第6話 どうしてタロは私を守るの?

「ペヤアアアアンッ!!」

 猛然とリリィに殴りかかってくる魔猿。


 真っ暗な夜闇の中。三方を建物に囲まれた狭い路地裏で、真っ黒なスーツに身を包んだ猿の集団に出口を塞がれたステラとリリィ。二人は今まさに、絶体絶命のピン――


 ズドンッ


「……ごふっ……」

 魔猿のパンチがリリィの顔面に決まる前に、彼女のヒザが顎に決まっていた。

 相手がよろめいたところを、すかさず凶悪なネコパンチが襲う。

 バリバリバリッ……

「っギャアアアアアアアアアッ!!! 目が! 目がぁあああああっ!!!」

 ゴロゴロと地面を転がりながら魔猿が絶叫する。


 ――グランデランキング 36位 猫の獣人 リリィ


 その愛嬌から低く見られがちではあるが、ネコ科の動物は同じサイズの相手ならばまず負けることはない、最強の捕食者のひとつである。リリィは毛を逆立てながら中指を立て、キメゼリフを放った。

「ネコ、なめんにゃよ!」


「ち……調子にのるなよ、このアマァ!」

「んだコラァ!」

「スッゾ、コラァ!」

 路地裏の出口をふさぐ猿どもから罵声が飛ぶ。しかし、連中はリーダー格の魔猿とかいう男がやられて完全に腰が引けている。

(一気に突き抜ける――!!)

 リリィは意を決すると、ステラの手を引いて出口へ向けて猛ダッシュした。


「ひぃっ!」

「お、おま、おまえ、わかってんのかコラァ! こっちは6人だぞコラァ!」

「俺たちが本気をだせばお前なんか、その……アレだぞコラァ!」

 じりじりと後退しながら罵声だけは飛ばしてくる連中を完全に無視して出口へ突っ走る。

(いける――!!)

 リリィは確信した。


 ――目の前が真っ白になった。


(……)


(……)


(……)


(……えっ!?)


 がばっと上体を起こすリリィ。いつの間にか倒れていた。

 一瞬、えっ、お昼? 寝ちゃってた? と思ってしまうほどだったが、視界が戻ってくるとまだあの夜、あの場所だ。

(い、いったい、何が……)


「まったく、大の男が6人も雁首そろえて、猫娘一匹に手も足も出ないとはなっさけないねェ全く! え? 魔猿! サルーン! ラサール! 美猿! 岩猿! 気化猿!」

 けたたましい中年女性の声。


(お……おっきぃ……!!)

 リリィの目が見開かれる。

 彼女たちの前には、他の子猿共の3倍はあろうかという大猿が立ちふさがっていた。

 どうやら、あとちょっとで脱出というところでヤツに吹っ飛ばされたみたいだ。


「でもさママぁ! あいつマジで強いんだってば!」

「わかったからもういいよあんたたちァ! とっとと車回してきな!」

「う、うん!」

 ”ママ”がこぶしを振り上げながら怒鳴ると、子猿たちは蜘蛛の子を散らすように走り去っていった。


「さぁ子猫ちゃん。その子を渡しな」

「い……いったい何なのよアンタたちは。この子は友達なの。いきなり追いかけられてわけわかんない」

 ズン。”ママ”が一歩前進する。思わず後ずさるリリィ。なんて威圧感だ。

「聞こえなかったのかい? あたしゃ渡せといったんだ。質問なんざ許可しちゃいないよ」


 足がガクガクと震え、目に涙がにじんでくる。

(怖い――)

 どうしてこんなことに。でも、守らなきゃ。タロから彼女を預かった責任を果たさないと。

 しかし活路がどうにも見いだせない。”ママ”の巨体に通路は完全にふさがれ、わきをすり抜けていくなんてこともできそうにはない。じりじりと壁際へと追い込まれていく二人。”ママ”の手が伸びて――


