急転
切れかけの電球がちりちりと音を立てて点滅する。チビはそのうちの一つに飛びつくと配線にしがみついてぶら下がった。
「チビ、あぶない」
「いいじゃねえか、なんか気になるんだよこういうの」
揺れる配線にじゃれつくチビから、Vは電球を取り上げる。
「だめ」
「ケチんぼめ」
「……おい」
ククは机に足を乗せながら目を眇めた。
「なんでお前らここにいやがる」
「……なんで?」
「聞き返すなよムカつくな!」
「まあまあ、Vはアンタのこと心配してんだよ。多分な」
「心配だあ? なんでオレがお前らに心配されなきゃならないんだ」
「だって」
「姐さん、大変です!」
突然部屋に飛び込んできた「兄弟」に、ククは机から足を下ろした。「兄弟」は肩で息をしながら外を指さしている。
「どうした。何があった」
「ひ、人さらいが、人さらいがやってきて、姐さんを出すようにって」
「人さらいだと! 昨日の今日だぞ!?」
「俺にも何が何だかさっぱり」
「とにかく行くしかないか。いつもの場所だな?」
言うが早いかククは部屋から早足で出ていった。チビとVは顔を見合わせると、そのあとを追った。
広場には既に話を聞きつけた「兄弟」たちが何人も集まってきていた。しかし誰一人として騎竜を従える「人さらい」に近づくことはなく、一定の距離を保って、様子をうかがっている。
そんな「兄弟」たちの間をかきわけ、ククは「人さらい」の前に立った。
「なんのつもりだ、人さらい。昨日の取引には不備はなかったはずだ」
今日の「人さらい」は随分と身長が低い奴だ。腰には不釣り合いなほど大きな剣をはいている。深くフードを被ってはいるが、騎竜に乗ってここに来るのは「人さらい」以外にありえない。だが。
「てめえ、本当に「人さらい」か?」
違和感のままにククはその「人さらい」に誰何する。「人さらい」はフードを落とすと、ククの遥か後方へと目を向けた。
その肌は人間にしては白すぎ、首元の関節には人間ならばあるはずのない線が入っている。
「自動人形っ!?」
ククが銃を持ち上げるのと、自動人形が騎竜から飛び降りてククの後方、ぼんやりと成り行きを見つめていたVのもとに駆け出したのは同時だった。
「V!」
ガキンッ!
地を蹴り、すさまじい速さで突進してきた自動人形の突きを、Vは左腕で受け止めた。吹き飛ばされないよう踏みしめた足が勢いに押されていく。
「見つけた。Vct-01」
「誰?」
「私はVct-17.お前の後継機」
言いながらVct-17は跳び退り、Vから距離を取った。そして流れるような動作で腰の剣を抜き放ち、そのままVへと飛びかかる!
ぎゃりん!
Vは腕を斜めにそらし、斬撃を受け流した。一撃、二撃。全身を使って振り回される大剣をVはなんとか受け流していく。
周囲にいた「兄弟」たちはその時になってようやく事態に気付き、散り散りになって逃げ去っていった。
「……剣」
厄介な、とでも言いたげな口調でVが呟く。拳を一度閉じて開くと、腕のスリットから隠し刃が飛び出した。
斬撃の合間を縫い、自動人形の顔面めがけてVの刃が振り下ろされる。体をそらしてそれを避ける自動人形。彼がバランスを崩したのを見逃さず、Vは追撃していく。
距離を詰め、裏拳を繰り出すようにして隠し刃を自動人形の首に当てようとするV。自動人形は体をそらした勢いのまま両手を地面について一回転し、それをかわす。Vの攻撃は空振り、その隙に自動人形は距離を取ってしまっていた。
距離を取られれば不利になる。なんとか距離をつめなければ。
右手から迫る大剣の一撃を前方に跳んでかわし、抱き着くようにして自動人形に組み付こうとする。しかし、自動人形が指を動かすと、自動人形のちょうど肋骨にあたる部分から仕込み刃が飛び出した。
勢いを殺し切れず、刃の中に飛び込んでしまうV。すぐに距離を取るも、シリコン製の肌はずたずたになってしまっていた。肌のみならず、内部の鋼鉄にも損傷があるらしく、Vの全身のそこかしこから細く蒸気が噴き出はじめる。
Vは姿勢を低くし、隙を探った。自動人形は感情を感じさせない表情でVを見る。
両者は同時に地を蹴り、互いに斬撃を繰り出した。
交錯する二人。
音を立てて砕けたのはVの隠し刃の方だった。Vの隠し刃は、たった一度の斬撃で、根元からへし折れたのだ。
「脆い」
「…………」
自動人形が大剣をVに向ける。武器を失ったVは徒手空拳で立ち向かうべく、腕を持ち上げる。
タンッ!
