第4話 子供ってどうやって作るの?

 丘からの下り道を月明りだけが照らす。

 草原を吹き抜ける風と虫の音だけが、さわさわ、リンリンと耳を撫でていく。

 暗闇にほんの少しの不安感をもちつつも、そんな心地よい夜道を、リリィはルンルンと軽快な足取りで進んでいた。

 猫の獣人である彼女は散歩が大の趣味である。ひらりと壁を飛び越える身軽さだって持ち合わせている。

 そんな彼女の体は適度に引き締まり、長い脚やくびれた腰、生来の体型の良さが相まって女性としての魅力が高かった。


「フヒヒヒヒ……」

「ホヘヘヘヘ……」

 ハイとエースの下卑た笑いがさわやかな夜の雰囲気をぶち壊していく。

 ふりふりと小気味良く左右に揺れるリリィの臀部を、二人組がつけ狙う。

 徐々に距離が詰められていく。


(……んん?)

 さすがにリリィも違和感に気付いた。

 恐る恐る後ろを振り向くと――


「――――――ッッッッッ!!!」


 *


 父の書斎で本を読んでいたタロは、ふと気になった。

(あれ? リリィのやつ、いつごろ家出ていったっけか……ちょっと戻り遅くね?)


 すでにどっぷりと日は落ちている。

 通いなれた道とはいえ、リリィ一人を行かせたのはまずかったか?


 タロはそろりそろりと子供部屋――ほんの数年前まで自分の王国であったそこをひょいと覗いた。

 中ではステラが、ブロックを組み合わせていろんな形の建物をつくるおもちゃ『LECO』で大人しく遊んでいる。

 昼間見たおやっさんの仕事ぶりを再現しようと試行錯誤している様子だ。

(これならしばらく放置していてもよさそうだな)


 足音に気付かれないよう、抜き足差し足忍び足で部屋の前を通過する。

 まんまと彼は玄関にたどりついた。ガチャリと扉を開ける。


 ――と、その瞬間。タロはびくりと肩を飛び上らせた。


 玄関先には、ステラが立ってジッと彼を見つめていた。

「タロ、どこか行くの?」

 ステラは何事もないかのように表情も変えず、小首をかしげて聞く。

(いったい、いつの間に!? まったく気づかなかったぞ。俺を脅かそうとして気づかないふりして窓から先回りをして……? いや、今まで接してきた感じ、そんなユーモアたっぷりな行動とりそうには全然ないけど……)


「ステラ、いつの間にここに?」

「?」

 ステラはきょとんとしている。

 何なんだ一体。疑問に思っている俺の方がおかしいのか?

 タロはため息を一つつくと、考えるのをやめた。

「まぁいいや。リリィが戻るの遅いから、様子を見に行こうと思ってさ。一緒に行くか」

 ステラは当然のようにこくりと頷く。長い銀髪が夜風に靡き、キラキラと幻想的な美しさを放っていた。


 *


 ほどなく丘から下り、夜の町にたどり着いた二人。

 足早に丘を下りておいて今更ではあるが、タロは何気なく注意を促した。

「それなりに松明が設置されているとはいえ、暗いから足元気を付けてな」

「暗い……?」

 しかし、ステラは相変わらず初めて聞く言葉には反応が鈍い。

(そういえば、丘を下る時は急いでて気を使ってやれなかったけど……俺はいつも歩いてる道だから平気だったけど、よくあの夜道を苦も無くついて来れたなぁ。実は運動神経、相当いいのか?)


「黒っぽくなってまわりが見えなくなることだよ。ほら、昼間に出てた太陽がなくなって、代わりに月が出てるだろ。光を発する力が強いものがあるほどモノは見えやすく、ないほど見えにくくなるんだ。ま、そういうわけだから気を付けて」

「……暗くなると周りが見えなくなる、OK」

 ステラは空と町を交互に見渡すと、こくりと頷いた。

「よし、それじゃとりあえず、リリィの家に様子見に行ってみるか」

 歩き出すタロ。


 ――直後、異変は起きた。


 それまで苦も無く夜道を歩いていたステラが、突然フラフラと頼りない足取りになったのだ。

「はぁっ? どうしたいきなり。大丈夫か?」

 案の定、彼女は地面に敷かれた石ブロックのガタが来ている箇所に足を引っかけ、受け身もなく顔面から派手に転んだ。

 あちゃー、と顔を覆うタロ。


「大丈夫?」

 手を引いて起こしてやる。

 顔を近づけて見てみると、木くずや砂利がひっついているだけでその顔には傷一つついていない。

(もしかして……これは、俺が怪我について言及すると本当に怪我しちまう流れか?)

 余計な事は言わないでおくか、と、タロは喉まで出かかった疑問を胸の中にしまい込んだ。


 *


 足元のおぼつかないステラの手を引きながら、リリィ家に着いたタロ。

 コンコンとドアをノックすると、中から「はーい」と、応答があった。リリィの声だ。

 ガチャリと扉が開く。

「や、リリィ。来ちゃった」

「タロ! あぁ、ごめんね、心配かけちゃった?」

「いいって。てか、まだ家にいたんだね。親御さん、ダメだって?」

「あ、ううん。そういうわけじゃないんだけど」

「?」

 ふと、中の様子をうかがってみると、妙に騒がしい気配がする。

(――妙だな)

