第五章 真実
告白
「台車だ! 台車を持って来い!」
ぐったりと弛緩したVの体を背負い、いささか乱暴に台車に乗せる。足元でぐったりと伏せているチビも拾い上げ、その上に。周囲の兄弟たちが呆然と見つめてくるのも構わず、ククは台車を押し始めた。
「爺さん、起きてるか!」
勢いよく中央炉の部屋の戸を開けると、肘掛け椅子に座って舟を漕いでいた老人が跳ね起きた。
「頼む、こいつを直してくれ!」
Vの体を台車から無理矢理引きおろし、老人の目の前に引き出す。老人は一瞬目を見開いた後、からっぽになったVの胸に触れ、声を上げておいおいと泣き始めた。
「ヴィクター、ヴィクター! ああ、なんということだ……。折角またお前に会えたというのに……」
「泣くのは後だ爺さん! こいつを直してくれ、頼むよ、こいつは兄弟なんだ、俺はこいつに死んでほしくないんだよ」
言いながら涙がこみ上げてくるのをククはこらえた。袖でごしごしと目をこすり、老人の肩を揺する。
「できるだろ、なあ、あんたならできるよな?」
「心臓が……ヴィクターの心臓が……」
「爺さん!」
Vを抱えたままぶつぶつと呟く老人の肩をククは再度揺さぶる。
「……おい、爺さん。アンタなんか知ってるだろ」
足元から声がした。見ると、台車の上に取り残されていたチビが、ずるずると這いずって二人の足元までやってきたところだった。チビの翼はおかしな方向にねじ曲がってしまっていて、うまく飛べないようだ。
ククがチビを拾い上げると、チビは短い足で老人を指さした。
「昨日言ってたじゃねえか、Vはアンタが作ったって」
「……聞いていたのか」
老人はしばらくチビと見つめあい、観念したのか目を閉じて俯いた。
「そうだ、ヴィクターを作ったのは私だ」
老人は語り始めた。ヴィクターと自動人形の始まりの話を。
「昔、私には息子がいた。私がまだ上層にいた頃の話だ。もう何十年も前のな」
「賢くて優しい子だった。お人好しでね、誰かが困っていると助けずにはいられないような子だったよ」
「なのに、ある日突然、あの子は死んでしまった」
「私はあの子に何もしてやれなかった。研究に没頭して、家庭を蔑ろにしていた日々を恥じた」
「私は息子を蘇らせようとした。壊れて動かなくなった体を機械の体に置き換えて、無事だった脳だけを移植した」
「そうして完成したヴィクターを元にして生まれたのが、今の自動人形だ。人間の脳を移植して作られる自動人形は、人間の新たな生き方なのだ。……少なくとも私はそう信じて研究をしていた。なのにあいつらは……!」
「ま、待て、自動人形は人間だって……?」
老人の話をククは遮った。
Vが最初の自動人形?
自動人形には人間の脳が組み込まれている?
そんな、そんなことが本当なら――
冷や汗が噴き出る。手が震え、チビを取り落しそうになる。
「じゃあ今まで俺たちが壊してきたのは人形じゃなく人間だったってのか!?」
声を荒げて詰め寄ると、老人は祈るように手を組み、より深く俯いた。
「それだけではない、それだけではないのだ……」
*
ガコン。
扉が開き切り、クリフと自動人形の間に沈黙が流れる。
あの自動人形もこちらを襲ってくるのだろうか。だとしたらどうやって戦うべきか。こちらの武器はマスケット一丁。しかも弾はもう無い。次の部屋に新しい武器が用意されているかもしれないが、薄暗くてここからでは視認できない。
クリフは汗だらけの手でマスケットを拾い上げた。
どちらにせよ次の部屋に進まなければいけないってわけか。
クリフは震えそうになる足をなんとか踏ん張り、次の部屋へと足を踏み入れた。
次の部屋も、先の部屋同様、床や壁に不穏な傷と染みがあった。一つだけ違うのは、壁の上部にこちらを窺うための窓がつけられていることだけだ。周囲を見渡したが、どこにも武器らしきものは見当たらない。どうやらこのマスケット一丁で本当に目の前のこいつと戦わなければならないらしい。
目の前に立っているのは成人男性の姿をした自動人形だった。肌は自動人形らしく血の気がなく、目元には仮面が装着されている。身長はちょうどクリフと同じぐらいだ。仕込み武器の有無は分からない。……が、武器を出された時点でこちらの死はほぼ確定だろう。
クリフは唯一の頼みの綱であるマスケットを構えなおした。
プガー!