一発の銃声が聞こえ、Vct-17の体が傾いだのはその時だ。銃弾は過たず胸の中央を抉り、自動人形は首を傾げた。
「俺たち抜きで盛り上がってんじゃねえぞ自動人形ども!」
ククは堂々と胸を張り、声を張り上げる。
「ここは! 俺たちの縄張りだ!」
周囲を取り囲んだ「兄弟」たちが、Vct-17めがけて一斉に発砲した。
着弾の勢いに押され、後ずさる自動人形。しかし、彼の体は決して倒れることなく、声を上げたククを無言で見つめていた。
「邪魔だ」
自動人形は大剣の柄を持ち、大きく引くと、ククめがけて投擲した。
引き絞られた矢のように飛来する大剣。
「クク!」
叫んだのはチビだったのかVだったのか。一歩も動けないままククがその凶刃を受けるかと思われたその時、ククを庇うようにしてVは刃とククの間に飛び込んでいた。
Vの腹に突き刺さる大剣。血こそ出ないものの、動力伝達が断たれ、膝から崩れ落ちる。
Vct-17はそんなVにゆっくりと歩み寄ってきた。
「私はお前に用はない」
自動人形は、Vの首を持って片手でその体を掴みあげた。Vは両手で抵抗するも、徐々に持ち上がる腕はびくともしない。
「用があるのはお前の心臓」
抵抗をものともせず、自動人形はVの胸めがけて鋭い突きを繰り出した。突きは柔らかくも弾力のあるシリコンの肌を引き裂き、その内部の鋼鉄の防壁も掴みつぶす。
「唯一の成功例。永久機関『竜の心臓』」
もはや意味をなさなくなった胸の部品たちが投げ捨てられると、仄かな熱と光によって脈動する物体が露わになった。
「この、この! 離せよコンチキショウ!」
Vを掴みあげたまま動かない自動人形の周りを、チビが飛び回る。突進し、腕に噛みつき、なんとかVから自動人形を引き離そうとする。自動人形はそんなチビをちらりと見ると、空いていた片腕でチビを易々と掴みあげ、地面へと投げ捨てた。
「ギャッ」
チビは一度だけ叫び声を上げると、そのまま地面に伏せて動かなくなった。自動人形はそんなチビに目もくれず、再びVの胸の中に手を差し入れた。
「これは、私のものだ」
音を立てて引きちぎられる心臓。それに伴いVの四肢は弛緩し、だらりと垂れさがる。
「V!」
ククが叫んで駆け寄ろうとする。一方、自動人形はVから興味を失ったらしく、腹の大剣を引き抜くと、ククに向かってVを投げ捨てた。
騎竜に飛び乗り、自動人形は去っていく。ククたちは追撃せず、ぐったりと脱力したVを助け起こした。
「おい、しっかりしろ!」
そう言ってVの肩を揺するクク。しかし心臓の失われたVの体からは見る見るうちに温度が奪われていく。
「いやだ」
天に震える手を伸ばし、振り絞るようにVは言う。
「まだ、Vで、いたい……!」
かしゃんと音を立て、Vの手が地に落ちる。
その瞼は開いたまま、閉じることはなく、されどVはそれっきり動くことはなかった。
*
ガタンッ。
足下から突き上げるような振動でクリフは目を覚ました。いつのまに眠ってしまったのだろう。俺はシリルと一緒に中層に連れていかれて……だめだ、思い出せない。
座ったまま視線を上げ、辺りの様子をうかがう。四方には金属の防壁。出口は一つだけ。どうやらここは狭い部屋のようだ。周囲にはクリフと同様にお世辞にも服装がいいとは言い難い人々がすし詰め状態で座らされている。足下が揺れているということは移動しているということだろうか。
ガタガタ。地面が揺れる。いつのまにか首からかけられていた札が音を立てる。
札に印字されている番号は「四○四」。
なんだこれは。俺は何に巻き込まれてしまったんだ。クリフは顔を覆いそうになって、ふと気づく。
そうだ。シリルはどこに。一緒にいたはずだ。
周囲に視線を走らせるも、シリルらしき姿は見つけられない。それどころかこの部屋には子供は一人もいないようだった。いるのは成人男性ばかりだ。
その中の一人がクリフの姿を見ると、音を立てて立ち上がった。
「クリフ!? クリフ! 生きてたんだな!」
見慣れたその姿にクリフも立ち上がる。
「エリック!? どうしてここに」