「オォーーーーーーーーーーーーン!!」


 ――そのとき、10km先まで届くかというほどの、大きく、鋭く、それでいて澄み渡る、気高い遠吠えが響き渡った。


 さすがの”ママ”も何事かとビクリと肩を跳ねさせる。

 路地裏の入り口には――壁にもたれかかり、反対側の壁に足をかけた狼の獣人が、マフラーをたなびかせながら格好をつけて立っていた。


「ホ……ホロ!?」

「よぉ、クソ猫。こんな夜更けに嬢ちゃん連れてお散歩かい」

「あんた、どうしてこんなところに……」

 目を丸くするリリィ。ホロはやれやれと肩をすくめ、トントンと自身の鼻をつついてみせる。

「あっ……」


「なんだい犬っころ。蹴っ飛ばされたくなけりゃとっとと失せな。目障りだよ」

 ”ママ”は不機嫌そうに吐き捨てる。プライドが高いのだ。不意打ちとはいえ、驚かされたのがよほど癪に障ったと見える。

 当然ながら、ホロは腕を組んだまま微動だにしない。退けと言われて退くくらいならハナから首を突っ込みはしまい。

 傍若無人なホロの振る舞いに腹を据えかねた”ママ”は一転、壁際のリリィたちに背を向け、路地裏の出口に立ちふさがる彼に向かってズンズンと歩き出した。


 ホロは無言で姿勢を低くし、戦闘態勢をとる。"ママ"はそれを上から叩き潰すように突進した。が、ホロは余裕のそぶりでそれをかわすと一気に首めがけてかぶりつく。

(うっ……!?)


 ――が、その瞬間に痛みを感じて飛びのく。


 牙が、通らない。


「まったく、しつけのなってない野良犬だね。乙女の柔首を無断で甘噛みするなんて、ホレちまうじゃないのさ」

「ぬかしやがる。ったく、どーいう皮膚してんだか……」

「亀の甲より年の甲ってね。ダテに年くっちゃいないよ」

「マジかよ。老人最強だな」


 方針転換。攻撃が通らないなら避けるしかない。幸い敏捷性は自分の方がはるかに上だ。攻撃が当たる事はあるまい。ホロはひらりひらりと"ママ"の攻撃を避ける。


「チッ。歯がゆいねぇ。男のくせにチョコマカと」

 舌打ちをする"ママ”。しかしホロは無言のまま。挑発には乗らない。突進しては飛びのいて、また突進しては飛びのいて……を繰り返していると、ピピーッと、笛の音が鳴った。


「ようやく来たか」

 ホロはニヤリと笑う。

「むっ……!? 警備隊か。やってくれるね、このガキ!」

 "ママ”は仁王立ちのまま、いまいましそうにホロを睨みつける。しかし警備隊がやってくる方向とは別の方向から、子猿たちの操る車も走ってきた。

「おい、乱戦になりそうだ! 今のうちに逃げろ!」

 ホロが叫ぶ。

「う、うん!」

 リリィはステラの手を引っ張り、路地を脱出して再び大通りを走り出した。目指すは鉱山。あそこは屈強な山の男たちのアジト。何よりタロもいる。きっと何とかしてくれる!


