第四章 罠

人さらい

「だからおかしいんですよ!」

 エールを一気に飲み干し、空になったグラスをテーブルに叩きつける。

 何かがおかしい。ただあいつが死んだにしては軍警の対応が早すぎる。

 ……まるで軍が何かを隠しているかのようだ。

 その気持ちを誰かに吐き出さずにはいられず、エリックは軍警の学校で教官だった男と安パブに来ていた。

「おかしいって何がだ」

 教官の男はカウンターにもたれかかりながら紫煙を吐き出す。

「あいつが死んだだなんて俺には思えないんです。だって下層に落っこちただけじゃないっすか、それなのにろくな捜索もせずに死んだだなんて……。それにあいつの私物がすぐに全部押収されたのもおかしいですよ……!」

「エリック、お前疲れてるんだよ。あの高さから落ちて生きているだなんてあるわけがないだろう? クリフの私物が持っていかれたのだって一応の捜査のためだよ。同期が死んで悲しいのは分かるがな。もう少し冷静になった方がいいぞ」

 現実が容赦なく突きつけられる。胃の辺りがずんと重くなる。ずっとこらえてきた感情が目から零れそうになる。

「怖いんです。まるで、誰も彼もよってたかってアイツの存在を消そうとしてるみたいで」

「よしよし、ほら飲め。飲んで今は忘れちまえ」

 カウンターの向こうの自動人形が追加のエールをエリックの前に置いた。

 そこから先の記憶はおぼろげだ。二杯目のエールを飲み干した辺りから言語が怪しくなり、最後には教官に泣きついてしまったようにも思う。

 非情にも一人で帰らされ、ふらふらと夜道を歩いていたエリックの前に、彼らは現れた。騎竜にのった軍警。……治安部隊だ。

「――エリックさんですね。出頭命令が出ています。ご同行を」



 中央炉の部屋から小さなコンテナに入った部品を運び出す。皮膚のシリコンをはがされ、関節ごとにバラバラにされたあげく、その中身すらもネジ単位で分解された自動人形のなれの果てだ。

 それなのに何故か頭部だけは分解されないまま部屋の机の上に鎮座しており、ノッポは思わず目をそらした。

 ただでさえ血の気のない(血が通っていないのだから当然だが)肌は、頭だけになったことによってさらに青ざめて見える。目元を覆う仮面さえなければ、人間の生首そのものだ。

