第13話 第二の殺人

「あ、あの、その前にお花を摘みに行ってきてもいいですか……?」


内田さんは目に涙を浮かべて私に尋ねてきた。


「え?」

「あ、えっと、さっき驚いて……あの、それで……」

「……わかった。じゃあ私と一緒でいいかな?」

「……はい。大丈夫です」

「では、私たちは行ってきますので、桶川さんは部屋で待っててください。終わったら迎えにいきますので」

「ああ、わかった。それじゃ懐中電灯を借りるよ」


私は桶川さんに懐中電灯を一つ渡した。


「では内田さん、いきましょうか」

「は、はい」

「阿部さんも一緒に行きましょう」

「私は携帯のライトでいくからいいよ。じゃあね」


そう言って阿部さんは横山さんの部屋へ向かった。


「あ、あの……。もう行きませんか……?」

「え、あ、うん。わかった」




トイレに行く前に、内田さんの部屋に行き、いろいろと準備をした。

桶川さんを待たせるのも申し訳ないので、急いでトイレに向かった。

内田さんは一階のトイレに着くなり、大急ぎで中に入った。

もしこの館で水道が使えなかったらどうしたのだろうという考えが頭に浮かんだ。もちろん口には出さないが。

五分ほど経ったが、まだ出てくる様子はないので少し呼びかけた。


「まだおわらない?」

「……」


返事はない。


「内田さん?」


少し不安になったが、かといってドアを開けるわけにも、叩くわけにもいかないだろう。

しかたないので、もう少し待つことにした。

それから三分ほど経つと、ようやく内田さんが出てきた。


「す、すみません。お待たせしました」

「どうしたの? ずいぶん遅かったし、呼びかけも答えなかったし、何かあった?」

「い、いえ。ちょっといろいろと後始末というか、応急処置……? をしてたので……」

「どういうこと?」

「す、すみません。これ以上は……その、い、言わせないでください……」

「え? ……あっ、ご、ごめん」


ようやく私は気づいた。ずいぶん無神経なことを言っていたようだ。


「そ、それで、もう大丈夫?」

「は、はい」

「じゃあ桶川さんの部屋に行こうか。結構待たせちゃったし」




桶川さんの部屋に着きすぐに、私はドアに向かって呼びかけた。


「遅くなりました、桶川さん。では探しに行きましょう」

「……」


しかし、返事はない。

さっきの内田さんのときもそうだったが、私って無視されやすいのかなあ。


「あの、桶川さん?」

「どうしたんでしょうか、一体」


ドアを叩いてみるが、やはり返事はない。


「もしかして、どこかに行っているとか……?」

「いや、それはないはずよ。だって、分かれる前は部屋で待ってると言ってたし、トイレにそんなに時間がかからないことは桶川さんもわかっていたはず」


それならば、何故返事がないのか。

もしかしたら、桶川さんも……?


「桶川さん! 返事をしてください!」


私は大声で呼びかけた。ドアノブを回すと、ドアが開いた。


「鍵がかかってない……?」

「南さん、入ってみましょう!」


元気を取り戻した内田さんにつられ、私たちは中に入った。


「……!」


部屋の中は、私の想像通りの有様になっていた。

そこには、首なし死体が転がっていた。

だが、首部分が見当たらない。私は部屋の中を見渡した。

首はすぐに見つかった。どうやた開けたドアの陰に隠れていたようだ。

この首から、転がっている死体は桶川さんのものだということがわかった。


「……また、殺されちゃったんですか……?」


涙声で内田さんが尋ねてくる。


「……うん。桶川さんが殺されてた。とりあえず、下にいる二人にも知らせなきゃ」


私は殺害現場をそのままにし、ドアを閉めて部屋を立ち去った。




阿部さんたちの部屋に向かいながら、私は桶川さん殺しについて考えていた。

桑原さん殺しと違って、こちらの殺人は短時間で行われたはずだ。なぜなら、桶川さんと別れてから十分ほどしか経っていないからだ。その間に、犯人は桶川さんを殺し、さらに首まで切断している。首の切断自体はうまくいけば一瞬で終わるが、それでも、殺人を犯し、首を切断して現場から立ち去るのを約十分の間にやるのは難しいだろう。冷静に行わなければ、ミスも生まれる。この短時間では、一つの小さなミスでも致命的だろう。それを成功させた犯人の手際の良さには正直、感心もしていた。そこまでしてでも、やらなければならない殺人だったのだろうか。

そんなことを考えているうちに、部屋の近くまで着いたので、二人を呼びだした。


「じゃあ私が阿部さんを呼ぶから、内田さんは横山さんをお願い」

「わ、わかりました」

「阿部さん、部屋にいますか?」


呼んでからほどなくして、阿部さんがドアを開けて現れた。


「どうしたの?」

「大変なことが起きてしまったんです。なので、一緒に来てくれませんか?」

「ま、まさか、また殺人が起きたとか!?」

「詳しいことは向こうで説明します」

「わ、わかった。じゃあ準備するからちょっと待ってて」


阿部さんは来てくれるということなので、内田さんの方は説得は順調か確認した。


「内田さん、そっちはどう?」

「それが……、何度呼びかけても『私はいかない』って言うんです」

「……わかった。じゃあ私が説得してみる」


私は息を大きく吸い込み、横山さんのドアに向かって話しかけた。


「横山さん、私の話を聞いてくれませんか?」

「……どうしたの?」


横山さんの声が、ドア越しに聞こえる。やはりまだ警戒しているようだ。


「大変なことが起きたんです。なので、私たちと一緒に来てくれませんか?」

「……そう言って誘い出して、私を殺すつもりなんじゃないの?」


横山さんの声から、警戒心が窺える。説得するのにも骨が折れそうだ。

だが、犯人の狙いがわからない以上、横山さんを一人にするわけにはいかない。今まで殺された人たちは全員一人でいる所を狙われているのだから。


「そんなことはしませんよ。私はこのまま横山さんを一人にしたら犯人に狙われてしまうかもしれないと考えているんです。私と一緒が嫌なら、せめて阿部さんとでもいいので一緒にいてくれませんか?」

「そう言うってことは、求実ちゃんは無事ってことなんだね。……わかった。じゃあ私も一緒に行くよ」

「あ、ありがとうございます!」


しぶしぶだったが、横山さんは了解したようだ。熱意が伝わった……かもしれない。

私と内田さんは、二人を連れて殺害現場まで戻った。




殺害現場まで戻り、ドアを開けて部屋の状態を見せると、案の定二人は驚愕した。


「ひっ! お、桶川くんまで殺されるなんて……」


阿部さんの顔は青ざめていた。


「……それにしても首を切断するなんて。どういうつもりなんだろう」


横山さんはあまり取り乱していなかった。予想はしていた、というところか。


「現場保全をしたいので、部屋には入らないでください。そのまま廊下から見てるだけならいいですが」


内田さんは死体発見時に部屋に入ってしまったが、そこはしょうがないのでおいておこう。


「ではまた捜査しますので、しばらく待っていてください」


私は部屋の中に入り、捜査を始めた。

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