ステラたんのゼロから始まる異世界生活
すきぴ夫
―序章― 地方編
プロローグ
「ンガガ……」
「……おい」
「ンゴゴ……」
「……おい!」
「……フガッ……」
「起きろコラ!」
「どわっ!」
小さなランプがゆらゆらと揺れている、薄暗い鉱山の仮眠室。
黒の短髪が元気にピンと跳ねた少年・タロは、乱暴に蹴り飛ばされて飛び起きた。
「痛ってぇえ! 何すんだよアニキ!」
「ン」
アニキと呼ばれた男・ホロは顎で時計をしゃくった。
アニキ――といっても、タロはヒト、ホロは獣人である。
その姿は、二足歩行でパンツを履いている以外はほぼ犬とか狼とかそんな感じだ。
「ゲッ!」
交代の時間を3時間も過ぎている。……過ぎすぎだ。
「なんで起こしてくれねーんだよォ! バカァ!」
タロは水とパンを口に放り込みつつベルトを締め、大慌てで部屋を飛び出していった。
「……ありゃーこってり絞られるな、親方に」
ホロは顎に手をやり、フムゥとため息をついた。
*
ボゲシッ!
「ンゴッ!!」
親方のゲンコツを真上から喰らったタロは、頭が胴体にめり込んだ感じになった。
「バッキャロー! てめー、やる気ねーなら帰れ!」
「サーセン! マジサーセン!」
タロはひたすら頭を下げたり、親方の肩を揉んだり必死である。
「ウゼェ!」
「ゴッハ!」
二発目をもらったタロは壁に吹っ飛び、したたかに頭を打ち付けた。
頭を押さえて地面を転がる。
「いでででで……」
「ハッハッハ、それくらいにしとけや、プーサン。相手がヒトだってこと忘れてないか? タロじゃなかったら死んでるぞ」
「わかってら。わかってるからやってんだ」
ホロと同様、この親方――プーサンも獣人であった。
その姿は巨大で真っ黒な熊のようである。
なだめに入った彼の同僚・ドラゴン。彼もまた、モグラの獣人だ。
「ところでよォプーサン、掘進作業の今日の予定について相談なんだが……」
「ん? オォ」
ドラゴンはさらっと話を違う方向にもっていくと、ホレ、もう行けといわんばかりにシッシと手を上下させる。
タロはお言葉に甘えてその場をダッシュで逃げ出した。
(サンキュー、ドラさん!)
*
「はぁ……痛てて。親方のゲンコツはマジ痛てー」
さすさすと頭を気にしながら歩くタロ。
『この先大穴あり。侵入禁止』
その立て看板を華麗にスルーしてテクテクと歩みを進めていく。
「……ん?」
テクテクと歩いていたタロは、なんだか歩いても歩いても先に進まなくなった異変に気づき、ふと下を見た。
「……ゲッ!」
そこには、ただただ真っ暗な闇が広がっていた。
「うおおおおおおおッ!! 落ち……てたまるかぁぁぁぁあッ!!!」
左足が落ちる前に右足を、右足が落ちる前に左足を上げ彼は全力で虚空を走った。
「はぁ、はぁ、はぁ……死ぬかと思った」
穴の淵に手をかけ、なんとか事なきを得たタロは、改めて下を見てゴクンと喉を鳴らした。
なんだこの穴。深すぎて底が見えねー。
――そのとき、一筋の光が見えた。
穴の底からスーッと音もなく昇ってきたそれは、坑道の天井付近まで昇ってほんの1、2秒静止すると、またスーッと穴の底へ落ちていった。
「……??」
タロは茫然とその様子を見送る。
……数分ボーッとしていただろうか。
またその光はスーッと昇ってきた。今度は天井までは行かず、穴の出口あたりまでだ。
「……???」
タロはまた茫然と、落ちていく光を見送った。
さらに数分後。やはり光はスーッと昇ってくる。
……いや、待て。だんだん昇る高さが低くなってきている。今度は穴の淵に手をかけている、タロの腰あたりまでしか昇ってこなかった。
一体何なのか気になる。それに、もう次は昇ってこないかもしれない。
反射的にタロは、腰付近に昇った光に手を伸ばした。
「……んがっ!?」
手に光を包んだ瞬間、ズン――と重量が加わった。
いつの間にか光は消え、彼は女の子の腕を掴んでいることになっていた。
なんじゃあ、こりゃあ? クエスチョンマークの群れがタロの脳内を支配する。