間抜けなブザーが戦闘開始の合図を告げる。
自動人形は姿勢を低くし、クリフへと飛びかかった。心臓を狙えず、横に跳んで回避するクリフ。すかさず自動人形はそちらへぎゃりんと首を回し、未だ起き上がれずにいるクリフに向かって回し蹴りを繰り出した。
「ぐっ……!」
両腕を盾にして顔面への直撃は免れたものの、その反動で、マスケットを取り落してしまう。
「しまっ……!」
自動人形はしゃがみこんだ姿勢のまま足を回転させ、クリフへと向き直る。そのまま地を蹴り、クリフに肉薄すると、思いきり引いた拳を顔面に叩き込んだ。
叫び声も上げられないほどの衝撃。クリフは体ごと吹き飛ばされ、床に仰向けに倒れこんだ。
「う……」
うめき声を上げながら、なんとか起き上がる。顔に手をやると、真っ赤な血が手の平に付いた。鼻血だ。鼻血は出ているが、まだ生きている。
――何故? 何故まだ生きている?
自動人形が本気を出せば、人の頭蓋など容易く砕いてしまえるはずだ。なのにどうして俺は鼻血だけで済んでいる?
見ると、自動人形は拳を振りぬいたまま停止し、こちらの様子を窺っているようだった。……まるで、クリフが立ち上がるのを待っているかのように。
「なめやがって……」
クリフは立ち上がりながら鼻血を拭い去ると、拳を作り、自動人形に向かって構えた。興奮のせいか痛みは感じない。命の危機に瀕しているというのに、何故か顔には笑みがはりついた。
「どうせ死ぬなら一撃入れてから死んでやるよ」
自動人形の頭がこちらを向く。自動人形はクリフをしっかりと視界におさめたまま、傾いたままだった上体を持ち上げた。
沈黙。見つめあう二人。
――先に動いたのはクリフだった。踏み出した左足に思いきり力を籠め、自動人形との距離を一気に詰める。振りかぶった右の拳を自動人形の顔面めがけて振り切るも、自動人形はそれを体をそらしてかわした。
クリフは一旦拳を引いて、崩れかけた体勢を立て直そうとする。だが自動人形の方が速い。クリフの首をつかまえると、その腹に膝の一撃を叩きこんだ。
「がはっ……」
崩れ落ち、膝を折るクリフ。自動人形は一度腕を振り上げたがすぐに下ろし、今度も追撃することはなかった。
クリフは肺が潰れてしまいそうな思いをしながらも、なんとか意識を保ち、自動人形を見上げた。
こいつは何がしたいんだ。今確かに一度、攻撃をしようとしていた。何故攻撃を止めた。どうして。
立ち上がり、目の前の自動人形に拳を叩きつけようとする。しかしまたもやその拳は避けられ、流れるような動作で繰り出された回し蹴りでクリフの体は吹き飛ばされた。
床に転がりながら、クリフはゆっくりと近づいてくる自動人形を見上げる。
何かがおかしい。何がおかしいのかは分からない。だけど体中がそう訴えてくる。
視覚、聴覚、嗅覚。ひどい既視感。
――一瞬、自動人形の姿が見知った人物にかぶって見えた。
「なっ」
この身長。この体格。
気付いてはいけないものに気付いてしまった気がして、クリフは体を震わせた。
非生命的な白い肌に、目元を覆った仮面。髪のない頭、露出した関節。
何もかもが違うのに何故か見覚えがある。
まさか、まさかこれは――
自動人形から攻撃が繰り出される。なんとか受け流し、クリフは思い浮かんだ想像を振り払った。そんなはずはない。そんな馬鹿げたことがあってたまるか!
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