第六章 反撃
作戦会議
「ゴミ捨て場」の人員は不足していた。
なにしろ先日入った新入りが揃いも揃ってこの「ゴミ捨て場」からいなくなってしまったのだ。ノッポはシリルと一緒に上の層に行ってしまったし、Vとチビは昨日あった戦闘?で修理中だと聞く。詳しくは知らないが。
普段はここで働く奴らを監督する立場にあるエメも、今日ばかりは「ゴミ捨て場」でゴミを集めていた。
「まったく、これで俺もちょっとは楽できると思ってたのになあ」
ぼやきながらも手は止めない。ゴミの山にシャベルを突き刺しては掘り返していく。そうしなければ食っていけないからだ。感傷に浸っている暇はない。
でも、
「あいつらがずっとここにいてくれればよかったのにな……」
そうすればきっとこのろくでもない場所がもっと楽しい場所になっただろうに。騒がしさの消えた「ゴミ捨て場」で発掘人たちは黙々と作業を続けていく。
ひゅぽっ。どさっ。
空気の抜ける音がして、続いて何か大きなものがゴミの上に降ってきた。エメは咄嗟に銃を構えた。
「自動人形か!」
だがその人影は立ち上がることはなく、何かを抱え込むような姿勢で呻いていた。見覚えのあるその服装や背格好に、エメは叫んだ。
「ノッポ!?」
銃を下ろし、焦って駆け寄る。
出血はない。意識は朦朧としているようだが、まだ息はある。混乱しながらもそれだけは確認し、エメはノッポを助け起こした。
「なんっ、なんでここに! 大丈夫か!? しっかりしろ!」
――今でも夢に見る光景がある。
まだ自分がここの所長じゃなかった頃の、一介の警備兵だったころの話だ。
その頃、この詰所の近くにはある女性が住んでいた。その女性は下層民にしては身なりがよく、下層の子供たちを集めては何やら活動をしているらしいということは当時の私も知っていた。
なんでも中層だか上層だかに住んでいたお嬢さんで、下層の現実を知って義憤にかられ、自ら下層に乗り込んできた女傑らしい、という噂も流れていた。
本当のところがどうなのかは分からない。
確かめる前に彼女は死んでしまったのだから。
あの日、彼女は軍警の詰所に食料の援助を求めてやってきていた。周囲には子供たちも引き連れてだ。だが食料の援助をするわけにもいかなかった。なぜなら一度食料を援助するという特例を作ってしまえば、下層の人々が詰所に押しかけてくるのは目に見えていたからだ。
それだけは避けなければならなかった。
当時の所長は威嚇射撃で追い払えと私たちに命令した。
――誤射だった。
上方に一発威嚇射撃を行い、続けて怯える集団の足元めがけて銃弾をばらまく。
その時、銃口が一人の少女に向いてしまったのは本当に偶然だった。
まずい、と思った時にはもう、自分の指は引き金にかかっていた。何度も引き絞られた指が勝手に引き金を動かし出す。
彼女が何事かを叫びながら、少女と銃口の間に走りこんだのはその時だ。
ダンッ!
その銃声は今まで聞いた中で一等に重く聞こえた。走りこんできたままの姿勢で女性が倒れていく。
「かあさん」
震える声で少女が呟いた。私はその時になって自分のしでかしたことに気がついた。少女は泣くでもなく、ただ私を睨みつけた。唇をかみ、その目を悔しさと憎悪で染め上げながら。
以前の所長が引退し、繰り上がった私が出世して所長になった今になっても、怒りに燃えるあの眼差しを、私は忘れることができない。
「た、大変です所長!」
ノックもなしにドアを開け放った部下に、居眠りをしていた私は跳ね起きた。
「何事だ。いつものガキどもの襲撃なら、適度に相手をして放っておけ」
冷静さを取り繕い、焦った様子の部下へと指示を出す。
そう、いつも通りなら、表の奴らがこちらを銃撃して気を引いている隙に、裏に回り込んだ奴らが物資を奪っていることだろう。詰所の面々はみんなそれを知っている。知っていて知らないふりをしている。
私は大きく伸びをして、ため息を吐いた。
どうせ出世からは遠く離れた身だ。これくらいの不正をしても咎められることもないだろう。
「そ、それが違うんです! いつもとは違うやつが混ざってて、こっちの奴らがどんどん拘束されてるんですよぉ!」
「何ぃ?」
慌てて窓からうかがうと、警備兵のうちの一人が持っていた銃を奪い取られ、投げ捨てられているところだった。
なんだ。何が起きている!