 リリィたちが山の方へと走り去るのを横目に、到着した警備隊とにらみ合う"ママ"。そこへ子猿たちの車も到着した。ホロはフン、と鼻を鳴らしながら言う。

「おい、こっちは訓練された警備隊が10人。そっちはナヨっちい子猿が6人とボス猿1人。どう見てもあんたに勝ち目はねぇ。降参しな」

 言うが早いか、"ママ"は無造作に車の座席に手を突っ込むと、バズーカを取り出した。

「い゛っ!?」

 警備隊一同が絶句する。

「お前……わかってるのか? 獣刀法違反は死罪だぞ」


 人よりもはるかに身体能力の高い獣人が、武器を所持することは禁止されている。獣人で構成された警備隊もその法にのっとり、武器は所持していなかった。


「ハッ。今さら」

 "ママ"は一笑に付すと、遠慮なくぶっ放した。轟音とともに地面がえぐれ、破片が吹き飛ぶ。

「うおっ……伏せろーーっ!!」

 現場は大混乱となった。

「フン、腰抜けどもが」

 "ママ"は吐き捨て、車に乗り込む。

「行くよお前たち! さっさとおし!」

「でもママ、あいつらすっかりビビってるッキよ! 今ならギッタンギッタンに……」

「バカタレ! あんなのどうでもいいよ! ウロボロスを追うんだろうが!」

 "ママ"はガンガンと車のフロントを叩いて発車を急かす。

「ア、アイアイマムー!」


 ブロロロロ……と遠ざかってゆく車の音。


「……しまった!」

 伏せて頭を守っていたホロがガバッと起き上がる。硝煙が晴れた先には既に車の影はなかった。


 *


 鉱山へ走るリリィ。すでに息も絶え絶えになっている。瞬発力はすさまじいのだが、持久力にはあまり自信がない。

「ハァ、ハァ……ス、ステラ、あんたは大丈夫!?」

 振り返ると、ステラは息一つ切らさず手を引かれるままついて来ている。

「意外……あんたスタミナあるのね」

「すたみな?」

 いつものとおり、ステラはのんきにきょとんとしている。

「大丈夫ならいいの。もうちょっとよ、気合入れてついて来てね!」

 整備された街路の終わりを告げるフェンスをよじ登って越える。ステラを引っ張り上げていると、猛追してくる車の姿が見えた。

「ウソ、ホロ……ダメだったの!? ステラ、いそいで!」

 なかば放り込むようにフェンスの向こうへステラをやり、自分も飛び降りる。山道にさしかかり、ただでさえ疲労困憊の体に追い打ちがかかる。だが、あと少しだ。月の光だけを頼りに、山道をひた走る。


 ガシャーン、と、車がフェンスを突き破る音が聞こえた。


「ハァ、ハァ」


 ゴリゴリゴリゴリ、と、車が悪路を突っ走る音が聞こえる。


「ハァ、ハァ、ハァ」


 ――鉱山の、入り口が見えた。脇に松明が掛かっており、場所が一目瞭然だ。


「あれだ! あと少――」

「そこまでだよ!」

 グイ、と後ろから髪をつかまれた。リリィはステラの背中を突き飛ばして促す。

「行って! あの穴の中へっ!」

 ステラは言われた通り、穴の中へとポテポテと走っていく。

「お前たち、その女を抑えときな。あとはあたしがやる!」

 "ママ"は車から飛び降りると、バズーカを肩に担ぎながらステラを追っていった。


 残された子猿たちとリリィ。

「グヘヘヘヘ……お前、よくもオイラたちをさんざんコケにしてくれたッキな」

 頭、腕、足、全身を押さえつけられ、身動きが取れなくなる。

「二度とおてんばなコトができなくしてやるぜ」

 キーッキッキッキ、と子猿たちの笑い声が響く。

(タロ……!)

 リリィは覚悟して目を瞑った。


 *


 ステラは穴の中へ足を踏み入れると、そのまま立ち止まってしまった。リリィが行けと言うから、来たけど、このあとどうすればいいのだろうか。指をくわえてキョロキョロしていると聞き覚えのある怒声が飛んだ。

「コラァッ!!」

 穴の奥からのっし、のっしと親方が出てくる。その隣には――

「タロ!」

 ステラの表情が花が咲いたように明るくなる。幼児が親を見つけたときの反応だ。つられてタロもにへら~と笑うが、その頭にゲンコツが飛ぶ。

「ってぇ~~~!!」

「バカタレ! てめえ性懲りもなくまた女子をっ!」

「誤解だよ親方! 俺は何も……」

「動くな!」


 ジャキン、と音がした。二人が入り口に目をやると、バズーカを構えている大猿の姿。

「なっ……なんだお前は!?」

 驚きの声をあげるタロ。思わずステラをかばって前に出る。

「動くなと言ってるだろうが!」

 容赦なくブッ放される豪砲。入口の脇の松明一本が吹き飛んだ。


 親方が凄まじい怒気で叫ぶ。

「無茶するんじゃねぇ! 落石で入り口が塞がったらどうする!」

「フン、構やしないよ。さぁあたしの本気がわかったろう。さっさとどいてその娘を渡しな!」

 "ママ"はちょいちょいと指を曲げる。親方はタロに呟いた。

「タロ……その子を奥に連れてけ」

「でも、親方!」

「いいから行け。相手は武器を持っとる。この町の住民じゃ歯が立たねぇ。反対側の輸送路から帝国に行って助けを求めるんだ」

「親方……」

「行けッ!!」

 親方の首に青筋が隆起する。一瞬びくりと肩を震わせ、タロはステラの手を引いて走り出した。


 鉱山道を奥へ奥へと走る二人。

「ステラ……いったい何があったんだ? あいつは何?」

「わからない」

「どうしてステラを?」

「ウロボロス……」

「ウロボロス? おとぎ話の、あの?」

「そう言ってた」


 心当たりは、ある。どう考えてもステラは普通じゃない。顔面からコケても傷一つつかないのもその力のおかげだったりするのか。とすると、大穴の中から現れたのはやっぱり地底人だからなのか。

