第6話 まどろみの中で

 十一月も終盤に差し掛かり、残すところあと数日で十二月がやってくる。

 とりあえずプロットがおおよそ纏まり、学校を出て家に帰るとすでに夜の十一時を回っていた。僕は部屋の明かりをつけないまま、ろくに着替えもせずコートだけ脱いでベッドに横たわった。

 カーテンの向こうには煌々と光る満月がぽっかり浮かんで、部屋は満月の光が入り電気を点けずともぼんやりと明るかった。

「くっ、ふわぁ。疲れた……」

 大きな欠伸が口から漏れ、両腕を大きく天井に向けて突き出すように伸ばす。ふわぁ、という気の抜けた声が口から発せられ、眠気が一気に襲いかかってきた。

 なんとなく伸ばした右手を月に向かって一度開いて、そして握ってみた。腕を戻して握った手を開いてみても、当然何も掴んでなんかいない。

 ふと、右手の薬指にはまっている指輪を見た。高校を卒業して上京してきた年に、詩織と一緒に買った銀の指輪。

 詩織の右手の薬指にも同じ物がはまっている。まぁ、ペアリングといわれる物だ。

 銀の指輪は月の光を反射して光っていて、ぼんやりした頭で綺麗だなと思った。指輪の内側には、この指輪を買った日付が掘られている。

 指輪のはまっている右手をもう一度伸ばしてみる。指輪はなおも月の光を反射していた。

 意識がまどろんできて、瞼が急速に重さを増して落ちてきた。少しの間抵抗しようと頑張ったが、瞼は少しずつだが確実に目を覆っていく。

 伸ばしていた手を戻し、目を手の甲で覆い隠した。目は少しずつ閉じていき、意識はゆっくりと遠のいていった。


 蝉の声が遠くから聞こえる。いつかの夢で、かなたの夢。

 つないだ手は少し汗ばんでいて、大丈夫かなぁなんて少しドキドキしている。

 詩織は今よりも少しだけ髪が短く、花の柄が入った短めのワンピースに膝丈を隠すぐらいのサブリナパンツ、そしてピンクのミュールという格好で僕の隣を歩いていた。

 少しだけ僕はゆっくりと歩いて、隣を歩く詩織と速度を揃える。

 夏の空は透き通るような青色で、冬の空とは全く違う色をしていた。空に浮かぶ雲は、ゆっくりと僕たちの歩く方向とは逆に流れていく。

 僕の左手は大量の荷物が入った買い物袋を握っていて、僕の右手は詩織に左手を握っていた。

 夏の暑い日だというのに、詩織の左手から伝わる体温は不思議と心地よくて。幸せとはこういうことを言うんだと、僕は二十年ぽっちしか生きていないけども心からそう思った。そしてそれが真実なんだと、心の底から信じていた。

 買ったばかりのお揃いの指輪。僕の右手と詩織の右手にはまったペアリング。

 僕たちはその時、確かに繋がっていた。

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優しい恋の終わり方 城之崎灰流 @akeru

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