第三章 老人

ゴミ拾い

「あっはっは! それでお前らここに飛ばされてきたのか!」

 翌日になってノッポたちが連れてこられたのは、通称「ゴミ捨て場」と呼ばれている場所だった。そこの担当だという青年に爆笑され、ノッポはむっと顔をしかめた。

「そんなに笑わなくてもいいだろ」

「あはは、悪い悪い。……でもよりにもよってここに飛ばされるなんて兄ちゃんたちついてないなあ。ここは下層の中でも一等につまらなくて一等に危険な職場だぜ?」

 言っていて自分で可笑しくなったのか、彼はまたげらげらと笑い出した。

 「ゴミ捨て場」の床にはその名の通りゴミが散乱していた。天井には直径5フィートほどのパイプがいくつも口を開けている。そのうちの一つから、ひゅぽっと空気が抜ける音がしたかと思えば、上の層から大量のゴミが落ちてきた。

「俺はエメ。ククの嬢ちゃんからここを任されてる」

「V」

「チビだ。んで、こっちがノッポ」

「だからノッポじゃないって」

 エメはVに歩み寄ると、その体をまじまじと眺めまわした。

「ふうん。お前本当に自動人形なんだな。こんなこともあるんだなあ」

 Vの腕を取り、肘の球体関節を、髪をかき上げて製造番号を確かめる。思いのほか弾力のある頬を引っ張りながらエメはノッポに問いかけた。

「本当に危険じゃないのか? 急に襲ってきたりとか」

「こいつはそういうことはしない、と思う。……しないよな?」

「キケンじゃない」

「するわけねえだろ馬鹿ノッポ」

「あっはっは! 仲いいんだなお前ら! まあいいさ。きっちり仕事こなしてくれるんならなんだってな!」

 エメはシャベルを足元のゴミに突き刺しながら指を立てる。

「ここのルールは三つ。自動人形には近づくな。サイレンが鳴ったら戻ってこい。金になりそうなゴミを集めたら隠さず持ってこい。以上だ」

「自動人形?」

「ああ、たまに降ってくるんだよ。自動人形が、ゴミと一緒に、あそこから」

 頭上の太いパイプを指さされる。確かに人一人ぐらいなら、通れそうな幅はある。きっと上の層で不要になった自動人形をゴミとして処理しているのだろう。

「近づくな、っていうのは?」

「危険だからだ。だから降ってきたやつはすぐに壊さなきゃならない」

「そんな、どうして」

 ノッポは咄嗟にVを見た。Vの表情は変わるはずもない。自動人形だからだ。

「知るか。何故だかあいつら、俺たちを襲うんだよ。こっちが攻撃を仕掛けてなくてもな」

 自動人形が勝手に人間を襲う。そんなことがあるだなんて聞いたことがない。

 自動人形は人間に似せて作られた道具にすぎない。その行動はパンチカードの入力によって制御されていて、人を襲うだなんてことはないはずだ。少なくとも街で使用されているような民間用の自動人形は。