「父さんは……間違ってなかったのか」

 ポツリとつぶやくタロ。

「父さん?」

「何でもない。これに乗って」

 トロッコに手をかけさせる。うまく登れないので、お尻を押して補助してやる。役得、と考える余裕はない。ステラをトロッコに乗せると、後ろから押して走らせながら自身も飛び乗った。トロッコが勢いをつけて下り坂を突っ走る。


「わー……」

 感嘆の声をあげるステラ。何をするにもいちいち可愛い。

「危ないから顔出すなよ」

 身を乗り出そうとするステラをトロッコ内に引っ張り込み、自身の股の間に座らせる。

「このまま鉱山を抜けるよ。反対側に、採掘した鉱石を帝国に輸送するための線路があってね。機関車が止まってるから、そいつに乗って帝国に行こう。悪い奴らに追われてるっていえばきっと助けてくれるよ」

「帝国……?」

「そっ。おとぎ話のときに言ったろ。エルクアーレ帝国。この世界でもっとも歴史ある、もっとも強大な国だよ。この自由都市レディエントは帝国の一地方なんだ」


 話しているうちに、終点が見えてくる。タロは立ち上がると、気合を入れてブレーキを引いた。

「うりゃあああああ!! とっまれぇぇぇぇ!!」

 金属の甲高い悲鳴が轟き、すんでのところでトロッコが止まる。

「さ、乗り換えだ。こんどはこっちだよ」

 先に地面に降りたタロは手を伸ばし、ステラの両脇を抱えて降ろしてやる。

「おーいだれか! 機関車を出したい! 手伝ってくれないか!」


 ……返事はない。


「くそっ! この真夜中じゃ、最小の人員以外は仮眠中、その最小の人員も地下で採掘中か」


 ズゥン……と、鈍い振動が伝わってくる。あの大猿、もしかしてバズーカで親方を……? 不安が募る。


「くそっ! とにかく動かすしかない。ステラ、先に乗って!」

 タロはステラを荷台に押し込むと、なんとか一人で動かそうと奮闘する。まず、タンク内の水量の確認。暗くてよく見えないので指を突っ込んでみる。よし、十分。機関室の窓に飛びついて中を確認。石炭も籠に山盛り入っている。ダッシュでその辺の壁にかかっている松明とスコップを手に取り、機関室に飛び乗る。

「うおおおおおお! 動けぇぇぇええ!!」


 窯に石炭と火種を突っ込み、運転室に移動してブレーキを解除。そうだ、動きを軽くするため、荷台も1つだけ残して切り離しておこう。ひととおり作業を終えると再度運転室へ。あとはタンクの水の沸騰を待つだけだ。

「なにしてるの?」

 ぴょっこりとステラが顔を出した。

「機関車を動かすのさ」

「きかんしゃ?」

「火の力で水を沸騰させる。沸騰した水の蒸気をシリンダーに送り込む。その力でシリンダー内のピストンを動かす。ピストンが往復運動し、その力をギアにかませる。すると往復運動が円運動に変換される。円運動の力で車輪が動き、そして機関車が動く!」

