりである。気に入らないのか、法子はすぐさまチャンネルを変えるが、同じニュースばかり。まあ、犯行や手口は明らかに魔法使い。兄もこれに狩りだされたのではないだろうか。
法子が諦め、どんなニュースにも影響されない通販番組に落ち着こうとしたとき、部室のドアから助け舟がやってきた。
「おい!聞いたか?今、すげーニューズ流れてるぞ!」
血相を変え、勢いよくドアを開けて来たのは玲奈。
珍しく息を切らし興奮している。
「はあ~、どっかの大臣が殺されただけでしょ」
「バカちげーよ。これ見ろ、これ」
玲奈はスマホ画面を私たちに差し出した。
〈上位ランカー3位と46位が激突。暁愛実と夏草海凪人(なつくさ かいと)がプライドを賭け、ガチンコバトル!〉
「なにこれ!」
愛実先輩と海凪人先輩が戦う?
理由は法子であろうか。
法子への嫌がらせをしたのは、この海凪人という男。
それを察してか、法子の表情は晴れない。
「海凪人君…」
夏草海凪人は現役2年生のランカーで、1年生の管理やこの蹴鞠市全体の警備責任者も兼任している。魔法使いと一般人を隔絶するために、蹴鞠市には直径約7キロの外延にサイレントラインという白い霧をドーム状に覆い被せている。
あくまで脱出防止用の壁であるが、防音もなければ、うっすら向こう側の景色が見える。
その音と懐かしい景色に誘われて、脱走を試みるものがいる。
まあ、学生程度でどうにかなる結界ではないのだが。
「あの女、公開処刑するつもりだな」
玲奈は、画面を見ながら舌打ちをする。もとより海凪人と玲奈はそれほど繋がりはないが、法子のことを考えれば、舌打ちもしたくなる。
「行くぞ!遅れちまう」
「え、ちょっとすぐに始まるの!」
「そうだよ!時間をよく見ろ」
「ちょっと、待ってよ!」
玲奈は慌てて飛び出し、私も法子の手を掴んで走り出した。
不安そうな法子の表情に私は、どうか、何事なく終わってほしいと願うしかなかった。
部室等から5分程度の場所に、まるで西洋のコロッセオを思わせる建造物、アリーナがある。
市民グラウンドを突貫工事したらしいが、なかなかにしっかりとした造りをしている。
実際、建物入って見えたものは人の群れ。
金がかからない上に好カード。当然であるが、300人収容を誇るアリーナが満員とは恐れいる。
さすがはAランカー同士の戦い。
別にこの学園は、ランカーで戦わなくても魔法の成果を上げることで在籍はできる。
だが、ほとんどの魔法使用者はランカーを目指してしまう。
簡易に金銭収入を得られることも魅力の一つだが、最大の理由は魔法に対する国民の反感である。
ニュースに流れるように、魔法使いたちによるテロ活動は日毎盛んである。
その結果、魔法使い=悪という解り易い図式は国民を煽り、差別意識のある実社会で普通に生きることは相当に難しい。
就職先の筆頭は国の魔法テロ警備の仕事である。
とはいえ、非常に苛酷な魔法学園生活。
結果として逃げる者もいれば、この場所に留まろうとするものが大きく二分している。
「今日発表されたんでしょ。何にこの人数ってどうなってるのよ。ちょっと、しっかり手を繋ぐのよ」
私たちは人を押しのけ前に行こうとするが、どうにも動かない。
「何でも正式なランキングのバトルじゃないだけど!っこの人数。しかし、こりゃ立ち見も難しいな。真理、いつもの頼む!」
玲奈はまるで仏に拝むように頭を下げて、私に懇願する。
「ええー!でも、あれはお兄ちゃんのだし」
「いいじゃん、せっかくのAランカーの戦いなんだよ!そう見られるもんじゃないって、ほら行くよ!」
「ちょっと玲奈!私は許可してないんだから!」
私と法子の手を引っ張り、裏口を抜けた先に行くと「貴賓室」と書かれた扉がある。
ここは国の要人が入れるような場所で、本来は学生は入れない。
ただし、例外が一人いる。
そう、兄である。どうして兄がこの貴賓室の特権を得たのかは想像するだけで恐ろしいが、兄だけはこの貴賓室に入ることが許されている。結果、その身内も当然に権利を有しているので、私はこの貴賓室での観戦を許されている。
