第4話 休日、部室にて

 家を出て二十分ほど歩いたところに、僕の通う大学はある。今日は休日ということで、いつもよりも構内にいる人間は少ない。

「あっ、部室の鍵が借りられてる……」

 ということは、誰か部室に居るのか。安心したような、がっかりしたような。まぁ、結局のところどっちでも良かったということか。

 寒い通路を歩き、部室を目指す。頭の中で書きかけのプロットの先を考えるが、なかなかいい考えが浮かばない。

 部室のドアを開けると、暖かい空気が一気に廊下に抜けてきた。部室の中央には長机が四つ、正方形を作るように配置されている。片仮名のロみたいな感じだ。そこの一角で、朱里が一人でノートパソコンに向かっていた。

「おっす、おはよう」

「うん、おはよう。今日は飛馬と一緒じゃないんだ」

 挨拶を返して、暖房から少し離れた所にコートとバッグを置いてパイプ椅子に座った。

「うん。てーか、別に常に一緒にいるわけじゃないし、私たちは」

 言われてみれば、それもそうだ。なんとなく、朱里と飛馬は二人で一セット的に考えていたが、二人とも別段つき合っているわけではないらしい。

 傍から見たらすでにつき合ってるように見えるのだが、それを本人たちに言うのは野暮というものだから、もちろん口には出さない。

「それもそうか。それで、執筆中だった?」

「うん、まぁ、一応」

 朱里はタイピングの手を止めて、苦笑を浮かべた。

「その様子だと、あんま芳しくなさそうだね」

「そういう太樹はどうなのさ、順調なの?」

「それがさっぱり」

 苦笑を浮かべながら、僕もバッグから自分のノートパソコンを取り出しディスプレイにプロットを表示させる。

 書きかけのプロットに、いくつかのアイデアを書き足しては消していく。

「文集の締切って、いつまでだっけ?」

「えっと、二月末までだから、あと三ヶ月と少しかな」

「うぅ、間に合うかなぁ」

「同感、とりあえずは頑張んないとなぁ」

 僕は今ファンタジー小説を書いている。元々は恋愛小説を主に書いていたんだが、今回は先輩の案で、各人今まで書いたことのないジャンルを書くことになっている。

 おかげで悪戦苦闘、いつもよりも作品を作るのに時間がかかってしまっている。

 プロットの完成している部分を見直して、修正を加えていく。未完成部分に何度も文字を書き足していくが、同じ分だけバックスペースで文字を消す。

 朱里と会話をしても、視線はノートパソコンから離れない。指は先ほどからキーを叩くのに、文章は遅々として進んでいなかった。


「そういえばさぁ、今日はため息つかないね」

「ん? あぁ、そうだね。昨日詩織がうちに来たからかな」

「へぇ、良かったじゃん。ってことは、今日は朝までエロエロですか?」

 思わず上げた視線の先で、朱里が机の上に乗せた手の上に顎を乗せて、ニヤニヤとこっちを見ていた。

「朱里……、オヤジ臭いよ」

「むぅ、失敬な。来月二十歳を迎える美少女の朱里ちゃんを捕まえて、オヤジ臭いとはどういうことだ」

 朱里はテーブルをバンバンと叩きながら、こちらに文句を言ってくる。どう考えても僕は悪くないと思うんだけどなぁ。

「自分で美少女って……、しかも自分のこと朱里ちゃんって」

「あんっ、なんか文句ある?」

「いえ、何でもないです」

 思いっきり睨まれた。瞬時に自分のパソコンに視線を落としたが、恐怖で背中に嫌な汗が流れる。

「そりゃぁ、自分で言ってて無理かなぁって思うけどもさ。やっぱ他人に言われると腹立つじゃん」

 あっ、自分でも無理があるとは思ったんだ。もちろん先ほどの恐怖で学習した僕は、口には出さない。

「いいよねぇ、太樹は。仲の良い恋人がいてさ」

「唐突だなぁ。それなら、朱里も恋人作れば? 朱里なら普通に可愛いし、出来そうなものだと思うけども」

 一緒にいるという贔屓目をなしにしても、容姿を取れば朱里は普通に美人だと思う。何だかんだ世話好きなところもあるし。まぁ、若干口は悪いが。

 朱里は少し照れたように、上目づかいでこちらに身を乗り出してきた。ほのかに柑橘系の香りが、僕の鼻をくすぐる。

「じゃぁさ、私と浮気してみない?」

「絶対にないね」

 あははと笑いながら即答した。なんかもう、考える前に答えを出していた。答えた後に考えてみたが、やっぱり同じ結論に達してもう一度小さく無いなと呟いた。

「なんか予想はしてたけども、即答されるとムカつくな。褒めておいて落とすとは、中々に外道だ」

「あぁ~、ごめん」

「いいよ、こっちも冗談で言ってるだけだし」

 朱里はパイプ椅子に座りなおして、再びパソコンに向かい始めた。僕も再び指を動かすが、相変わらずディスプレイ上の文字数にこれといった変化は出ない。

「恋人ねぇ。太樹、作業しながらでいいんだけど相談していいかな?」

「うん、大丈夫だよ」

「私とさ、飛馬の関係ってぶっちゃけどう思う?」

 僕は視線を上げて朱里を見る。朱里はパソコンに視線を落としてこちらを見てはいなかった。

「んー、僕の視点でいえば普通に恋人同士に見えるけども」

「そっか」

 朱里は小さく呟いて、パソコンを閉じると机に突っ伏した。

「まぁ、予想はできてるんだけども好きなんでしょ? 飛馬のこと」

「ん……、うん」

「そっか」

 何か言おうと思ったけども、何も出てこなかった。つき合っちゃえとか言うのは簡単だけども、部外者である僕はたぶん余計なことは言わなくてもいい気がする。

 まぁ、僕の予想だと相思相愛だと思うんだけどなぁ。

「太樹はさ、男女の間にも友情は芽生えると思う? たまにさ、男女間の友情は恋愛の感情と同じだっていうのも聞くんだけどさ」

「僕はありだと思うよ。普通に男女の間にも友情はできると思うし、それは恋愛の感情とは別だと思う」

「じゃぁさ、友情は恋愛の感情よりも下にあると思う?」

 僕はなんとなく、朱里の気持ちがわかった気がする。朱里と飛馬は僕から見ても仲が良い。だからこそ朱里は今の関係が壊れるのが怖いんだ。

 今までキーを叩いていた指を止めて、一度天井を仰ぎ見て思考をまとめる。

「ごめん、それは僕にはわからない。僕は詩織と友達でいることよりも恋人になる方を選んだわけだし。でも、だからと言って友情が下だって言いきることもできないし」

 愛情と友情、どちらが上に来るのか。今までそんなこと考えたこともなかった。

 そもそも僕が言うのも何なんだけど、友情と愛情は違うものなのだろうか。友情と愛情、友愛と情愛。僕は、詩織との強い関係だけをあの時は望んだ。

「そっかぁ、そうだよね。そういえばさ、太樹ってどんな感じで秋野さんと付き合い始めたの?」

「んー。さて、どんな感じだっけかな」

「なに、秘密なわけ?」

 僕のとぼけたような口調に、朱里の興味がさらにそそられたようだ。なんだか、凄い目が輝いている。

「そうじゃないけどもさ、なんか恥ずかしいじゃん」

「いいから、私だって恥ずかしいこと話したんだし。太樹も話せ」

 自分から相談といって話し始めたのにとも思ったが、朱里のいうこともまぁ一理あるかなとも思い、昔のことを思い出してみた。

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