「……えっと……火の……」

 ステラが首をかしげていると、煙突から蒸気が噴き出し始めた。


「よし、出るよ!」

 運転室のペダルを交互に踏みこみ、起動を補助。機関車がゆっくりと動き出した。

「お……お……おぉ~~~??」

 勢いで荷台の中をゴロリと転がるステラ。やがて列車が鉱山内部からのっそりと外部に姿を現す。そのとき、ズン、と荷台にもう一つ衝撃が加わった。

「ステラ、大丈夫!?」

 運転室からは荷台の様子が見えない。けっこう不安だ。

「おう、大丈夫だぜ!」

「その声は……アニキ!?」

 鉱山洞を山の上から迂回してきたホロが、今まさに列車の荷台に飛び乗ったところだった。


 ホロはひょいひょいと荷台から機関室、運転室と移動して顔を出す。

「あれっ……タロお前、クソ猫はいっしょじゃねーの?」

「えっ……」

 血の気が引く。そういえばそうだ。そもそもステラはリリィの家に泊まらせていた。そのステラが一人で鉱山に駆け込んできたのだ。一人で来たはずがない。

「いや、入り口にステラが来た時にはもう一緒じゃなかった……」

「……むっ!?」

 ホロの耳がピクンと動く。

「後ろだ!!」

 線路の上を、ガリガリと荒々しい音を立て鳴らしながら猿たちの車が迫ってきていた。

「あいつら、どうしてここが!」

「すまねぇ、つけられたかも」

 先回りすべく猛然と山中をダッシュするホロを、物陰に隠れて見ていたのだろうか。

「――あっ!」

 信じられないものが目にはいった。


 ――あられもない姿の、リリィ。


「……ウソ……だろ……」

 絶句するタロ。ホロも、あーあー、と目を覆って首を振る。リリィは、車のフロントに張り付けられていた。


「このままじゃ追いつかれる。とりあえず薪は俺がくべるから、連中の対応は任せるぞタロ!」

「わ……わかった」

 ホロは機関室へ、タロは後方の荷台へと移動する。


 徐々に、距離が縮まってくる。キーッキッキッキという猿たちの下卑た笑い声が聞こえてくる。


「リリィ! どうしてそんな姿に……!」

(いや……しかし……これはこれで、いいな……)

 言いつつ、そんなことを考えながらまじまじと見つめるタロ。

「いや……タロ、見ないで……! こんな姿、見ないでーーっ!」

 リリィはイヤイヤと首を振る。活動的なミニスカートやホットパンツ、タンクトップやお腹を出したミニTシャツといったファッションを好む彼女の日常からはかけ離れた、信じられない姿だ。


 ――リリィは、フリフリのフリルがふんだんにあしらわれた、ゴスロリドレスに身を包んでいた。なんということだ!


 子猿たちが笑う。

「キーッキッキッキ! どうだっキ! こんな女の子っぽいカワイイ服を着せられてしまったら、もう男勝りに暴れることはできまい!」

 唇をかむタロ。

「くっ……! この、外道どもがーーーっ!!」

「そうさ、外道だよ」

 車内から、ひときわ大きな大猿が姿を現す。

「ママ!」


 "ママ"はバズーカをタロに向けながら叫ぶ。

「さぁ交換条件だ! そっちの小娘とこっちの小娘を交換だよ」

「くっ……」

 そんなの、決められない。動きが固まる。思考が固まる。俺は、どうすればいい!?

「タロ……」

 不安げなまなざしを向けるリリィ。


 ――リリィは、幼馴染だ。小さいころから姉弟のようによく遊んできた。粗暴なようでいて繊細で、つっけんどんな態度をとるかと思えば面倒見がよい、いい子過ぎるほどいい子なんだ。見捨てられるわけがない。


 たまりかねてホロが機関室から顔を出す。

「タロ! 迷うとこじゃねーだろ、嬢ちゃんを渡せ! 嬢ちゃんには悪りーが、出会ったばっかの嬢ちゃんとクソ猫じゃ俺たちにとっちゃ――」

 ハッとさせられる。その言葉が逆にタロに決意を与えた。俯いていた顔をあげ、キッと"ママ"を睨みつける。

「いーい顔だ。答えが出たようだね」

「ああ……出たよ。ステラは……渡さない!!」

「!!」

 予想外の答えに、一同が驚く。


「お前……それでも人間かーーーっ!」

「てめェの血は何色だァーーーっ!!」

 キーキーと子猿たちが騒ぐ。それを横目に、ため息をついて"ママ"はリリィの頭にバズーカを突きつけた。

「この娘を見捨てる。それがあんたの答えだね?」

(タロ……!)

 覚悟して目を瞑るリリィ。だが、タロの答えは予想外のものだった。

「いいや、違う!! ステラは渡さない。そしてリリィも殺させない!!」


 ビキィ、と"ママ"の額に青筋が走り、バズーカでフロントガラスを殴りつけながら怒鳴る。

「そんな都合のいい話はないよ、小僧! 天秤は片方浮けば、片方は沈むんだよ!」

「どちらかが重ければね」

「……出会ったばかりの小娘を、どうしてそこまで護ろうとする?」

 "ママ"の言葉に、タロは自信をもって答えた。


「――俺が、男だからさ!」

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