第11話 第一の殺人

部屋に戻った私は、高山さんの行方について考えていた。

高山さんの身に何かがあったことは確かだろう。高山さんがいなくなったときに全員で集まってあんなに大きな声で話し合っていたのだ。こんな寂れた館では防音機能なんてほとんどないはず。多少の音ならともかく、大きな声なら聞こえるはずだ。仮に寝ていたのならすぐに気づくだろう。こっそり隠れていたにしても後で顔を合わせづらくなるだけだ。私たちとはもう二度と会わないかもしれないので気にしなくてもいいが、桶川さんについてはそうはいかない。同じ部活で顔を合わせることはあるだろうし、そもそも同じ学校のはずなのでなおさらだ。

もし何かがあったとしたら、それは一体何なのだろうか。

本当に、誰かに襲われたとか。まさか、仮面騎士が……?

そんなことを考えているうちに、いつの間にか一時間近く経っていた。

約束の時間なので、私は広場に向かうことにした。




広場に来ると、すでに内田さんが待っていた。


「内田さん、早いね」

「はい。やることもないので早く来ちゃいました。それに、集まるのは私が提案したんですし、一番にきとかないとって思って」

「そっか」


そこで会話が途切れた。

私も、多分内田さんも不安なのだろう。

まだ一時間しか経っていない。何も起こるはずがない。

しかし、万が一ということもある。

私は早く他の人が来ないかと思いながら待った。

すると、ほどなくして足音が聞こえてきた。

中に入ってきたのは桶川さんだ。


「やあ。無事生きてたみたいだね。他の人はまだ来てないのかな?」

「はい。今は私たちだけです」

「そっか。正直不安なんだ。本当に全員集まるのかなって。ここに来る前に高山の部屋に寄ったけど、やっぱりいなかった」


不安なのは、皆同じだ。

この館の不気味な雰囲気がそれをより一層大きくする。

私は気を紛らわすため、携帯で時間をみた。

ちょうど解散してから一時間が経ったみたいだ。

もう時間だが、まだ全員そろっていない。大丈夫だろうか、と私が心配していたとき、また足音が聞こえた。

入ってきたのは、阿部さんと横山さんだ。


「あれ、まだ全員そろってなかったんだ。てっきり私たちが最後かと思ってたんだけど」

「求実ちゃんは最後に来るのが好きだからね。でも、後は桑原さんだけみたいだよ」

「まだ時間になったばかりです。もう少しすれば来ますよ」


内田さんが言った。

しかし、十分待っても一向に桑原さんが来る気配はなかった。


「ちょっと遅くないか?」

「ええ。もしかしたら寝ているのかもしれませんし、呼びにいきましょう」




桑原さんの部屋の前まで来た。

何故だろう、嫌な予感がする。


「桑原さん、大丈夫ですか? もう集まる時間ですよ」


阿部さんがドアを叩いて桑原さんの名前を呼ぶ。

しかし、返事はない。

阿部さんは、ドアノブを回そうとした。しかし、鍵かかかっているのか開かないみたいだ。


「鍵がかかってるな。桑原さーん。鍵を開けてくださーい。聞こえてますかー」


阿部さんは大きな声で繰り返し言った。

しかし、それでも返事はない。


「うーん。反応がないな」

「そうだ、隣の部屋から窓を通って入ってみるというのはどうだろうか」


桶川さんが提案する。確かにそっちの方が確実に中を見ることができるかもしれない。


「なるほど。入り口は一つだけではないということですね」

「じゃあ私と南さんと桶川さんで行きましょう」

「じゃあ私と尚子はこのまま呼びかけてみるね。桑原さーん、大丈夫ですかー」

「起きてたら返事をしてくださーい」


阿部さんがガチャガチャとドアノブを回しながらドアを叩いている。横山さんも負けずに大声で呼んでいる。

その間に私たちは、内田さんが先行して隣の部屋に入り、窓を開けて一旦ベランダに出て桑原さんの部屋の窓に向かった。桑原さんの部屋にはカーテンがかかっていた。


「窓にも鍵がかかってますよ」

「なら割っちゃおうか。どうせこの館の持ち主なんていないし、大丈夫だろ」