 もしそんなことがあるとするなら、それは軍事用の――

「安心しな。もし自動人形が降ってきても、俺がこいつで仕留めてやるからよ」

 エメが自分の腰にさした拳銃を叩く。拳銃といい、少し大きめのポーチといい、見覚えがあるような……。

「ああっ、俺の銃!」

「兄ちゃんが上から持ってきてくれて助かったぜ! ちょうど弾切らしてたんだよなー」

 全く悪びれずにエメはからからと笑う。ノッポは肩を落とした。

「じゃあサイレンが鳴ったら何が起こるんだ?」

「地獄の窯が開くのさ」

 トントン、とエメは足で床を叩く。

「ここら一帯のゴミごと下に落とされてな。炉でどろどろに溶かされるんだ」

 怪物かおばけの真似のつもりだろうか、エメは両手を上げてVたちをおどかした。チビは大げさに震えた。

「おお、こわ。気を付けるんだぞ、V。炉なんかに落っこちたら、いくらオマエでもひとたまりもないからな」

「うん」

「死にたくなけりゃこの線までちゃんと戻ってこいよー」

 エメは部屋の中央を囲むように記された白線を示した後、ぱんぱんと手を打った。

「さあ説明はここまでだ。働け働け!」



 「ゴミ捨て場」が一等につまらなくてきつい仕事だという話は本当のようだった。

 まず何よりも暑い。下に炉があるのだから当たり前の話だが。ノッポは汗を拭い、シャベルをゴミ山に突き刺した。隣ではVとチビが平然とした顔でゴミを掘り返している。

 価値のあるもの。服、金属、時計、機械、部品、まだ食べられそうな食料。

 膨大な量のそれ以外のゴミから漂う腐臭に顔を顰める。だけどどこに何が埋まっているか分からない以上、どんなに匂いが酷くても掘り返すしかない。

「いいか! 食いもん見つけても勝手に食うんじゃねえぞ!」

 高台からエメが指示を飛ばす。疲労しきった声であちこちから返事が返ってきた。

 ひゅぽっ。

 空気が抜ける音がして、またゴミが降ってくる。

「あーあーあ」

 折角掘り返した場所が見る見るうちにゴミに埋め尽くされていくのを見て、ノッポはシャベルを抱えて座り込んだ。

「そこ! サボるな!」

「はいはい」

 生返事を返しながら、ノッポはシャベルをゴミに突き刺し体重をかけた。

 ひゅぽっ、と間抜けな音がして、頭上から「子供」が落ちてきたのはその時だった。

 「子供」はノッポのちょうど目の前に落ちてきた。その全身は弛緩しており、何の受け身も取ろうともしないまま、頭からゴミ山へと叩きつけられる。

 ごしゃり。

 何かが砕けるような嫌な音が響く。おかしな方向にねじれた手足と首。人間であれば確実に死んでいる。

 エメは顔色を変えて叫んだ。

「自動人形だ! 逃げろ!」

 子供の形をした自動人形は、ふらふらと立ち上がると仮面越しにノッポを見た。無言のまま腕の仕込み刃が展開される。

「何やってる! さっさとこっちに来い! 一緒に撃たれたいのか!」

 エメの叫びに正気を取り戻し、ノッポは慌ててエメたちのところへと走った。

「アー……」

「お。今日のは大人しい奴だな。そのまま動いてくれるなよ……」

 目の前からいなくなった獲物を探すように宙に視線をさまよわせている自動人形へと、エメは狙いをつける。

 左手を台にして照準を安定させる。狙うのは自動人形の心臓。胸の中央に位置する、小型蒸気機関だ。

 自動人形がこちらに向き直る。エメは引き金を引いた。

 ダンッ!

 胸の中央、みぞおちの少し上に弾丸は過たず吸い込まれる。着弾の衝撃で自動人形は大きく仰け反り、全身を弛緩させ、そのまま崩れ落ちた。

「やったのか……?」

「いや、まだだ」

 エメたちは自動人形へと歩み寄る。動力系統の異常からか、自動人形は細かく痙攣しながら、軋むような声を上げていた。

「ギ、ギ……」

「よしよし、今、楽にしてやるからな」

 銃口が心臓に向けられる。仮面の向こうに隠された目が、恨みがましくこちらを見た気がした。

 ダンッダンッ!