……まぁとりあえず、穴から出すか。
タロはぐいっと女の子の手を引き上げ、穴の淵に手をかけさせようとした。
が、女の子はピクリとも動かず眠たげな青い目をジッと彼のもとへ向けているばかりで、淵に手をかけようという気もさらさらないようだ。
「うごご……あのさぁ、そろそろキツくなってきたから、手、かけてくんない?」
「手……かける?」
ハッとした。透き通るような美しい声。銀色の長髪が薄暗い穴の中でも、まるでそれ自体が光を放っているかのようにキラキラと煌めく。それとは対照的な褐色の肌がヘソや太ももあたりからチラリと覗いた。
ヤバい……改めて見ちまうと、ドストライクだ。手が汗ばむ。
「落ちるから、穴の淵に手をかけてくれって言ってんだよぉ!」
「落ちる……?」
女の子はオウム返しをするだけでまるで生きようという意志を見せない。
一体何なんだ、この子は! あぁ、もうダメ……。
「……おい、そこに誰かいるのか?」
そのとき、親方の声がした。
おお、地獄に仏! 普段だったら聞いただけで漏らしそうなドスのきいた声も、今この状況では仏の声に聞こえるぜ!
「お……親方! 穴の中から女の子が! 落ちそッス! 助けてくだせッス!」
「あ゛あ゛ッ!? タロてめー、なんでこんなとこに居やがんだ! 侵入禁止の看板が見えなかったのかバーローッ!!」
穴の淵に駆け付けた親方が、天井が崩れ落ちんばかりの勢いで怒鳴る。
……やっぱり閻魔様かな。
腕を伸ばし、掴んだステラの手を親方に預ける。
ようやく片手が自由になったタロは、ひょいひょいと穴から這い上がった。
「ぷはぁ……マジで死ぬかと思った」
ゴチン。
「っっっテェェェェ!!」
本日三発目のゲンコツ。
やめろよ、15にして身長の成長、止まっちゃうだろ!
「はぁ、今日のオメーはポカばっかだな。この調子で仕事もミスられちゃかなわねー。もういい、あがれ」
「あっ……いや! マジサーセン! 気合入れなおして頑張りますんで! クビだけはっ!!」
「バーロー! たりめーだ! それよりここは女人禁制、さっさとその子を外に出して来いっつってんだ!」
「あ、そゆこと……」
そんなやりとりをしている間も、少女は焦点の合わない目でボーッと虚空を見つめながら、微動だにしなかった。
一体、何なんだこの子……何だか目が離せないぞ。
*
鉱山の外に出たタロは、思わず眉をひそめた。
「うおっ、まぶしっ」
「まぶし……」
つられて女の子も同じことを言う。本当にまぶしいのか、ただ単にマネただけなのかは謎だ。
本当なら仮眠もとって、バリバリ働いている時間だったんだけどなぁ。
まぁ、追い出されちゃったものは仕方ない。
「よし。んじゃ、送ってこうか。家、どこ?」
「家……?」
また聞き返される。本当に何なんだ?
タロはもしゃもしゃと頭を掻いた。
「えっと……キミ、名前は? 俺はタロ」
「名前って……?」
「……キミ、もしかして記憶がないの?」
「記憶……?」
アカン。何を言っても聞き返されるだけだ。
はぁ、と顔を覆う。ふと、指の隙間から彼女の服装が目に入った。
ぼんやりとした雰囲気とは裏腹に、白いチューブトップにホットパンツという、露出の高い活動的な服装をしている。
それが羽織ったマントの間からチラリと覗いているのだった。
なんとなく、背後に回って背中側を確認する。
マントの背中側には、何らかの文字か模様っぽいものが刻まれていた。
「……ス。……ス、テ、ラ……ほにゃららら」
「ステラ……?」
「ステラか、いいね。よし、じゃあとりあえず今はキミのことを、ステラと呼ぼう!」
「ステラ……?」
女の子は自分を指さしながら首をかしげる。
「そっ。キミは、ステラ。それが、キミの名前。んで、俺は、タロ。OK?」
「うん……ステラは、ステラ。タロは、タロ。それが、名前」
「おっ……」
ようやく意思の疎通がとれた気がした。
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