仕方なく貴賓室に入ると、玲奈と法子は「うひゃー。やっぱいいな、ここ!」「凄い」と感嘆の声を上げる。
内部は、来客用だけあって綺麗に整った部屋であるが、何より観戦に不可欠なダイレクトモニターと、アリーナへの吹き抜けたベランダが付いており、モニターでの観戦も外の臨場感もダイレクトに味わうことができる。
「見ろよ、ダイレクトリアルモニター。これだよ、これ!」
ダイレクトリアルモニターは会場に設置された計64台の高性能カメラのことで、ランカーバトルをまるですぐそこにいるように映し出してくれる。
「ここなら、魔法印もばっちり見える!最高だなこりゃ。フカフカしてる」
玲奈は貴賓室のソファーに腰を降ろし、テーブルのお菓子を食べ始める。
つられるように法子もお菓子に手を伸ばした時、会場中にアナウンスが流れた。
「さて、本日は急遽のランカーバトルにご来場、真にありがとうございます」
ベランダに身を乗り出すと、すでにアリーナバトのアナウンスが会場に流れ、円形上のアリーナは賑わいを見せる。
本来なら魔法で場所をセッティングして、状況に合わせたバトルをするのが通例であるが、非公式の上、ノーベットの戦い。
今回は高く阻まれた壁と砂地以外何もない平地となった。
そんなアリーナのど真ん中で、何とも露出の高い牛柄の水着を着た少女がマイクを片手に叫んでいる。
「さーて、皆さ~ん。今回始まります!ランカー~バ・ト・ル。実況を務めさせていただきますは、私生ヌコと申します。宜しく~!」
魔法でのランカー勝負は、ランクにより世界中に生中継される。
そして、世界中の人間がどちらが勝つのか金銭を賭けるのだ。
博打に厳しい日本であるが、ショーとしての魔法は人気があるのは確かであるし、何よりテロと戦う手駒として見られている。結果公認を許され、その資金のおかげで富める者もいる。
今、マイク片手に叫んでいるのはこのバトルの実況者。
最近じゃ魔法バトルでの実況で収益性が見込まれるということで、何とか人気を得ようとマイクの取り合いが盛んになっている。
この生ヌコという女性のように、牛水着でおっぱいを強調し名前を覚えてもらうなど、その実弛まぬ努力をしている。
「本日は、なんとAランカーのぶつかり合い、皆さんご存知でしょう!学園生徒会長にして、慈愛の女神、Aランカー3位、暁愛実~」
名前を言われた瞬間に、怒号のような応援が愛実に刺さる。勝手に応援団ができるぐらいの人気ぶりなのだから当然といえば当然。
傍目からは相当に美人であるから仕方ない。
だが応援を全く関せず、愛実は静かに砂地に正座していた。
格好もウエディングドレスではなく、彼女特有の戦闘用のピンク袴。長く綺麗なピンクの髪をポニーテールに纏め上げる。
すっと伸びる凛とした姿がそこにあった。
「対するお相手は最近ちょっと不調気味、Aランク46位。ご存知鬼の元一年統括部長の~!夏草海凪人!」
先ほどの紹介とは裏腹に、声援の数よりブーイングが多い。
元々人気のある先輩でなかったが、愛実と比べられるとその差は大きい。
「実況さん。大切な部分を忘れていますよ」
ブーイングにも海凪人は冷静に実況者に対応を見せる。
「そうなのです。このランカーバトルは、統括部長の座をかけた戦いとなっております。もしここで海凪人さんが勝てば、統括部長として返り咲くことができるのです!」
どうやら、本当に法子の件で統括部長を外されたらしい。平静を装ってはいるが、海凪人の余裕のない表情は見てとれた。
「海凪人先輩じゃ勝ち目ないのに、ねえ?」
私はふざけ半分に玲奈に相槌を求めるが、返ってきた反応は冷たかった。
「真理、上位ランカーの試合なんてなかなか見れるもんじゃない。集中してみな」
今までお菓子を貪っていた綻んだ表情から一転、真面目な表情に変っている。
「わかってるわよ、ね、法子ちゃん」
「え?はい。私も集中してみたいと思います」
法子も玲奈もその眼光は鋭い。
私は、大きく深呼吸をする。心構えの段階では一歩後れをとっていることに気づき、眼前の戦いを見つめることにした。
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