間章 メアリーの日々
蒸気都市ロンディニウム。
百年以上前に発明された蒸気機関によって繁栄した蒸気の都。
その上層の一角にメアリーは住んでいる。
いや、住まわされているといった方が正確なところだ。
幼い頃に両親を亡くしたメアリーは、僅かな使用人と一緒にひっそりと暮らしていた。厳しくて物知りなじいやに、優しくて料理上手なばあや。それからメイドが数人。いたずらをしてひどく怒られることもあったけれど、メアリーにとって使用人たちは家族のような存在だった。
それなのに急にあらわれたメアリーの後見人とやらが、使用人たちを全て解雇してしまった。
代わりに与えられたのは自動人形の使用人たち。
そればかりか、友人や親戚のおじさまおばさまとの思い出の品は全て捨てられ、メアリーはこの広い部屋から出ることすら許されなくなった。庭に出て遊ぶことすらも、危険だからと禁じられたのだ!
今でもメアリーの望むものならなんだって手に入る。だけどそれは全て奴の検閲が入ったものばかりだ。
「お嬢様、お客様で、ございます」
たどたどしい口調でメイド自動人形がドアの向こうから声をかける。
今やここを訪ねることができるのは一人しかいない。メアリーははしたなくも舌打ちをしたい気分になった。
「ごきげんよう、メアリー」
部屋の主の許しもなく入ってきたその男はにこやかに挨拶をする。
そんな男にメアリーはいつも引きつった笑みで返すのだ。
「ごきげんよう、スコットおじさま」
スコット・マクディーン中将。メアリーの後見人にして、メアリーをここに閉じ込めた張本人。
「最近はどうだね。ここでの生活は慣れたかね? これでも後見人としてできることは何でもしているつもりなのだが」
何でもしている? 私をこの部屋に閉じ込めておいて、よくもぬけぬけと!
「おじさまのおかげで何不自由なく暮らしておりますわ」
「そうか。それはよかった。貴女にもしものことがあったらことですからな」
はっはっは。快活に笑うスコットに、メアリーは唇を噛み締めた。
親戚のおばさまからこっそり仕入れた情報によれば、解雇された使用人たちは皆行方不明になっているらしい。
逆らうのは悪手だ。そう分かってはいても悔しいものは悔しかった。
「失礼。そろそろ行かなければならない時間だ」
「まあ軍のお仕事ですの? 一体どういった?」
メアリーは精一杯猫をかぶったまま聞き返す。せめて何を企んでいるのか、聞き出してやる。
スコットの温厚そうな眼差しに冷たいものが混じった。
「貴女は、知らなくてもいいことですよ」
その眼差しに見据えられ、メアリーは硬直した。
「失礼」
スコットは一礼し、部屋を去っていった。
ドアが閉まりきった途端、メアリーの顔に怒りの表情が浮かび上がる。
気に食わない、気に食わない、気に食わない!
メアリーはベッドに倒れこむと、力任せに枕を床に投げ捨てる。自動人形はメアリーを叱ることもせず、無表情にそれを拾い、ベッドの上に戻した。
「あんのクソジジイ! いつか絶対失脚させてやるんだから!」
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