そう言って桶川さんはベランダにいくつかあった植木鉢のうちの一つをとり、窓に向かって投げた。

窓は割れたが、人が通るにはまだ小さい。


「君たちも手伝ってくれ」

「大丈夫ですかね。もし桑原さんが窓の近くにいたら怪我しちゃうと思うんですけど……」

「大丈夫だろ。……多分」


まあやってしまったことはしょうがない。止めなかった私も迂闊だったが。

ある程度窓が割れたので、中に入ってみた。


「大丈夫ですか、桑原さ……」


内田さんが名前を呼ぼうとして、言葉を止めた。

何事かと、私は部屋の中を見たが、すぐにその理由がわかった。

桑原さんは倒れていた。

ドアの前で、うつぶせになって、背中から血を流しながら。


「きゃああああああああ!!」

「も、もしかして、死んでるのか……?」

「……」


私は心中でパニックになりながらも、表面上は冷静さを保とうとした。

私は桑原さんの脈をとった。結果は予想通りだった。


「……ダメですね」

「……嘘だろ」


桶川さんの顔が真っ青になっている。内田さんは顔を手で隠して桑原さんの死体を見ないようにしている。


「な、何があったの? 大きな悲鳴が聞こえたけど」


ドアの向こうから、阿部さんの声が聞こえた。

とりあえず、二人にも事情を説明しよう。


「少し待ってください。今からそっちに行って説明しますので」


そう言い、ドアノブを掴もうとした瞬間、私はドアノブが少し黒く変色していることに気づいた。


「!!」

「どうしたの、南さん……?」


桶川さんが小さな声で私に尋ねてきた。


「……このドアノブには触らない方がいいです」

「どうして?」

「おそらくですが、毒が塗ってあります」

「え!?」


桶川さんが驚いた。


「ど、どうしてそう思ったんだ?」

「ドアノブを見て下さい。少し黒く変色しているでしょう。この館のドアノブは銀でてきていて、それが黒く変色している。ということは、ドアノブに毒が塗ってある可能性があるんです」

「毒ってどんなものなんだ?」

「詳しくはわかりませんが、相当危険なものだと思います」

「何故そんなものが……」

「とにかく、ドアから出るのは危険です。来た道を戻りましょう。あ、桶川さん。内田さんに肩を貸してあげてください。彼女、相当参っているようですし」

「あ、ああ。わかった」


桶川さんが内田さんを背負い始めた。

その間に、私は現場の様子を携帯のカメラで撮ることにした。

暗いのでよく見えないが、光を入れれば少しはましになるだろう。


「よし、じゃあ行きましょう」




部屋から出てきた私たちは、中の様子について二人に説明した。


「え!? く、桑原さんが死んでたって……」

「ま、まさか、本当に仮面騎士が……?」


阿部さんも横山さんも驚きを隠せずにいた。


「何故死んでいたのかはわかりません。しかし、恐れていたことが起きてしまったことは事実です。少なくともこの近くに殺人鬼がいることはほぼ確定的です」

「で、でも、自殺っていう可能性はないの?」

「……無いでしょう。自殺するにしても突然すぎます」

「じゃあ、一体誰が殺したの?」

「それは……わかりません。しかし、私は探偵です。現場を調べ、事件を解決して見せます。必ず」


皆を不安にさせるわけにはいかないので、私は強く言い切った。

しかし、殺人事件なんて担当したことはない。それどころか、今日初めて仕事をやったばかりなのだ。正直、解決できる自信なんてない。

だけど、探偵としてやらなければいけないことはやらなければならない。

私は息を大きく吸い込み、気合をいれた。


「では、事件を解決するために現場を捜査してきます。携帯は圏外なので警察を呼ぶこともできませんから私が調べるしかありません。皆さんは広場で待っていてください」


私はもう一度あの部屋へ向かった。

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