 二発の銃弾がシリコンの肌を破り、内部へと到達する。露出した胸部には、三発の銃弾がめり込んでいた。

 エメは銃をしまい、大きく息を吐いた。周囲の「ゴミ拾い」たちから歓声が上がる。

 何事もなく勝利したというのに、今にも倒れてしまいそうなほどエメの顔色が悪いように見え、ノッポは彼の背を支えた。

「……大丈夫か?」

「いや、悪い。大丈夫だ」

 エメは頭を振った。

「正直、この瞬間だけは何度やっても慣れないんだよ。……だっておんなじ人間の形をしてるんだぞ? まるで俺が殺してるみたいじゃないか」

 ノッポは思わずVの方を見た。Vは無言のまま自動人形の残骸を見下ろしていた。その表情は相変わらず読み取れない。

「だがラッキーだ。自動人形はバラせば金になる」

 まばたきをする間に、エメはいつもの調子に戻っていた。口角を吊り上げてニッと笑い、自動人形の回収を指示し始める。


 ひゅぽっ。ごしゃり。


 聞き覚えのある音が響き、別の穴からそれは落ちてきた。

 髪は黒く、肌は白い。服は無く、目元には仮面。先ほどのそれと比べると一回り大きい。成人男性の形をした自動人形だ。 

「二体目? 珍しいこともあるもんだな」

 言いながらエメは銃を構える。自動人形はよろよろと立ち上がると、天を仰ぎ咆哮した。

「ガアアアアア!」

「ちっ! 今度は凶暴な方かよ!」

 ダンッダンッ!

 二発の銃弾が、自動人形の心臓を狙い飛翔する。

 一発目、右の二の腕に着弾。

 二発目、胸に着弾するも、角度が悪かったのか表皮を抉るだけで終わってしまう。

 自動人形はきりきりと首を回し、敵を認識する。三発目の銃弾が放たれる寸前、自動人形は大きく腕を引き、エメへと飛びかかった。

「しまっ……」

「エメ!」

 自動人形の手の平がエメの頭に迫る。このままでは首をへし折られる。エメは腕で首を庇いながら目を閉じる。

 ガキンッ!

 おそるおそる目を開けると、自動人形とエメの間に、シャベルを手にしたVが割り入っていた。自動人形の突きがシャベルによって防がれ、シャベルがぎしぎしと音を立てる。

「立て! 今のうちに下がるぞ!」

 ノッポはへたりこんだエメに肩を貸し、離れた場所へと引きずっていく。

「ガアアア!」

 自動人形は再び咆哮し、逆の腕でも突きをくりだした。シャベルを両手で構え、迎え撃つV。しかし自動人形はそのままVごとシャベルを持ち上げると、軽々と投げ飛ばした。攻撃対象は再びエメへと移る。ゴミ山の上に吹き飛ばされていたVは跳ね起きると、自動人形の顔めがけて飛び蹴りをくりだした。

 ガンッ!

 金属同士がぶつかる音がして、Vの飛び蹴りは自動人形の右腕に防がれる。

「暴力、よくない」

 Vは着地すると、そのまま自動人形の腕に組みつき、肩の関節をきめようと足をからませた。

「グウウウウ!」

 自動人形の腕関節が逆側に開き、銃口が露出したのはその時だ。

「銃」

 急いで離れようとするも、自動人形が引き金を引く方が速い。

 タタタタタタ!

 乾いた音が響き、十数発の弾丸がVの全身を襲う。チビが叫んだ。

「V!」

「……平気」

 服が破れ、シリコン製の肌も損傷しているが、内部の合金には傷一つついていない。Vはもう一度、自動人形との距離を詰めた。

 右からの突き。腕を持ち上げて受け流す。上から振り下ろされる拳。背後に跳んでかわす。着地したところに、這うように姿勢を低くした自動人形が、下からの攻撃を狙ってくる。両手で受け止め、その勢いでVは宙を舞った。自動人形の頭上を越え、両足を使ってその首に絡みつく。ごき、と音を鳴らして、Vは自動人形の首を折った。

 一瞬動きを止める自動人形。

 そのチャンスを逃さず、エメは照準を合わせていた。

「くらいな!」

 ダンッ!

 最後の一発が銃口から放たれ、自動人形の胸の中心へと吸い込まれる。自動人形は少しだけ衝撃に震えた後、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。

 静観していた「ゴミ拾い」たちから歓声が上がる。

「や、やった!」

「やったなー! すごいぜV!」

「お前頼りになるなあ!」

「へっへっへ。そうだろ!」

「あっはっは、なんでお前が照れてんだよ」


 プガー、プガー!


