夏祭りの幻聴野郎
翌日の朝、私は新聞と一緒に入っていたチラシを見た。
「祭り……か」
そこには『最後の秋祭り!』と書かれていた。因みに現在は十月終盤である。
チラシを見ていたら無性に屋台のイカ焼きやりんご飴が食べたくなった。祭りなんてしばらく行っていない。友人でも誘って行くのも悪くない。
*
夜、私は一人イカ焼きを食べていた。
何人かの親しい友人に声をかけたが
「野郎だらけで祭りって……なぁ」
と口を揃えて断られた。皆要望ばかりだしおって。だから彼女の一つも出来ないのだ。
と半分自虐しながら私は単身祭りに乗り込んだ。
屋台に用意されていた椅子に座ってイカ焼きを食べ終わり近くのゴミ箱に串を放り投げる。
中々の至近距離で外した。恥ずかしい。
捨てなおそうと立ち上がろうとすると地面に落ちた串に私とは違う手が伸びた。
「わたしが捨てておきます……あら? トウヤさんじゃないですか」
そこにいたのは綺麗な赤い着物を着た綺麗な我が想い人、なんたる運命であろうか!
『これは親密になるチャンスだ!』
おや、幻聴だろうか私の声が聞こえた。
幻聴か似た人のその声を無視して彼女に返す
「こんなところで奇遇だな」
「そうですね……もしかして一人ですか?」
「ああ、友人に断られてしまってね」
彼女は微笑んだ
「わたしもです」
『お互い一人ならば一緒に行動しませんか?』
幻聴……じゃない!
今のは完全に私の声だ、しかし私では無い。誰だ! 私の声を出す者は!
彼女は辺りをキョロキョロと見渡す私を心配そうに見てきた。
「トウヤさん、どうしました?」
「え? ああ」
私は仮面を被る
「何て事はない、そういえばりんご飴を見てないな……と」
「りんご飴ですか、そういえば今回食べていません」
彼女も辺りをキョロキョロと見渡す、りんご飴の屋台を探しているのだろうか。
「トウヤさんりんご飴をさがしに行きましょう、食べたくなりました」
「それは良い、行こうか」
ふと周りを見ると人が増えていた。
『はぐれると危ない、手を繋いで行こう』
「…………」
「どうしました?」
彼女は可愛らしく首を傾げる。
「いや……なんでも無い」
この謎の私の声は私にしか聞こえていないようだ。やはり幻聴なのだろうか。
「では、行きましょうか」
私は彼女と行動を共にする事となった。幸せである。
「最近は色々あるのですね」
「本当だな、私はりんごしか知らなかった」
りんご飴の屋台、性格にはフルーツ飴の屋台にはりんご飴の他にブドウやイチゴなど様々な飴があった。
「こうもあると迷いますね」
「そうだな……やはりシンプルにりんご飴にしよう」
「わたしは……」
私はりんご飴を、彼女はイチゴ飴を買った。
りんご飴はいつも通り固い。なんとも懐かしい感覚だ。
今度来た時はブドウ飴も良いな、イチゴもいずれ食べてみたい。
「そっちは美味しいか?」
「はい、りんご飴より柔らかくて食べやすいです」
『一口食べさせて貰えないか?』
また私の声だ。気にしないべし。反応すれば変な人になる。
「何処かに座りたいな」
人はどんどん増えていく
「それならさっき人のいないベンチがありましたよ」
と彼女が先導し始めた。とその時
前から来たチャラいカップルの女と彼女がぶつかってしまった。
「きゃ……あ、あたしのりんご飴」
カップルの女が持っていたりんご飴が彼女の着物についてしまった。
「おいおいおいおい、なーにしてくれてんの嬢ちゃん」
見た目通りのチャラい喋り方で男が彼女に絡んでくる。
私は咄嗟に彼女とチャラ男の間に入る。
「あぁーん? 何だお前」
「彼女の連れ人だ」
「連れ人……まあいーや」
男は落ちてしまったりんご飴を指差す
「どーしてくれんの、これ」
「それならわたしの着物だって」
反論した彼女に男が顔をしかめる、今にも殴り出しそうな形相だ。
「ちょっと待ってください」
『ちょっと待て!』
彼女の顔が少し明るくなった気がした。
また謎の声が聞こえているが気にしせず、財布からりんご飴二個分の小銭を取り出した。
「これでりんご飴でも買ってください」
『どっちが悪いかは明白だろ!』
カップルは私から小銭を受け取って歩いて行った。
『やるなら相手になるぞ!』
謎の声はまだ騒いでいる。
「大丈夫か?」
そう言って彼女を見ると何だか不服そうであった。
「わたしは悪くありません」
「それは分かっているが抑えなければ君が危なかった」
「それはそうですけど……」
彼女はヤケになったかのようにイチゴ飴を一気に齧った。
「食べたいものは食べたので帰ります」
