第32話 あ、おはよ。柚香。 ー香樹sideー


「あいつの親って離婚してるらしいよ」

「離婚って?」

「親に捨てられたんだよ」

「っ!!」



俺は弾かれたように体を起こした。どうやら夢だったらしい。全身は汗でビショビショになっていた。


俺はベッドから出て、学校へ行く支度を始める。柚香ゆか菅原すがわらと付き合うことになり、宗介そうすけ空野そらのとか言うやつと付き合うことになってから1週間が過ぎた。今まで遅く感じていた時間が嘘のように、今日から5月に入る。



香樹こうき、ご飯よー」



下から義母さんの声がした。いつもと変わらない朝なのに、なんだか不思議とモヤモヤする。


こんな気持ちで一緒にいたら、変な態度をとってしまいそうで、俺は5分で朝ごはんを食べると早々に家を出た。


閉まっていく玄関から見えたのは、不思議そうな、不安そうな顔をした義母さんの姿だった。







「それでさ、昨日、あられと……って聞いてる?」



突然、宗介の声が耳に飛び込んできた。宗介の顔を見る限り、俺にずっと話しかけていたんだろう。全く耳に入ってなかった。……いや、惚気話を耳が拾いたくなかったのかもしれない。


そんな冗談も口に出せないほど、俺には余裕がなかった。



「わ、わりぃ…」

「………今日、なんか変。何かあった?」



真剣に話を聞こうとしてくれる宗介。本当にこいつはいい奴だと思う。


柚香がイジメられていたと知った日から、よく見るようになった懐かしい夢。見たくもないその夢に唸される夜を迎えるのが怖くなっていた。


俺にもあったことが柚香にも起こっているかもしれないと、どうして考えてやれなかったのかと責められている気がして、怖い。


中々理由を話さない俺に、宗介は言う。



「……耐えられなくなったらでいいや。まだ、大丈夫ならいい。でも、覚えとけよ。今のお前は1人じゃない。俺や柚香だっている。忘れんなよ?」



それだけ言い残すと、宗介は自分の教室へと帰っていった。


俺は、一体何しているんだろ。何のために、強くなろうとしたんだろう。



「俺は……」



机に突っ伏した途端、俺は眠気に襲われ意識を手放した。













「……き、…うき、………香樹!」



妹の声に誘われ、夢から目覚めたのは1時間目が終わり、2時間目に入っていた。


それまで起きない俺の爆睡さに、自分でも呆れる他なかった。



「やっと起きた〜。もう! 周りの迷惑になってるでしょ!」



声がする方に顔を向けると、机の横にしゃがみ込んでいる柚香の姿があった。



「あ、おはよ。柚香」

「おはよ、じゃないよ! 全く! 皆、心配したんだからね?」



俺は柚香に言われて気がついた。1時間半は寝ていたのだ。心配するのも当然だろう。



「ありがとう、桜井さん。授業中だったのにわざわざ来てもらって」

「いえ、大丈夫です。……香樹、もし何かあるなら言ってね。私だけじゃなくて、宗介だって心配してるから」



柚香の言葉に、俺は宗介の言葉を思い出した。



『……耐えられなくなったらでいいや。まだ、大丈夫ならいい。でも、覚えとけよ。今のお前は1人じゃない。俺や柚香だっている。忘れんなよ?』



俺は柚香から目をそらし、「おぅ」とだけ返した。


そんな俺に、柚香がどんな顔をしていたのかは分からない。弱い兄に呆れたのか、いつまでも過去を引きずっている兄を哀れに思ったのか。


結局、その日は1日中、何事にも力が入らなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る