 リリィ家は祖父母と両親、それにリリィの5人家族。それにしちゃ子供が数人いるような喧噪だ。


「誰か来てるの?」

「あー、ちょっと、面倒なのに絡まれちゃってね、あはは……まぁ、入ってよ」

 促されるまま、リリィの後をついていく。

 リビングに入ると、なるほど、面倒なのがいた。

「おー! タロ、きたかー!」

「リリィの、美味しくいただいてるぜ。ゲッヘッヘ」

 汚らしい二人組が、これまた汚らしい食べっぷりでガツガツと食事にありついていた。


「こらっ! イア、アーシェ! タロお兄ちゃんに、リリィお姉ちゃん、でしょ! 女の子がそんな乱暴な口聞いちゃいけません!」

 リリィはドカドカと二人の方へ行くと、ぐぃーっと”彼女たち”のほっぺたを引っ張った。

「いででででででで! やめろぉこのケツでか女!」

「それにウチらはハイとエースだっつーの!」

「だーれがケツでか女ですってぇ!?」

「うるせー! 丘で揉みまくったときにサイズは把握済みだぜ!」

「タロ、おしえてやろーか? リリィのケツのサイズ」

「やめっ! こぉらぁぁ!」

 ドッタンバッタンとたちまち大変なことに。彼女らが揃えばいつものことだ。


「あのー……これは?」

 脱力したタロが問う。

「いやー、帰り道に二人に護衛の押し売りされちゃって。お礼に夕飯ご馳走しろ、だって」

「そんなことだと思った」


 イアとアーシェ。兎の獣人の幼い姉妹だ。

 彼女らは家族がなく、タロの家よりさらに町から離れた場所にある洞穴で暮らしている。

 このずうずうしさや、男のような名を主張するのは今まで二人でなんとかして生きてきたがゆえだろう。


「まぁまぁ、元気があっていいじゃないか」

 それまで空気のような存在だったリリィの親父さんが口を開いた。

 暢気に新聞を読んでいる。

「かーさん、おかわり」

「はいはい」

 呼びかけに答え、リリィの母親がぱたぱたとキッチンから出てきた。

「あら、タロちゃんじゃない。ごめんね、リリィが待たせちゃっ……ん!?」

 恰幅のいいそのおばさんは、お玉を持ったままズシズシとタロのもとにやってくると、ガッシリと彼の肩に手をまわして囁いた。


「ちょっとタロちゃん、見ない子連れてるわね。リリィを連れ込もうとしておいて、本人の前で堂々と二股とはずいぶん大胆じゃないのさ」

「そ、そんなんじゃねーって!」

「あーもう、ちょっとママー! タロに変な事言ってるでしょー!」

 姉妹と戦っていたリリィがダッシュでおばさんの上着を引っ張りに来た。あっちこっちと大忙しなことだ。


「はいはい、わかったよ。まったくせわしないねぇ。タロちゃん、せっかく来たんだし、あんたも夕飯食べてくかい?」

「ありがたいけど、さっきリリィに差し入れもらったから大丈夫!」

「なんだ、せっかくにぎやかになってきたところなのに、残念だわ」


「タロ……」

 後ろにいたステラが、タロの服の裾をちょいちょいと引っ張った。

「ん?」

「あのひとたちは、何?」

「リリィの両親さ」

「両親?」

 やっぱり知らないか。


「いいかいステラ。ヒトも獣人も、命は有限なんだ。だから、男と女が二人で協力して子供を作って命を紡いでいく。てことは、俺やリリィたち子供の立場から見れば、父親と母親という二人の男女が自分の命の創造主として必ず存在しているってことになるわけだ」

 ステラはやや眉を顰め、難しい顔をする。そしてしばらく唸った後に、おばさんたちを指さした。

「……あのひとが母親。あのひとが父親。リリィを作ったひと。リリィより偉い」

「うんうん、偉いぞステラ! ただ、母親と父親、指さしてたひとが逆だったけどな!」

「タロ……先生。質問」

「なんだね? ステラくん」

 先生と言われて少し調子に乗る。


「子供って、どうやって作るの? ステラとタロでも、作れる?」

「「ぶっふぉ!!」」

 タロとリリィが同時に噴き出した。

「くわしく」

 イアとアーシェまでぴたぴたと足元にまとわりついてくる。


「お、おう。そうだな。作り方は、もうちょっと大人にならないと分からないかもしれないが、やれば出来ると思う……よ」

「リリィとタロでも?」

「「ごほっげほっ!!」」

 二人がさらに咳込む。

「あぁ、まぁ、うん」

「ステラとリリィでも?」

「それは、無理かなぁ~。リリィとステラは、どっちも女だから」

「子供は男と女が協力して作る。作り方は大人にならないとわからない。ステラとリリィは女、タロは男……OK」


「へぇ~。あの子の言ってたとおり、本当に何も知らない子なんだねぇ。記憶喪失か何かかい?」

 おばさんが物珍しそうにステラを覗き込む。どうやら話はすでにリリィからひととおり聞いているらしい。


「そうなんだよ、おばさん。とりあえずウチに置いといてあげようと思ったんだけど、今からリリィたちにまた夜道を行かせるのもなんだし、俺そろそろ仕事いかなきゃだから、もしよかったら今晩はここに泊めてってやってくれない?」

「チビどもも来てることだし、いいよいいよ」

「ありがと、助かるよォ!」


 ――そのころ、タロ宅。


 見知らぬ影が7つ、家の中を闊歩していた。


 リビングにいた影が廊下に出てくる。

「ママー、こっちにはいないよー」

 二階に上がっていた影がトントンと階段を降りてくる。

「こっちももぬけの殻だ」

 わらわらと数体の影が廊下に集まる。

「あれ……ママは?」

 きょろきょろとあたりを見回す影たち。

 ふと子供部屋を覗くと、そこには”ママ”と呼ばれた、ひときわ大きな影が座り込んでいた。

「ママ? どうしたの?」


 ”ママ”は、一心不乱に子供部屋の床の匂いを嗅ぎまわっている。

 やがて顔を上げると、ニヤリと笑った。

「この匂い……間違いない。”ウロボロス”だ!!」

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