第31話 何で、ここに……? ー霰sideー
あれから、宗介とは話してない。
そんな状態で、ボクは今日という日曜日を迎えてしまった。朝から召使いさんたちに囲まれて、服から化粧からキチンと整えられた。
ボクの家は、いわゆる洋風なのに対し、お見合い相手は和風な家柄らしい。着せられた着物が窮屈で仕方がない。もし、この家の人との結婚が決まったら、毎日のようにコレを着なくてはならないのかと今から憂鬱で仕方がない。
しかも、お見合い場所も料亭ときた。どこかのレストランの方がよっぽど気楽だというのに。
車を降りたボクは、目の前の料亭に溜息をこぼす。視線を落としたまま、父のあとに続く。
「遅れてすいません」
お父様は少し頭を下げながら、1つの座敷に入っていく。そこが、ボクの戦場か。
ボクも一礼をし、中へと入る。だが、決して相手の顔は見ない。
「いえ、女の子ですもの。準備は必要ですからね」
相手のお母様だろうか。優しい口調で、穏やかな声をしている。
「
お父様の方も優しそうな声をしている。実際、優しいのだろう。だが、肝心のお見合い相手からは話しかけられない。
「おや? ご子息とうちの子は知り合いでしたか」
「ええ、そうみたいですよ。この前、帰ってくるなりレストランがいいと言ってきましてね。理由を聞くと、霰ちゃんはその方が似合ってるからと」
「ほほぉ。気を使わせて申し訳ありませんな。ですが、これもいい経験。花嫁修行を怠っている分のツケが回ってきたんですよ」
お父様は笑いながら言った。ボクにとって笑い事ではないそれを、“うちの子”という言葉で済ませて笑った。
お父様は、あまり名前を呼ばない。昔も、今も。それはきっと、ボクらが双子だったから。
余りにそっくりなボクと
プライドの高いお父様にとって、我が子を間違うのは嫌だったのだろう。ボクらとはなるべく顔を合わせないようにし、話があるときも、召使いさんに頼んでいた。
そして、こういう場面では “うちの子” として済ます。もし、仮に入れ替わっていたとしても “うちの子” である事実は変わらないと言うように。
そう1人感傷に浸っていると、いつの間にやら周りが静かになっていた。お互いの親は、既に出て行ってしまったらしい。
話すことなどなにも……と、思っていた。
「そろそろ、顔を上げてくれないかな」
この声がするまでは。
弾かれたように、ボクは顔を上げる。それに満足したらしい相手は頬を緩めた。
「やっとこっちを見てくれた。あーちゃん」
「そう、すけ……何でここに…!?」
ボクは震える声で、やっとの思いで口を開いた。だって、夢みたいじゃないか。
「何でって……君とお見合いをしてるわけなんですけど」
こいつは…宗介は全部知っていたのか。ボクとお見合いすることも、ボクがそれを嫌がっていることも。全部。その上で応援して、1人じゃないって…。
ボクは目が熱くなるのを感じた。
駄目だ、泣いちゃ、駄目だ。
「ちょ、あーちゃん! 何で泣くの。ほら、おしぼり。そんな嫌だった? ごめんごめん。あーちゃんが……あっ、霰が、お見合い相手だって分かってから、すっげー楽しみにしてて。学校でも何話したらいいか分かんないし。霰は相手が俺って知らないみたいだったから、そのまま驚かせようと思って」
溢れ出した涙をおしぼりで拭き、宗介をもう一度見た。着物を身につけた彼は、普段以上に格好良かった。
もし、宗介と結婚が決まったら、毎日のようにコレを着なくてはいけないのかもしれない。……けど、こいつのこんな姿が毎日見られるのなら、それでも良いかと思えてくる。
「……霰、今日は来てくれてありがとな。また逃げ出されるんじゃないかって内心ヒヤヒヤしてたから」
「……おぅ」
「おぅって。……もし、あなたが宜しいのであれば、またお食事などいかがでしょう。次こそはレストランなんてどうですか」
宗介は手を出してきた。やっぱり、こいつは馬鹿なんだ。ボクなんかを選ぼうだなんて。
「いきなり改まらないでもらえる? こっちにも心の準備というものがあるんだけど。……まぁ、どうしてもと言うのであれば仕方がありません。飛び切り素敵なお店を探しておいてくださいね」
ボクは……ううん、私は、差し出された宗介の手に、そっと自分の手を重ねた。
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