と私にりんご飴二個分の小銭を押し付けて帰ってしまった。
「うむ……」
『おいおい、追いかけるべきだろうよ!』
「うるさい、喋りかけるな」
……喋りかけられた? 本当に何なんだこの声は。
しかしこの声が言う事に少し耳を傾けてみるとしよう。
『進展無しが加速するぞ!』
進展は望んでいない……事も無いが今の心地よい関係以上を望むのは野暮だろう。
『進展無しどころか関係が悪くなるぞ!』
それは……困るな。流石の私でもそれは困る。
『追いかけろ!』
「……わかってるさ」
私は人混みに消えた彼女を探して走り出した。
一時間、経過。
結局彼女は見つからず、一時間動き回った私はとうとう力尽き果てて屋台のベンチに座り込んだ。
よく考えればさっきの行動は彼女の意見を無視するようなものだった。
「一言謝りたかったがな……」
申し訳程度に買ったラムネを飲んで呟いた。
ポケットの中で携帯が震えた。
取り出すと彼女からメールが来ていた。
[トウヤさんへ
さっきは勢いのあまり失礼な態度をとってすみませんでした]
短い文だが彼女は相当悩んで考えた文なのだろう。彼女はそう言う人だ。
私は君の意見を無視してすまない、などと言う文面を書いた。
『次に繋げる為にどっか誘っとけ!』
悪いことをしたのに図々しい、私の声でそのような事を言うな。幻聴野郎。
幻聴野郎、皮肉と嫌味が入り混じった相応しい名前だ。これからはそう呼ぶとしよう。
ひとまず幻聴野郎の図々しいアイデアは不採用でメールを送信した。
その後数回に渡るやり取りで我々は互いにひたすら謝りあって和解したのである。
私は家に帰った。
私の家は学生用に値引きされた財布にそこそこ優しいアパートで名前を[カニカマ荘]という。
このカニカマ荘の値引きの元はキッチンと風呂とお手洗いが共同である事だ。
水道とガス代は毎月定額であるが使いすぎるとカニカマ大臣に怒られる。
カニカマ大臣とはこのカニカマ荘の管理者である。
王道ファンタジーの王の隣にいる大臣のようなくるくると丸まった髭をしていてカニカマが大好きだ。
因みにカニカマ大臣の部屋は豪華……に見える。煌びやかな壁紙はプロ顔負けのお手製で高級そうな家具は安物を装飾したものだ。
そんな個性的な管理者がいるカニカマ荘の一部屋、つまり私の住み家に入った。そして声を上げる。
「幻聴野郎よ、まだいるのであれば姿を表せ!」
約一分の時間が過ぎた所で返事が返ってきた。
『いいだろう、特と見よ!』
その瞬間に彼はいた。煙が出たり光を纏うわけでもなく、今までそこにいたかのような自然な感じで彼は表れた。
身長五センチ程の彼は姿まで私ソックリであった。私を上手いこと縮めれば丁度こんな感じであろう。
『出てきたのに反応無しか』
私の声で話しかけられてすこし混乱しながらも返す
「お前は誰だ」
『私はお前だ』
私は私である。
こいつはクローンか?
過去に研究者に遺伝子を提出した記憶も無いし何より私のようなクローンが増えた所で何の約にも立たない。
よってクローン説は否定。
ならばドッペルゲンガーか。
遭遇すれば死ぬと言われるドッペルゲンガー、そんな摩訶不思議がこの世に存在するのか。
科学的に可能とされるクローンと違い現実的では無い。
よってドッペルゲンガー及び摩訶不思議で人知を超える者説も否定。
ならば何だ、私とは誰か
「私は私だ、私こそ正真正銘の私だ」
『そうだ、そして私も正真正銘の私なのだ』
「わけのわからない事を言うな!」
思わず叫んでしまった、隣の住民やカニカマ大臣に怒られてしまう。
『わけがわからないのはしょうがない、じきにわかるさ』
「何故そう言いきれる」
『そう言いきれるだけの物が、私を構成しているのさ』
私という私じゃない存在。
姿形は縮小した私その物である。
彼は自分も私だと言う。それについての自信は凄く、それを証明できるのが我が存在だとまで言う。
『じきにわかるさ』
そう言った彼は常に私の近くにいて自由に姿を消せるようだ。しかし彼は
『どうせお前ぐらいしか見える者はいないのだ』
と言って姿を消さないのだが。
自分の姿をしているし見えているのに[幻聴野郎]と呼ぶのは嫌なので新しく[小さいの]と命名した。
そんな彼と過ごす事となって一週間、ちょくちょく私に意見を出す事はあるが、まあうまくやっているのである。
もうじき十一月である。
その仮面は私であるか ナガカタサンゴウ @nagakata
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