竜との問答

 自動人形。今からちょうど三十年前に開発された、蒸気都市ロンディニウムの最高傑作。姿形と動きは人間に程近く、先の戦争ではこの自動人形を用いた作戦で大戦果を挙げたという。人間との見分け方は、白すぎる肌に、剥き出しの球体関節。それに加えて、未だ自然な動きを再現できないという理由でつけられた目元の仮面が挙げられる、はずだったのだが、どういうわけか目の前の少年型自動人形には、仮面が装着されていなかった。

「名前は?」

「Vct-01」

 髪をかき上げて、首に刻印された製造番号を見せながら少年が答える。その視線の動きや仕草はほとんど人間と大差ない。

 Vct-01、と拾得物調査票にクリフは万年筆で書き込んだ。

 あの後、お前が見つけたんだからお前が責任を取って聴取しろ、とエリックに言われ(押し付けられたとも言う)、好奇の視線を一身に受けながら、半裸の少年の手を引いて詰所へと連れ帰ってきたのだ。

 その間、上着を渡しても不思議そうに見るだけで着ようとしない少年に再度、服を着るように命じたり、上着を着ても前を隠そうとしない少年に業を煮やして上着の前のボタンを留めてやったりもしたクリフは、まだ見ぬこの少年型自動人形の持ち主に。物申したい気分でいっぱいだった。

「お前の主人は誰だ?」

「……」

「お前はどこから来た?」

「分からない」

「どうして裸だったんだ。お前の主人の趣味か?」

「分からない」

「お前は仮面をつけていないな。何故だ?」

「分からない」

 クリフは、トントンと万年筆で机を叩いた。

「お前な、そう分からないばっかりじゃ持ち主のところに帰れないんだぞ?」

 Vct-01は首を傾げた。クリフはため息を吐いた。

 一匹の大蜥蜴が少年の肩をするするとよじ登り、声を発したのはその時だった。

「よ。オレの出番かい?」

「うおっ!」

 急に発せられた声に驚き、クリフは仰け反った。蜥蜴が喋っている。

「悪いな。ほとぼりが冷めるまで隠れさせてもらったぜ」

「いい」

 その蜥蜴の背には、蝙蝠の翼が生えていた。これは蜥蜴ですらない。

「竜が、喋った」

「喋るさ。竜は元々喋るもんだ。それとも何か? 竜が喋っちゃいけないってのか」

 人間の言葉を喋っていることも、その大きさも、クリフの知る竜ではありえないことだった。クリフはしばし考え、一応の結論を出す。

「……上流階級のペットか何かか?」

「あーそうそう。じゃあそういうことにしておいてくれ」

 小さな竜はまるで人間のように、やれやれと首を振った。クリフは慌てて万年筆を握った。

「お前たちは同じ主人のところにいたのか?」

「ああ、そうさ。俺たちは一心同体の同僚ってやつだ」

「一心同体なら相棒とか言うところなんじゃないのか?」

「どうでもいいじゃないかそんなこと。それで? オレに何が聞きたいんだ?」

「お前たちの主人は誰だ?」

「そいつは答えられないぜ。軍事機密ってやつだ」

「軍事機密? お前たちの主人は軍属なのか?」

「さあてね」

 クリフは、トントンと万年筆で机を叩いた。

「謎かけをしてるんじゃないんだぞ」

「いいじゃないか謎かけ。竜は謎かけをするもんだ」

「……分かった。それならヒントをくれ。謎かけならヒントがあるはずだ」

「それもそうだな。じゃあ一つ目のヒント。オレたちの存在は軍事機密だ」

「それはさっき言っただろう」

「もっと頭を働かせろよヒューマン。軍事機密なんだぞ? なんで機密なんだ?」

 機密。軍事上の秘密。ただ所有しているだけというなら何故同じ軍属の自分に明かせない? もしかして自分は知るべきではない領域に踏み込んでいるのでは。クリフは背筋に寒いものが走るのを感じた。

「ヒントその二が必要か? いいかオレたちは事故にあったんだ。事故現場を調べてみるべきなんじゃないか? そうしたら」

「――その必要はない」

 詰所の入り口に騎竜が三頭。二頭は治安部隊。先に降り、安全を確保する。中央の騎竜から降りてきた人物の顔を見た瞬間、クリフは席を立ち敬礼をした。

「ち、中将閣下!?」

 スコット・マクディーン中将。一週間後に控える就任式の主役その人。忘れるはずもない。軍警学校の卒業式で挨拶をしていた姿をしっかりと覚えている。

 マクディーン中将はにこやかに少年と竜を指した。

「その自動人形たちは私の所有物なのだ。引き渡してくれるね」

「も、勿論です、閣下!」

 クリフは少年に立つように促し、中将に向き直った。その時。

「今だ!」

 少年の右腕が裂け、上着が破れ、刃が出現した。治安部隊の二人が銃を構える前に、そのまま背後に回り込んだ少年はクリフを抱きしめるようにして、刃を彼の首に当てた。目の前で起こった出来事を処理しきれず、つい素っ頓狂な言葉がクリフの口をつく。

「俺の上着が!」

「おらぁ! オマエら、コイツがどうなってもいいのか!」

 クリフを盾にして竜が叫ぶ。刃がクリフの服に食い込む。治安部隊が一瞬怯んだ。

「オマエも凄むんだよ! ほらっ!」

「いいのか」

「そうだ!」

 マクディーン中将は穏やかな表情のまま首を傾けた。

「やむをえないな。そいつごと撃て」

「はっ!」

「えっ」

「なんだと! オマエ、それでも人間か!」

 言葉ではそうは言っていてもできるだけ発砲せずに事を済ませたいのだろうか。治安部隊たちは銃を構えたまま、じりじりと距離を詰めてくる。

 クリフを引きずりながら後退し、ついに壁際に追い詰められたその時、チビ竜は少年の耳元で叫んだ。

「踏み抜け!」

 少年の体内から響く駆動音が一気に増す。生み出された動力は脚部に集中し、一時的に莫大な力となって床に圧し掛かる。少年を中心に、床にひびが入った。

 治安部隊の二人が慌てて手を伸ばす。少年は、だん、ともう一撃、床を踏みしめる。ひびは決定的な亀裂となって、クリフたちの体は後方へ大きく傾いだ。

「待て! 逃がすな!」

「待つもんかバーーカ!」

 一人と一体と一匹の体は、重力に逆らわず奈落へと落ちていく。

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