 そんなノッポの顔色に気付いたのか、老人はにこやかに自動人形の頭を持ち上げる。

「ああ。頭部は私がコレクションしていてね」

「そ、そうですか」

 曖昧な返事でお茶を濁し、ノッポはコンテナを台車に乗せる。老人は傷のすっかり直ったVの手を取った。

「ヴィクター、またいつでも遊びにおいで」

 Vの全身は完璧に補修され、シリコン製の肌でさえも傷跡が見えないほど精巧に直されていた。Vはぐるぐると破壊された方の腕を回し、それから老人に向かって手を振った。

「ばいばい」

「ほらチビ起きろ。帰るぞ」

 ノッポは、籠に入り、上等そうな布にくるまって寝ていたチビをひっくり返した。

「んあっ? もう朝かよ、ふわわあ、ノッポぉー運んでくれぇー」

「俺はこれで手がふさがってるんだよ!」

 とんとん、と台車の取っ手を叩く。チビは舌打ちらしい動きをした。

「使えねえなあ。Vーたのむー」

「わかった」

 Vは頭の上にチビを乗せ、炉の通路をすたすたと歩いていく。慌ててノッポはその後を追った。


「ノッポ、これどこに持ってくかちゃんと分かってるのかー?」

 ぎしぎしと音が鳴る真鍮の留め具を閉め、ノッポはエレベーターを起動するレバーを引く。

「大丈夫だ。引き渡し場所に持っていけばいい。そこでこれを売りさばく奴に受け渡すことになってる」

 出る前にククに教えられたことを頭の中で反芻する。エレベーターの止め方、エレベーターを出た後の道順、引き渡し後に行くように言われている場所。

「なあノッポ」

「なんだ」

「オマエ、段々ここの生活が板についてきたな」

「なっ、そんなことあるわけないだろ!」

 壁に薄く影を落としながら、剥き出しのエレベーターは上昇していく。ノッポは中層へと繋がるあのエレベーターのことを思った。

「……俺はただ、上に帰りたいだけなんだから」

「まだそんな夢見てんのかノッポ」

 がたんと音を立ててエレベーターは止まった。

「諦めろよ、もう上にはオマエの居場所なんてないって」

 ノッポは無言のまま、立てつけの悪い出入り口を引っ張り開けた。


「そういえば、V。お前燃料は大丈夫なのか?」

「燃料?」

 部品を引き渡した後、待ち合わせ場所に向かいながらなんとはなしに尋ねると、Vは心底不思議そうに聞き返してきた。

「必要だろう、自動人形なんだから」

 自動人形といえば、心臓に固形燃料を入れて駆動しているはずだ。それにどんなに燃料を入れても最大駆動時間は二、三日だと聞く。

「必要ない」

「ああ、あの爺さんのところで補給してもらったのか?」

「ううん」

 Vは首を横に振った。

「必要ない」

「は? でも自動人形だろ? 燃料が無けりゃどうやって……」


「人さらいだ! 人さらいが来たぞ!」


 大声で叫びながら「兄弟」たちが走っていく。「人さらい」という言葉の割にはその足取りは嬉しそうだ。「兄弟」たちが駆けていくその先はククに来るように言われていた場所のようだ。ノッポたちは顔を見合わせた。

 「兄弟」たちを追っていくと、少し開けた場所に出た。とはいっても、詰所のあった空洞ほど広くはなく、頭上に小さく吹き抜けがある程度だ。

 広場の中央にはククが立ち、騎竜を二頭携えた男と何やら話し込んでいるようだった。……騎竜。つまりは治安部隊だ。

「……!」

 ノッポは思わず姿を隠しそうになって、それから何もやましいことのないのに気がついた。

「なんで治安部隊がこんなところに……」

「なんだお前ら、「人さらい」を見るのは初めてか?」

 周囲で様子をうかがっていた「兄弟」のうちの一人が、ククと男を指さした。

「時々下層にやってきては、必要な人材とやらを引き抜いていくんだ。上の層で必要な労働者を下層に調達しに来ているらしい。で、誰を送るのかはククの姐さんが決めるわけだが……」

「シリル!」

 ククが叫び、周囲の「兄弟」たちから歓声が上がる。シリル――あの時ノッポが助けた少年は仲間たちに送り出され、ククのもとに走り寄っていった。

「今回はシリルか」

「上でうまくやってければいいが」

「どんなところでもここよりはマシだろうさ」

「違いない」

「おい、ノッポ」

 ざわめく「兄弟」たちをかきわけて、いつの間にかククはノッポたちの目の前までやってきていた。

「来い」

「え」

「いいから来い」

 腕を掴まれ、引っ張られるようにして広場の中央に連れていかれる。

「おい、人さらい!」

 シリルを騎竜に乗せて飛び立とうとしていた治安部隊の男が振り向いた。

「ついでにこいつもつれていけ!」

 男は面倒臭そうにノッポを上から下まで見た。丸二日洗っていなくてボサボサの髪、みずぼらしい労働者の服と靴。

「今日は子供一人の約束だ」

「うるせえな。健康な成人男性だ、文句はないだろ!」

 そう言ってククがすごむ。男はしばらくの間考え込み、ノッポの顔をじっと見ていた。

「……いいだろう。乗れ」

 男は顎をしゃくって、シリルの乗っている騎竜を指した。

「ノッポ」

 ククは爺さんが小型蓄音機だと言っていたあのゴミを、ノッポに強引に押し付けてきた。

「餞別だ。持っていきな。売れば生活の足しにはなるだろ」

「ま、待ってくれ、クク」

 見る見る間に変わっていく状況に追いつけずにいたノッポは、ようやくのことで言葉を発した。だが、ククはそんなノッポの胸を拳で叩いた。

「行けよ、クリフ。……ノッポとはもうおさらばだ」

 俯いたままでククは言う。ノッポはククの小さな頭をじっと見つめた。ほんの数日間、下層で過ごした日々が脳裏によぎる。ククは目を合わせようとしない。ノッポは小型蓄音機を握りしめた。

「……ありがとう、クク」

「ふん」


 騎竜に乗って中層へと去っていくシリルとクリフ。その後ろ姿をククは無言で見上げていた。

「さみしい?」

 いつの間にか隣に立っていたVが問う。

「そっとしとけよ、V」

 その頭の上のチビが騒々しく言い返す。ククは額に青筋を立てて、二人を追い払った。

「うるせえな、お前ら! あっち行ってろ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る