 間抜けなサイレンが辺りに響き渡る。

「おっと、地獄の窯が開く時間だ。みんな、戻ってこい! 間違えても下に落っこちるんじゃねえぞ!」

 Vと自動人形の死闘を遠巻きに見つめていた「ゴミ拾い」たちが慌てて白線の向こう側へと避難していく。エメは少年型自動人形を背負った。ノッポは今しがた倒した男性型自動人形を指さす。

「……こいつも運ぶのか?」

「ああ。貴重な商品だからな」

 言うが早いか、エメは足早に白線の向こう側へと歩いていった。

「V、そっち持ってくれるか?」

「うん」

「なんだよノッポ。これくらい一人で持てよな」

「み、見た目より重いんだよ自動人形は!」

 Vは肩を、ノッポは足を持って、自動人形を運んでいく。その間にもサイレンは鳴り続け二人を急かした。

「ほらほら、もうすぐ地獄の窯が開くぞ。急げ急げ!」

「分かってるよ!」

 駆け足でノッポは白線の向こうまでたどりつく。追って、Vも白線に向かおうとしたその時。

「ガアアアアアア!」

 突如再起動した自動人形が牙をむき、彼を抱えていたVの腕に噛みついた。

「V!」

 プガ、プガー!

 サイレンが鳴り響き、辺りの気温が急上昇する。床が徐々に傾き、ゴミ山が少しずつ下に落ちていく。

「急げ、V! このままじゃお前も!」

 ノッポが手を伸ばす。Vはずり落ちていくゴミに足を取られながらも、少しずつ白線へと進んでいく。まだ手は届かない。

 ついに自動人形が重力に従い、斜面を落ちはじめる。ゴミは半分ほど炉に落ち、赤く燃える炉の炎が視認できるまでになった。Vは足を踏ん張り、必死に手を伸ばす。ノッポはVの手を掴んだ。二人分の体重がノッポの片腕にかかる。

「うおおお踏ん張れ、V!」

「おい、お前ら! ノッポを支えろ!」

 傾斜は厳しくなっていく。腕に噛みついた自動人形は離れない。腕の部品がいくつも噛み砕かれ、炉へと落ちていった。

「くそ、もう腕が……」

 繋いだ手が重さに耐えきれず滑っていく。炉の熱のせいか、Vの手は人間のように温かい。そんな場違いなことを考えながら、ノッポは白線ギリギリで踏ん張る。

 その時、チビが自動人形めがけて飛び出した。

「おらぁ! くらえっ!」

 チビは自動人形の顔面に張り付くと、ごう、と音を立てて炎を吐き出した。

 かたく閉じられていた自動人形の顎が緩む。支えを失い、自動人形は炉へと落ちていく。一気に軽くなったVの体は勢い余って宙を舞う。Vを助けようと引っ張っていた皆は全身でVを受け止めた。

 プガー、プガー。

 ゴミ山を飲み込み、炉の蓋が閉まっていく。「ゴミ拾い」たちは皆一様にへたり込み、安堵の息を吐いた。

「お、お前、炎なんて吐けたんだな」

「あれが全力だ。使い道なんてねえよ、げほ、おえっ」

「そんなこと、ない」

 Vは周囲を見回した。ノッポも、チビも、エメも、「ゴミ拾い」たちも、皆一緒になってVを助けてくれた。

「助かった。ありがとう」

 ノッポは目をこすった。

 気のせいか見間違いだったのかもしれないが、Vが微笑んだように見えたのだ。

「ったく、初日からとんだ災難だったな」

「まったくだぜ。なあ、V」

 しみじみとチビが言う。

「まったく」

 Vは表情を全く変えないまま繰り返した。

「へっへっへ。おかしなやつらだ」

 はは、と乾いた笑いを浮かべながら、ノッポがふと足元に目を落とすと、炉に落ち残ったゴミが一つだけ足元に転がっているのに気がついた。

「なんだこれ」

 拾い上げ、エメに見せる。小さなラッパに円柱型の金属がつけられた手のひらサイズのそれは、エメにもノッポにもまるで使い道が分からないものだった。

「知らねえが直せば高く売れそうだな。持ってけよ。それはお前の取り分だ」

 エメは何が可笑しいのか、ゲラゲラと笑った。

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