第1話 どうして私が二人いるの?
「わぁ……」
町に降りると、ステラはそれまでの無関心・無感動な態度とは打って変わって、目を輝かせながらキョロキョロとあたりを見渡した。
レンガ造りの家が建ち並ぶ、活気ある商店街。彼女にはなかなかに刺激が強いようだ。
「タロ、あれは何?」
「コリン屋さん」
「コリン屋さん?」
「その名の通り、コリンを売ってるお店だよ」
「コリン? 売る?」
「あの赤い果物を、お金と引き換えに、他人に譲ってるの」
「赤い……?」
「いや、赤さはどうでもいいけど。んじゃ試しにやってみようか」
タロはステラに銅貨を10枚ほどくしゃっと握らせ、その手を引いて店の前に歩いて行った。
「おやタロちゃんじゃない。おやおや~? 今日はずいぶんと可愛らしい彼女を連れてるじゃない。見ない子だねぇ。いったいどうしたんだい?」
「よせやい、そんなんじゃねーよ」
コリン屋のおばちゃんはタロの姿を認めるとニヤニヤと話しかけてきた。
照れたタロは鼻の下をこすりながら否定する。
「じゃ、コリン2つください、って言ってみな」
「コリン2つください」
「いや……俺にじゃなくてだな」
「あっはっはっは、シャイで可愛い彼女じゃないか」
……シャイとはちょっと違う気がするが。
「あのお姉さんに、コリン2つくださいって言って、その手に握った銅貨を渡す。OK?」
「OK」
「まっ、お姉さんだなんて、ウマいじゃないタロちゃん」
おばちゃんは上機嫌になった。
「コリン2つください」
ステラはおばちゃんにパラパラと銅貨を全て差し出した。
「おやおや、10枚もいいんだよ。1つ3枚だから本当は6枚だけど、可愛い彼女のためにオマケしたげるよ、5枚でいいよ」
「?????」
ステラは何を言っているのかわからない、という顔でタロの方を見た。
ま……いきなりこのイレギュラー対応は難易度が高いか。
*
タロたちはコリン屋に近い屋外テーブルの椅子に腰かけた。
ステラは手に持たされたコリンをどうしたらいいかわからず固まっている。
「いいかステラ、これは、こう!」
タロは豪快にガブリとコリンをかじった。
「おぉ……」
ステラが嘆息する。
それなりに大きなコリンが、たった一口で6割ほども彼の口の中に消えていった。
マネをしようとするが、ステラの小さな口では1割も……というかそもそもかじり取ることにすら苦戦している様子だ。
「まだまだだな、ステラ。いいか、親方みたいにコリンを丸のみできるくらいになったら一人前の男なんだ! がははははー!」
「親方……」
「そっ。お前を助けてくれた、熊の獣人」
「獣人……」
「うーん、ホンットに何もわからないんだなぁ。ほら」
タロは手のひらサイズの手鏡をパカッと開けるとステラの顔を映した。
「親方もそうだしさっきのおばちゃんもそうだけど、この町……自由都市レディエントの住人は獣人が多いんだ。獣人っていうのはまぁ、一言で言うと毛むくじゃら、かな! ほら見てみな、俺やお前の顔はツルツルだろ。これがヒトだ」
「……」
「……ステラ?」
ステラはおっかなびっくり、手鏡をコンコンと叩く。相手も叩き返してきたのでびっくりして椅子から転げ落ちた。
「ぶはははははは! 何やってんだ、それはお前だよ」
「ステラ、ここにいる。この中にもステラ、いる……?」
「ははははは、お前ホント面白いな~。いいよ、これやるよ。毎日見て慣れるんだぞ」
タロは手鏡の上部に開いた穴にひもを通してステラの首にかけてやった。
さて、これからどうするかな……。
東の帝国領まで行けば、身元不明人の保護センターとかそれなりの管理施設があったりするんだけど。
この獣人の町はいろいろテキトーすぎてそんなものはない。自分で見つけたモノは自分で面倒を見るしかなかった。
「あ、あのさぁ……行くとこないなら、ウチ……来る?」
「?」
ステラは特に肯定も否定も示さなかったが、タロが歩くと当然のようについてきた。
*
町の喧騒から少し離れた丘の上。
年季の入ったレンガ造りの一軒家がぽつんと立っている。
一人暮らしにしては少々大きい、タロの家だ。
「ただーいまー」
「ウッス」
「おーアニキ、いたんだ」
タロには両親がいない。だが、代わりにこの”アニキ”がよく遊びに来た。
「つか、お前こそ何やってんだ、こんな時間に。まだ仕事中のハズだろ」