周囲の人々が迷惑そうにのろのろと視線を上げ、こちらを見る。だがすぐに興味を失ったのか、皆一様にクリフたちから目をそらした。
「俺にも何が何だか……。ただ、お前が死んだって信じられなくて色々探ってたらここに連れてこられて……。お前こそなんでここに」
足下の揺れが止まる。移動が終わったようだ。結局ここがどこなのかも分からないまま、二人は入口を注視した。
「三九七番、外に出なさい」
銃を携えた治安部隊が、戸を引き開けて平坦な声で言う。運ばれてきた人々は互いに首にかけられた札を確認し、呼ばれた番号を探した。
三九七。
それはエリックの首にかけられた札だった。治安部隊の男は銃を向けてエリックを促した。
「……分かった。行く」
「エリック!」
「この状況、従わないわけにはいかないだろ」
エリックは一枚の写真を懐から取り出し、治安部隊の男には気付かれないように急いでクリフに押し付けた。
「……この写真、お前が持っていてくれ。多分、俺たちをここに連れてきた奴らにとって、これが残ってるのは不都合だと思うんだ」
「待てどういうことだ。話が見えない」
「お前がいなくなってからすぐに、お前の私物が全部軍に押収された」
「何? なんでそんな」
「分からない。でもこれは奴らに渡しちゃならない。そんな気がする」
エリックはクリフの上着のポケットに、二人が写った写真をねじ込んだ。ポケットの中のガラクタとぶつかって写真がひしゃげる音がした。治安部隊の男が再度促す。
「三九七番、早くしなさい」
「はいはい、今行きますよっと」
両手を上げて治安部隊に従うエリックの後姿を、クリフはポケットを押さえながら見送ることしかできなかった。
それからどれくらいの時間が流れたのか、昼も夜もない薄暗い室内では推測するのも難しい。
三九八、三九九、四〇〇。
銃を持つ治安部隊に丸腰で挑めるはずもなく、クリフはただ順番に呼ばれていく番号を大人しく待つ他なかった。
四〇一、四〇二、四〇三。
ついに部屋にはクリフ一人だけが残され、他の全員は部屋の外に連れ出されてしまった。
だがそこからが長かった。耳を澄ませてみても防音加工が施されているのか、部屋の外の様子は全く窺い知れない。しんと静まり返った室内で、クリフは番号を呼ばれるのを待ち続けた。
奴らは何者だろうか。治安部隊が関わっているのだから軍警の関係者であることは想像に難くないが、それを信じたくないのも事実だ。どうして軍がこんな誘拐まがいなことを。エリックとシリルは無事だろうか。
考えても答えは出ない。クリフはため息を吐き、肩を落とした。
下層に残してきた彼らはどうしているだろうか。クク、チビ、それにV。たくましい彼らのことだ。きっと心配はいらないだろうが。
中層に帰還すれば、全てがなんとかなると思っていた。そう思い込もうとしていた。何度となくチビに言われた言葉がよみがえる。
軍の機密を知って、下っ端が無事でいられる道理はない。
……全くその通りだ。忠告を無視したばっかりにこのありさまだ。
俺は馬鹿だ。もっと冷静になって現実を見ればよかった。
自分の情けなさへの罵倒も出尽くして、空腹がクリフを襲い始めた頃、鋼鉄の部屋の出口はようやく開かれた。
「四○四番、出なさい」
治安部隊の男に銃の先で促され、部屋の外に出る。振り返ると、今まで自分が乗っていたのは竜の引く鋼鉄の護送車のようだった。
庭らしき場所を抜けると、見覚えのある灰色の建物が見えてきた。高く聳え立つ煙突に、コンクリート造りの外観。遠目でしか見たことはないがここは――
「自動人形の生産工場……?」
「無駄口を叩くな」
銃口で背中を小突かれ、クリフは慌てて前に向き直った。
「入りなさい」
連れていかれたのは工場内のある部屋だった。部屋のあちこちには傷や染みがあり、部屋の中央には子供型の自動人形が立っている。自動人形だと分かったのは、服を何も身に着けておらず、目元も仮面で隠されていたからだ。
銃で背中を押され、クリフは部屋の中に入った。ガコンと音がして、背後で重いドアが閉まる。
プガー!