警備兵に組み付いているのはほとんど服を身に着けていない少年のように見える。少年はロープを取り出すと、あっという間に警備兵を後ろ手に縛りあげた。少年の背後には、既に拘束された警備兵が点々と地面に放置されていた。
一、二……。その人数を数えていき、私は青ざめる。もう残っているのはここにいる部下と私の二人だけだ。
ガンッ!
荒々しい音を立て、入口の戸が開かれる。武装した少年少女が詰所内になだれ込み、最後に堂々とした足取りで一人の少女が姿を現した。
「よお、久しぶりだな」
一目で気付いた。
あの目だ。あの日と何一つ変わらない、怒りに満ちたあの目だ。
私は銃を取り落した。それを見た部下も、銃を地面に落とし、両手を上げた。
少女はつかつかと私に歩み寄ると、にやりと笑って私の顔を覗き込んだ。
「なあオッサン、出世に興味はねえか?」
からからと詰所の換気扇が回る。
マグカップの下敷きにされた新聞には「スコット・マクディーン中将、軍警の長官に就任」の見出しが躍っている。
小型蓄音機によって記録された会話。写真の男と瓜二つの自動人形の頭部。
市民には知らされないまま、軍内部で行われているおぞましい研究。
ククから告げられた情報に、所長の男は困惑しながらも静かな興奮を覚えていた。
もしこれが本当なら、とんでもないスキャンダルだ。これをしかるべき場所に告発できれば、この少女の言うとおり、昇進も夢じゃないかもしれない。
ククは机に置かれた新聞を取り上げて、ニッと笑った。
「とにかく上の層に行かなきゃ話にならねえと思って襲撃してみたが、こいつはとんだ儲けものだ」
所長の椅子にどかっと座り込むと、新聞を軽く数度たたいた。
「いいじゃねえか。就任セレモニーで悪事を暴かれる軍のトップ。最高の筋書きだ」
「ま、待ってくれ」
両手を上げたまま、所長の男が声を上げた。
「なんだオッサン」
「た、確かに私はこれを利用すれば昇進できるだろう。だがお前たちには何のメリットがある。お前たちは私に何をさせようっていうんだ!」
「決まってるだろ。――反撃さ」
ククと所長の男はにらみ合う。ややあって男は頷いた。
「分かった。その話、乗ろう」
「……意外だな。臆病風に吹かれるもんだとばかり思ってたぜ」
「わ、私にだって良心はある! こんな非道な実験が行われていると知って黙っていられるか!」
「そうかい。俺には昇進に目がくらんだように見えたがね」
ククは手を振って合図をし、軍警たちに向けられていた銃を下ろさせた。
ちょうどその時、詰所の戸が開き、上着を羽織っただけであとは全裸の少年と、骨折で腕を吊っている青年が入ってきた。
「ノッポ、V、来たか」
ククは二人を机の前に招きよせた。「兄弟」たちが体をそらして道を譲る。
「ノッポ、よく証拠を持ち帰ってくれた。これで俺たちにも勝機が見えてきたってわけだ」
「……ああ」
「どうした。そんなしけたツラして」
「ノッポ?」
Vがその顔を覗き込む。ノッポは沈痛な面持ちで俯いていた。
「すまないみんな、俺はシリルを連れて帰れなかった、すまない……」
シリルの名が出た途端、周囲の「兄弟」たちがざわめいた。
やっぱりそうだった。シリルは自動人形にされてしまった。もう帰ってこない。
ククはノッポに歩み寄ると、その背中を思い切り叩いた。
「しけたツラしてんじゃねえ。士気にかかわるだろうが」
「でも……」
「でもじゃねえ!」