「……追い出された」
「ブハッ! マジかよ。ハハハハハ!」
「笑いすぎ!」
タロはふてくされた。
「ハハハハ……ハハ……あーいや、わりーわりー。まぁそう怒るな。ホラ、ちょうど昼飯作ってたとこだ、食ってけよ」
「食ってけっていうか俺の家なんだけど……」
「ん? そちらは?」
ホロはやっとステラの存在に気付いた。入口で扉の影に隠れて中の様子を窺っている。
「事情は食いながらにでも」
*
「ふーん……穴の中から、ねぇ」
「不思議だろ? しかも自分の名前も何にもわからないみたいなんだ」
「そいつぁ、地底人だな」
「地底人ン?」
「おとぎ話にあるだろ、地上を侵略しようとした地底人の話」
「バカらしい、そんなヨタ話。この星……グランデの中には岩とかマグマが詰まってるっていうのが帝国物理学で証明されてるじゃん」
「どーかな? 俺は自分の目で見たものしか信用しねーからな」
タロとホロはパンを片手に、適当に肉や野菜を突っ込んだシチューをすすりながら話す。
だが、ステラはジッとその様子を見つめるだけでなかなか手を付けようとしなかった。
気付いたホロが声をかける。
「……お? どした嬢ちゃん。俺の料理は口に合わないかい」
「カラカラ、渡してない」
「カラカラ?」
「あっ……」
タロが察した。そうか、他人から物をもらうためには銅貨を渡さないといけないと学習したのか。
「悪いステラ、話に夢中になってて気づいてやれなかった。ここにあるモノは俺のモノだから、カラカラ……銅貨は渡さなくていいんだよ」
「タロのモノは、ステラのモノ?」
「……ちょっと語弊がある気がするけど……まぁ、そんな感じ」
「ステラのモノは、誰のモノ?」
「ステラのモノは、ステラのモノだよ」
「タロのモノは、ステラのモノ。ステラのモノも、ステラのモノ」
ステラはコクリと頷き、遠慮なく食べ始めた。が、その食べ方がまた汚い。
スープに手は突っ込むわ、手元足元にボタボタとこぼすわ、ひどいありさまだ。
「まるで赤ん坊だなぁ。タロ、手ェとって食べ方教えてやれよ」
「う、うん」
少し照れくさいが、まぁこの際仕方ない。
タロはステラの後ろに回って右手をとった。
体温が高い。その肌はプニプニで柔らかく、赤ん坊のようななんともいえない甘い匂いがした。
何だか幸せな気持ちが襲ってきて、無条件に庇護欲が掻き立てられる。
「……ほ、ほら、ステラ。右手でこう、スプーンをとって、スープを掬って、口に入れる。OK?」
タロがステラの口元までスープを運んでやると、ズズズと全部飲んでくれた。
俺が運んだスープを飲んでくれた……。なんだこれ。なんだか無性に嬉しいぞ。
「OK」
ステラはタロの手をどけると、自力で掬ってスープを飲んで見せた。
「おおー……」
タロとホロは思わずパチパチと二人で拍手をした。
心なしかステラも誇らしげである。
「地底人だろうと……」
「なんでも良いか」
二人は蕩けた顔を見合わせた。
*
「じゃ、そろそろ時間だから、俺ァ行くわ」
「うん、行ってらっしゃい」
昼飯を食べ終わり、しばしまったりした後、ホロはいそいそと出かける準備を済ませ玄関に出た。
「おい嬢ちゃん、俺は明日の早朝まで帰ってこない。それまでタロとここで二人っきりだ。 男ってのは狼だからな、身の危険を感じるなら夜は俺んちに泊まってくか?」
「おいアニキ、変な事吹き込むなよ! てかまんま狼のアニキが言ってもまったく説得力ねーんだけど!」
「狼は、危険……OK。ホロは、危険」
ホロは苦笑いすると、んじゃ、うまくやれよ、と親指を立てて出ていった。
「……ったく、そんなんじゃねーっての!」
「ホロ、どこ行ったの?」
「仕事。働きに行ったんだ」
「仕事……働く……?」
「そっ。何かをする代わりに、カラカラをもらう。コリン屋のおばちゃんもやってたろ?」
「どうして、働くの? カラカラ、集めるの?」
「うーん、カラカラを集めるってのはそのとおりなんだけど、それが目的じゃあないんだよなぁ」
タロは顎に手を当ててしばらく考えると、ピンと思い付いて指を鳴らした。
「よし、じゃあ午後はタロ先生の特別授業だ!」
タロはステラを連れて、再び町に降りることにした。
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