間抜けな音が響くのと同時に、自動人形は動き出した。だらりと弛緩していた各関節がまるで動作を確認するかのように蠢き、俯いていた顔が奇妙な角度で持ち上がってクリフを見た。
「――――」
自動人形の口がぱくぱくと動く。何を言ったのかとクリフが身構えた瞬間、自動人形は床を蹴り、すさまじい勢いでクリフへと突進した。
「なっ!」
迫る右腕を、クリフは背後に跳んでかわした。しかし自動人形は休まず追撃してくる。右から、左から、交互に迫る大ぶりな攻撃をクリフは後ずさりながら避け続ける。その様子はまるで幼子が腕を振り回しているかのようにも見えた。
それほど広くはない部屋だ。すぐにクリフは壁際に追い詰められ、逃げ場を失った。振りかぶられる右腕。
と、その時、クリフは壁に立てかけられた一丁のマスケット銃を見つけた。
倒れるように横に飛んで回避する。立てかけられたマスケットを引っ掴み、クリフは体勢を立て直した。
息を整えながら、目の前の自動人形を見据える。
……嫌な予感がする。俺の前にここに来たはずのエリックはどうなった。一緒にいたはずのシリルはどこに連れていかれた。まさか俺と同じようにここに連れてこられて――
壁の傷が、床の染みがその答えを雄弁に語っている気がした。
頼む。無事でいてくれ……!
クリフは不安を振り払い、キッと自動人形を睨みつけた。
マスケットの先端には銃剣が装着されているが、弾は既にこめられている一発しかないようだ。刺すか殴るかして戦う他ないだろう。
銃剣の切っ先を自動人形に向ける。チャンスは恐らく一回。当てなければこちらが死ぬ。
自動人形がきりきりと首を回転させてクリフを見た。体がゆっくりとこちらに向き直る。クリフは銃を構え、自動人形の胸部に狙いをつけた。
タンッ!
弾丸は心臓の真上に吸い込まれ、自動人形はバランスを崩した。すかさず銃剣を構えてクリフは飛びかかる。自動人形を押し倒し、傷の入った胸に狙いをつけて銃剣を振り下ろす。
一度、二度、三度。
自動人形の心臓が剥き出しになるまで、一心不乱に振り下ろす。
「ア、アア……」
自動人形が痙攣し、軋むような声を上げる。まるで人間のようなその動作に、思わずクリフは手を止めた。心臓は既に剥き出しになり、最後の一撃を加えられるのを待っている。クリフは苦虫を噛み潰したような顔で、銃剣を振り上げた。
「……すまない」
ガキンッ。
音を立てて、心臓にひびが入る。自動人形の全身から熱が奪われ、体が弛緩していく。
「はぁっ、はぁっ……」
冷や汗が噴き出る。緊張が解け、膝が笑う。
人を殺した。俺が。この手で。
首を横に振り、危うい考えを脳内から追い出す。
違う。これは人間じゃない。ただの自動人形だ。俺は何も殺しちゃいない。
その時、きりきりと自動人形の動く音がした。咄嗟にマスケットを構え、振りかぶる。
力尽きたはずの自動人形は首を動かしてクリフを見た。そうして、ぱくぱくと口を動かすと、幽かに口角を上げて微笑んだ。
「え……?」
クリフはマスケットを取り落とした。
それが何を言ったのかは分からなかった。だが、何か気付いてはならないことに気付いてしまった気がした。
「四○四番、次の部屋に進みなさい」
ガコンと音を立てて、扉が開く。
次の部屋の中央で待ち構える一つの人影。
――男性型の自動人形。
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