ククはだんと足を踏み鳴らす。ノッポは思わず背を正した。
「お前はあいつを壊してやったんだろうが。お前のおかげであいつは人殺しにならずに済んだんだろうが!」
ククは声を荒げる。空気がぴんと張りつめた。
「そう思え。思い込め。今は奴らへの怒りだけを蓄えろ」
自分よりもずっと小さな女の子に優しく背を叩かれる。それなのにノッポは背中の重荷が降りた気がした。
「……ああ。ありがとう、クク」
「フン」
ククはそっぽを向いて鼻を鳴らした。
「チッ、場がしらけちまったぜ」
あーとかうーとか言いながら頭をがしがし掻いた後、ククは所長に指を突き付けた。
「おいオッサン、中層の地図はあるか?」
「あるが……、どうやってこのことを公表するつもりだ? 新聞社に持ち込んでも記事になる前に消されるんじゃないか?」
「拡声管を利用する」
机の上に地図と新聞を広げる。ククは地図を見渡し、そのうちの一点を指さした。
市庁舎の塔だ。
「新聞によれば黒幕の野郎は当日、最近発明されたっていう拡声管を使って演説をするらしい。そこを逆手にとって、この蓄音機の内容を市民どもに放送してやるのさ」
「……なるほど」
「それなら奴も言い逃れできないだろうな」
ノッポは新聞と地図を睨みつけた。そううまくいくだろうか。まず首尾よく潜入できたとして逃げ道はどうする。事実を公表すると同時に、致命的な一撃を与えてやらなければ、まず命はない。そのためにはどうすれば……。
ノッポは新聞を隅々まで見る。何かないか。一発逆転の可能性になる何かは。
ふと目に飛び込んできた文字列。
――この度の式典には女王陛下も参列され……
「クク。拡声管でこの事実を市民に伝えるだけじゃきっと足りない。テロリスト扱いされて奴らに揉み消されるのがオチだ」
「じゃあどうするんだ」
「……女王に直訴する。エリックの頭とこの写真を使って」
ノッポはポケットから写真を取り出した。写真は度重なる圧迫や衝撃によってよれよれになってしまっている。
「一目見れば同一人物だってわかる。人間が自動人形に改造されたってこともだ。……市民に真実を知らしめて、その上、女王陛下が味方についてくれれば、奴も逃げ場はないはずだ」
「女王が協力してくれるって保証はどこにある。もしかしたら女王も黒幕たちと共謀して――」
「そこだけは運頼みだ。女王陛下を信じるしかない」
ククは少しの間ノッポを見つめ、それから頷いた。
「決まりだな。三手に分かれよう」
ククは地図を引き寄せ、市庁舎に印をつけた。
「まずはオッサン、あんたは俺たち「兄弟」と行動だ。俺たちを市庁舎の塔まで連れていけ。塔までの道は警備が厳しくなってるだろうが、あんたの娘やら娘の友達だとでも言えば、軍人なんだから多少は通りやすくなるだろう」
「む、娘!?」
「うるせえ、それが一番説得力があるだろうが。……次にノッポ。お前は女王のそばに潜りこめ。正直、女王がどんな形で参列するかは分からない。単独行動になるが、必ず女王のもとに首と写真を届けるんだ」
「わかった」
「最後にV。……お前はここに残って「兄弟」たちを守ってくれ。ノッポが下層に逃げたってことはあちらさんにも伝わってるはずだ。絶対に、追手が来る。お前はそいつらから「兄弟」を守れ。いいな?」
「うん」
「いいか、誰が失敗しても俺たちの負けだ。――絶対に勝つぞ」
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