祭ノ後

 あれから、約九十年後。

 かつて、佐羽戸と呼ばれた場所にて。


「すごい――」

 かおるは感嘆の溜息を吐いた。

 眼前に聳える、黒い石碑を見上げて。

 時代の流れに取り残され、麓の村は廃村になってしまったが、その信仰の対象だけは残っている。何とも、皮肉な光景だ。

「やっぱり、瓜二つだ――」

 薫の手には、古めかしい和綴じ本が握られている。思えば、実家の倉でこの本を見つけたことが、三須角大学に入学する切欠になったのだ。

 表紙には〈無銘祭祀書〉とあった。

智美ともみも見てくれよ! 僕の想像が正しければ――」

「はいはい、分かった分かった」

 興奮する薫を見て、つくづく物好きな男だと友美は苦笑する。たかが卒業論文のために、わざわざこんな秘境のような所に来るなんて。

 もっとも――。

(その物好きに付き合っている私も、同類か)

 こっそり顔を赤らめた、その時。

 かつん。

 爪先が、何かを蹴飛ばした。

「あら? ねえ、薫、何か落ちてるよ」

「え?」

「ナイフ――かしら? 変な形ねえ。蛇みたいにぐねぐねして――」

「み、見せてくれ! ひょっとしたら、信仰に関わる物かも――」

 仲睦なかむつまじい二人を、黒い石碑はその表面に静かに映している。招待状を受け取ってくれたことを、喜ぶように。





 ソシテ、“祭”ガ再ビ――――。

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祭ノ一族 上倉ゆうた @ykamikura

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